6-3 話せない少女②

 それを認識して、そしてやっと息が吐けた心地だった。りんじゅとこうやは大きく長い息を吐いて、その場に座り込む。フラットは抱き締めていたクループの体を解放してやった。


「たっく、なんだったんだよ」

「KHぶ隊……だっけ? 『私たち』って言ってたし、あの子一人だけじゃ無さそう」

「クループの持ってる力……って言うのも、気になるけど……。何をしようって言うのかしら」


 その場に謎を残していなくなった少女の事について、答えられる人物は一人だ。三人の視線が一点に集まり、その先にいるクループがビクリと肩を跳ねさせる。ぱしぱしと瞬きを多くして、困ったという顔で地面を見た。

 それからリュックを近くの岩へ下ろし、中からポシェットを取り出す。出会った当初持っていたそれだ。そこから何かを取り出して、おずおずといった様子で差し出してくる。差し出されたそれは、全体的に焼け焦げ、殆ど読めなくなっている古い本だった。


「なに? これ。暖炉の中にでも落としちゃったの?」


 受け取ったフラットが慎重に本の表紙を開く。ボロボロと、紙の破片が崩れるように地面へ散った。煤だらけの本はやはり、文字が殆ど読めない。繋ぎ合わせて読むと、それは何かの神話のような、古く固い言葉ばかり書かれていた。

 本を覗き込む三人の前でクループが、尖った石を探して地面になにやら書き始める。


“本は、多分火事で。あまり覚えてないけど”


 三人が読んだのを目で確認してから、書いたそれを手で消しその場をならす。そして再び石を握った。


“気がついたら海辺の街にいた。あの人は追いかけてきた。捕まったらいけない気がして、逃げて、馬車で街に来たの”


 ずらずらと書き連ねられた文字を読み、こうやとりんじゅが顔を見合わせる。フラットは再び本へ目を戻し、そして栞のようなものが挟まっていることに気づいた。そのページを開くと、少しだけ読める文が綴られている。


「えっと、……言いえぬ、赤き瞳の少女のーー」

「なに?」

「ここ、読めるところがあるの。えっとーー少女の怒りは雷を生み、涙は傷を癒やし、笑顔は幸福をもたらす……だって。え、もしかして、これ……」


 文を読み終わり、フラットが顔をあげる。クループを見つめると、彼女は困ったように少し笑って、頷いた。おそらく、この言葉の表すものが、先ほどの少女が話していた“力”なのだろう。その文の先にも文字は続いているようだが、そこからはまた読めなくなっていた。

 記憶がなく、声を持たない少女……。クループはKHぶ隊という組織に、その身とその力を狙われているらしい。そしてKHぶ隊とは、穏便に話ができる相手ではなさそうだ。


「力を……って、お願いしますって来るわけでもなくて、それってちょっと……危ないよね? 目的も話してくれないし。何をする気なんだろう」

「とりあえず、敵って事だろ。良いことに使おうとする奴が目的を隠すはずないし」


 こうやとりんじゅが話す内容に、不安そうな顔で肩をすぼめるクループ。自分の事も覚えていないのに、よくわからない組織に追われて、さぞ不安だった事だろう。だからこそこうやとはじめて会った時に、あれほど怯えていたのだ。

 本をクループへ返したフラットが、クループの肩をかばうようにして声をあげる。二人で話していた双子がそちらを見た。


「そんなことより! つまりクループは、どこへ行っても狙われてるって事よね。一人じゃ危ないわ!」

「そうみたいだね……。クループも、やっぱり一緒に旅をしようよ。俺たちがどれだけ役に立てるかは、わからないけど。でも、一人でいるよりは安全なんじゃないかな。世界を回れば、記憶の事もなにか分かるかもしれないし」


 「ね?」と、同意を求めるようにこうやがりんじゅの方を向く。それに肩をすくめてみせた彼は、「確かにその通りだ」と言ってクループを見た。突然の申し出に、クループは目をパチパチとさせてから、わたわたと慌てている。何かを伝えたいのだろう、口を開いては閉じた。

 それからしゃがみ、先ほど使っていた石を拾って“いいの?”と短く書く。三人の顔を見上げて、首をかしげた。

 その問いに、同意と笑顔が返ってくる。そしてフラットから手が伸ばされた。その手を握ると、優しく強く、引き起こされる。クループは三人の正面に立っていた。


「これからよろしくね、クループ! ずっと一緒にいられるなんて、嬉しいわ!」


 眩しいくらいのフラットの笑顔。同じように歓迎してくれるこうやの声。当然のように進みを急かすりんじゅの号令。いつのまにかすっかりと、居場所ができてしまった事にあっけにとられる。そして、迎え入れられた嬉しさが、胸の奥から込み上げてきた。

 “ありがとう”、“こちらこそよろしく”と、声に出し返すことができないのをもどかしく思う。それでも、それ以上にこの気持ちが伝わればいいと、クループは心から笑った。


 空にかかっていた雲はいつのまにか晴れている。あたたかな風が吹き始めた。

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