6-3 話せない少女②

 次の日の朝、一番に目を覚ましたのはこうやだった。春にしては少し肌寒さを感じ、まだ眠い目のまま布団に潜る。少ししてから起き上がり、大きな欠伸をしながら部屋の窓を開けた。雲のかかった空が、ぼんやりと明るくなり始めている。冷たい朝の風が部屋へ入ってきて、同室のりんじゅが布団のなかでなにやら呻いた。


「りんじゅ、朝だよ! 今日出発するんでしょ?」


 こうやの声に言葉にならない声で返して、りんじゅはもぞもぞと布団に潜る。彼は夜の寝付きがとても良く、そして朝に弱かった。そしてそんなりんじゅを起こすのが、昔からこうやの役目だ。

 窓を閉めて山になっている掛け布団を引っ張る。布団のなかで丸くなっていたりんじゅが「さみぃ……」と文句を言った。


 双子がそうこうしているうちにリビングの方から物音が聞こえてくる。フラットとクループが起きたのだろう、お湯を沸かす音や食器の鳴らす音が部屋まで聞こえてきた。

 寝ぼけているりんじゅを叩き起こしたこうやが部屋から出てくる頃には、机の上に朝御飯が並んでいた。昨日買っておいた食材で作ったのだろう、ハムエッグと焼かれたパン、そしてあたたかいスープが用意してある。台所に立っているのはクループだった。


 美味しいご飯で腹を満たし、身支度を整える頃にはすっかり朝日も昇っていた。雲のかかった春空に、少し冷たい風が吹いている。


「よし、じゃ、行こっか」


 宿で支払いを済ませると、一番近い西門から街の外へ出る。どこまでも広がる平原を見渡すと、東の方にぼんやりと、山の輪郭が微かに見えた。あそこが次の目的地となる場所だろう。この辺りは岩場になっているようだ。草の生える地面の上に、転々と大きな岩が転がっている。

 四人が目的地への足を踏み出そうとしたところで、こうやとりんじゅが何者かの気配を感じた。気配というには少し鋭い、魔物と対峙した時のようなそれ。


「なんだ?」

「なんか、嫌な感じが……する」


 二人の様子に身を構えたフラットは、とりあえず周囲をキョロキョロと見回す。特に変わった様子は感じられず、「どうしたのよ」と声をかけた。それからすぐの事だった。


「伏せて!」


 こうやがそう叫んで振り返ると、門の方からなにかが、飛んできた。光のようなそれはクループへと向かっていて、気づいたりんじゅがクループの手を掴み自分の方へと引き寄せる。突然の事に足を縺れさせながら、クループはりんじゅの背後に庇われた。彼女が居たところは大きな音を立てて土が抉れる。銃か何かの弾丸が飛んできたのだとそれで分かった。

 「誰だ!」とりんじゅが大きく叫ぶ。四人の視線が門の方へと向いた。側に転がる、一際大きな岩の影から、何者かが、出てくる。赤い靴が見えて、続いて茶色いスカート、その上は桃色のタートルネックのベスト。そうして現れたのは、金髪を高く二つに結い上げた少女だった。


「あーーあ、外しちゃった。残念」


 この場には似つかわしくない、高く可愛らしい声が響いた。なにか、猫の形をした機械のようなものを抱いている。背は双子と同じ程だろうか、十代半ばといった様子の少女だ。青い大きな瞳で可愛らしい容姿をしている。髪を結う赤いリボンが、彼女を少し幼く見せていた。

 突如現れた少女に警戒して身を構えるりんじゅは、少女へ向かって再び「誰だ、あんた」と問う。片手剣へと姿を変えた武器を手にして居た。こうやもまた、その手に銃を構えている。

 自分に投げられた言葉に、少女はキョトンとした顔をして首をかしげた。口許に人差し指を置いて、「私?」と聞く。そして今度は楽しそうな笑みを浮かべた。


「私は、団員No.6番、KHぶ隊のスーパーアイドル! シェリート・フロウ・カクテル。こっちはポラード・チェロ。ポチって呼んでね」


 明るい口調で自己紹介をした彼女、シェリートは、あっけにとられている四人を他所に片目を瞑ってみせた。手に抱いていた猫の形をした機械を一緒に紹介している様は、まるで先ほどの襲撃を忘れたかのようだ。おそらくあれは彼女の武器で、先ほどの弾丸はそのポチという機械から飛ばされたものだろう。どんな性能を持っているのか、その外見からは想像もつかなかった。

 一行からすればふざけた自己紹介に、一時油断していたりんじゅとこうやだったが、聞きなれない言葉に疑問を抱いた。ともかく、目の前の少女が自分達に危害を加える存在という事だけは確かだ。


「KHぶ隊……? なんの組織の人間だよ、あんた」

「俺たちに、なんの用があるって言うの?」


 もっともな疑問をぶつける二人に、「聞いてないの?」と不思議そうにするシェリート。その目は順に彼らを見ていき、最後クループへと視線を固定した。その先で、クループは怯えた顔をして小さくなっている。


「私たちはその子に用があるのよ。クループにね」


 細い指が差す先のクループを見留めて、他の三人は驚きの声を漏らす。クループの様子から、彼女がシェリートの存在を知っている事は見てとれた。おそらく彼女が話していた「迷惑」の正体が、そうなのだろう。

 シェリートが楽しそうな声で続ける。


「その子は特別なの。その子が持っている力を、私たちのボスがずっと探してた。だから一緒に来てほしいのよ。乱暴はしたくないからおとなしく、ね」

「どう見ても穏便には見えねーけど。どんな力があって、何に使う気なんだよ」

「それは別に君たちに関係の無いことでしょ? 私はクループを渡してくれるのか、って聞いてるの」


 彼女の強引な態度に警戒を強めた四人の目を見返して、大きくため息をつく少女。「仕方ないなぁ」と言ってなにかを取り出すと、それをこちらへ向かって投げてきた。それは地面にぶつかり、大きな音と煙をたてる。目眩ましだ。

 りんじゅがすかさず自分の後ろにいるクループの手を取る。走って煙の中から抜け出すと、目の前に光が走った。とっさに身を引いて、手にしていた剣を盾へと変形させる。クループの体を後ろへ突き飛ばし、正面に盾を構えると、金属の弾けるような音が続いた。突き飛ばされた衝撃で足元の石につまづき、クループが転ぶ。

 光の先を見ると、シェリートがポチと呼んだ機械が、大きく口を開けて弾丸のようなものを飛ばしている。やはりあれが武器で間違いないようだ。

 こうやが左側から飛び出してきて、彼女の手元へ二、三発撃ち込む。それを軽い動きで跳ねるように避け、ポチの背後からなにかを掴み、投げてきた。ガラスの割れた破片が散るように飛んで来るそれは、また突然、空中で爆発する。ボン、ボンと、小規模な爆発が連続して起きた。


 フラットが転んだクループを起き上がらせ、自分も念のためにとホルダーから外した鞭を掴む。しっかりと手を握った。クループの手は少し震えているようだ。

 最初の煙が晴れると、再び双子とシェリートが対峙しているところだった。シェリートはスカートの裾についた汚れを、パタパタと手で叩いて落としている。「あーあー、服が汚れちゃったじゃない」と言った。そして顔をあげ、また四人を見渡す。


「女の子一人に三人なんて、紳士的じゃないんだから。……今日のところは見逃してあげる」


 「でも」と続けて、クスリと笑った。


「諦めないからね、クループ」


 言い終えると、ポチから再びなにかを取りだし、それを地面へ叩きつける。ガラスの割れるような音がした。一気に煙が広がり、周囲が見えなくなっていく。フラットは慌ててクループに抱きつき、不測の事態に備えた。

 それは最初に使われたものよりも効果が薄かったようで、煙は風に流れすぐに視界は晴れていった。キョロキョロ周りを見回すが、シェリートの姿はどこにも居ない。本当に身を退いたようだった。

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