6-2 話せない少女②

 病院を出た一行は、昼食用の食材を市場で購入し、宿へと戻っていた。時間はまだ昼より少し早い。リビングのテーブルに座ると四人は、盛大にため息をついた。

 席に座る前にいれた冷たいお茶を喉に流し込んでから、りんじゅが「どうする?」と切り出した。病院で分からなかったとなると、他に手掛かりは殆ど無い。医者の話を真に受けるなら、呪術についての専門家を探すことが近道になるのかもしれない。だがこの町にそういった人物が居ないらしい事は、病院を出る前に確認済みだった。

 彼女がなぜ、どのようにしてこの街へ来たのか。それについては昨日から口を閉ざしたままだ。もしかすると、その辺りの事は覚えているのかもしれないが、話そうとしないのに無理に聞く事はあれ以来していなかった。


「とりあえず何処か、保護してくれるところを探したらどうかな。この街を管理してる人……とか」

「置いていくって言うの? それより一緒に世界を回った方が、クループの事を知っている人に会えるかもしれないわ」

「お前な、それこそ、旅させるって言うのか? 危険に晒すことになるだろ」


 三人がそれぞれ声をあげているのを聞いている間も、クループはずっと俯いたままだった。膝の上でキツく握った手を、じっと見下ろしている。

 彼女のそんな様子を見て、フラットは「クループはどっちがいい?」と声をかけた。それにビクリと肩を跳ねさせ、顔をあげる。世間であまり見かけることの無い赤い色の目が、不安そうに揺れていた。

 フラットの言葉に一度息を飲んで、それから側に置いていたメモ用紙に手を伸ばす。ペンを握った手が少し書くのをためらって、そして小さい文字を書き始めた。


“ずっと、この街にはいられない”


 その文字を読んで、三人は視線をクループへ戻す。目を合わせないまま、クループは止めていたペンをもう一度走らせた。


“けれど、一緒にいると、きっと迷惑をかけてしまう”


 そう文字を書き終えて、クループはまた俯いた。ペンを握る手にぎゅっと力を込めている。その言葉がどういう意味を持っているのか、彼女が何を隠しているのか、三人には分からない。けれど彼女が語らないでいるそれが、軽い話ではない事だけは察することができた。だからこそ彼女は何も言わないのだろう。

 それに気づいて、しかし三人と別れたとしても、クループはこの街から出ていくのだ。


「それならせめて、次の街まででも一緒に行きましょうよ。ね?」


 手が白くなるまで握りしめていたクループの手を、フラットの手が覆った。ゆっくり彼女が顔をあげると、隣りに座っているフラットと目が合う。彼女の瞳の中で輝く銀の虹彩がキラキラとしていて美しく見えた。

 それなら荷物を準備しなければと、双子は立ち上がって話している。昼食の準備を始めるようだった。あまりにも当然のように話が進んでいて、話の中心に居たはずのクループ本人があっけにとられてしまう。声に出せず狼狽えていると、フラットが「大丈夫よ」と笑った。


「だってもう、私たち友達でしょう? 困っているなら助けたいわ」



 クループの旅荷物を揃えるところから始まり、荷造りはその日の午後に済ませることができた。ついでに観光をして回った四人は、夕飯を広場の屋台で済ませている。明日の朝には出発することに決まっていた。

 パキアから先にある街は、西と東に別れてあった。街道沿いにあるという小さな村と、山の方へ進むとある集落だ。山の集落は観光地としても有名な場所であったので、今回はそちらへ向かうことに決めていた。屋台の商人に話を聞いたところによると、どちらへ向かっても歩いて数日を要するらしい。しかし山道はさほど険しくないようだった。


「途中で旅小屋もあるって話だし、まあ、どうにかなるだろ」

「そうだね。少しづつ歩く距離を伸ばして、旅にも慣れていかなきゃだし」


 広場のベンチに座って地図を広げていたこうやは、パキラの位置を見つけることができず首をかしげた。そんな弟の様子に地図を横から覗き込んだりんじゅは、呆れた様子でそれを奪い、地図をひっくり返す。北が上に向いて、中央よりやや下の方に街の名前を見つけることができた。

 次の街が観光地と知って浮かれた気持ちでいるフラットは、「どんな街かしらね」とクループに話しかける。自分の新しいリュックを抱えているクループは、遠慮がちに微笑み返した。


 淡い灯が白い家々の壁を照らし、広場はいっそう明るく見えた。もう灯が沈んで随分と経っていたが、賑わいはまだ静まりそうにない。夜だと言うのにどこの屋台もまだ開いている。この街の夜は長いようだった。

 それでも明日は朝早く出発だからと、四人はベンチから立ち宿へ戻る。どのくらいに起きようかと話していると、クループが不安そうに辺りを見回している事に、りんじゅが気づいた。


「どうした? あんま離れない方がいいぜ、もう暗いし」


 少し歩みを遅くして、一番後ろを歩いていたクループに合わせる。それに気づいたクループは、首を左右に大きく振って、慌てた様子で歩みを早めた。申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。

 それに「別に謝んなくていいけどさ」と苦笑いで返して、先に行っている二人の後を追った。

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