6-1 話せない少女②
声を持たない不思議な少女・クループと一行が出会った日の翌日、彼らは少女をつれて街の病院を訪れていた。クループの記憶喪失と、声の事について、何か少しでも分かればと思っての事だ。
朝の早い時間だったがそこはすでに診察を待つ人々で溢れており、そう簡単には呼ばれないだろうと分かる。それを見たフラットは受け付けを早々に済ませると、順番待ちを双子に任せてクループと共に何処かへ行ってしまった。
「あいつら何処行ったんだ……。混んでるって言っても、いい加減呼ばれるんじゃねえの? ……ったく」
「まあまあ。……あ、帰ってきた」
ぼやき始めたりんじゅをこうやが宥めていると、病院の入り口が開き、見慣れてきたハニーブロンドが目に映った。フラットが豊かなおさげを揺らしながら、少し楽しそうな表情で帰ってくる。その後ろにはクループの姿もあった。
何処に行っていたのかと口にしようとして、りんじゅの視線がクループで止まる。昨日のオレンジ色のワンピースを着ていた筈のクループは、病院を出ていく前とは違う服装になっていた。
裾や袖にひだがついた赤いワンピースの上から、同じ丈の白い上着を羽織っている。その上着の襟元と裾は模様が切り取られていて、襟元の一点だけが止められていた。腰と袖の部分についた赤いリボンが可愛らしい。足には、やや赤みがかった焦げ茶色のタイツと、白を基調とした足首丈のブーツを履いていた。
「服を買いに行ってたの?」
「そうよ。いつまでもあんな服で居させられないわ」
確かにフラットの言うように、今朝も着ていた彼女の服装は洗濯してもボロボロだった。裾がほつれていたり、布が擦り切れていて、いつまでも着ていられるものではなくなっていたのだ。
「あ、路銀は大丈夫よ。私の手持ちを使ったから」
「可愛いでしょ?」と言ってクループの肩を抱いたフラットに、クループは少し恐縮している様子だった。少し困ったような、それでいて照れたような表情で立っている。そんな彼女に「だから気にしないでってば」と笑いかけているフラットは、早くも言葉を持たない彼女の意図を感じられるようになったらしい。
そんな女子二人を眺めながら「金持ちめ……」とりんじゅが毒づいたところで、診察室から声がかかった。
クループの診察には時間がかかった。筆談を介しての問診や身体の視診。彼女の担当となった中年の女医は、なにやら分厚い本を広げながら真剣にクループと向き合ってくれている。
診察室にいたクループとフラットを残したまま裏へ行っていた医者が戻ってきて、視診のため外に出されていた双子が部屋の中へ呼ばれた。机に向いて座っていた医者が四人へ向く。
「正直にお伝えしましょう。原因は不明です」
「……やっぱりそうなのね」
「まあ、予想はしてたよな」
診断結果を告げる堅い声に、四人は肩を落とした。医者が続ける。
「記憶を失っているから頭に強い衝撃を受けたのかと思いましたが、そのような形跡も無い。何か精神的なダメージを受けたのかもしれません。その場合はゆっくり思い出していくしか……」
「精神的なダメージ……。クループがあんなところで寝てたのと、関係があるのかな」
こうやが彼女を見つけたのは街の裏路地だ。木箱に寄りかかるようにして彼女は眠っていた。一般的にはありえない状況である。
四人の様子をジッと見渡して、医者は「ひとつだけ………」と、自信の無さそうな声を出した。視線がまた彼女へと集まる。
「気になっていることがあります。この………、肩にあるこの模様です」
そう言って医者が指したのは、クループの右肩辺りの皮膚だった。他の部分より黒っぽく、言われてみると何かの模様のように見える。コインと同じくらいの大きさだ。それが生まれつきの物なのか、記憶の無いクループには分からない。
「呪いの類いは私の専門外ですから、詳細は全くわかりません。ただのシミかもしれないですし。けれど、可能性が無いと言い切れません」
その言葉を聞いて、なんの事だか分からない四人ではなかった。医者は暗にこう言ったのだ、「呪いによって記憶が封じられているのかもしれない」と。
近年では精霊技術と同じく、呪いという分野は廃れてきていた。かけられる者と同じくして、解くことができる者も世界的に多く居ないのだ。
「あくまでも、可能性の話です。心理障害の可能性の方が高いわ」
そう結んだ医者は、「おだいじに」と言って四人を送り出した。
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