5-3 話せない少女①

 二人は商店街へ急ぎ、買い物を済ませた。四人分の食料はカレーになる予定で、一緒に果物もいくつか買った。少女が少し申し訳なさそうにしてから持っていた財布を取り出したので、自分達のついでだからと言って丁寧に断った。

 買い込んだ食料を二人で分けて持って帰る。部屋へ入って待っていた二人の視線が集まったのは、当然ながらこうやの後ろにいる少女だった。


「誰なの? その子」

「誰だ? そいつ」


 二人の声が見事に重なって、こうやは「この二人って案外似てるんじゃないかな」と心の中で思った。

 「えっと……困ってたみたいだったから……」と歯切れ悪く言うこうやに、とりあえず中へ入るよう促す。ドアを閉めて荷物を机に置いて、こうやは何か書くものがないかと言った。意味が分からないといった風の二人に、彼女が話せないらしいと言うことを伝える。少女は終始申し訳なさそうに眉を下げて、小さくなっていた。


 フラットがベッドテーブルにメモ帳があったと言って取りに行く。三人はリビングの椅子へ腰を下ろして、フラットが戻ってきてから、こうやが彼女と出会った経緯を話した。

 最初は大人しく聞いていたりんじゅだったが、どこから来たのか、どこへ行きたいのかも分からないという話を聞いて怪訝そうな顔をする。そもそも何故裏路地で眠っていたのだろう。こうやよりも他人に対する警戒心が強いりんじゅは、まだ少しトゲのある声で少女に尋ねた。


「どうしてそんなところで寝てたんだよ。せめて覚えてるところから話してくれないと、信用もできないだろ」

「りんじゅはもう少し人の事信用しようよ」

「お前がお人好しすぎるんだよ。……まず、名前は?」


 りんじゅの問いに、少女は目の前に置かれたペンをとった。小さく細い字で“クループ”と綴られる。少女の名前は、クループと言うらしい。

 そのままクループは“迷惑をかけてごめんなさい”と続けた。それから申し訳なさそうに、いたたまれ無さそうに、目を伏せる。

 続けて投げられたりんじゅの問いに、クループはまたペンを走らせた。あの裏路地で眠っていた理由だ。“宿屋を探していたけど見つからなくて、人にも聞けなくて、少し休もうと思って座ってたら寝ちゃった”と書かれる。


「休むならベンチとかに座ればよかったのに。迷子になったの?」


 フラットの疑問に少しばつが悪そうにして、また俯く。話したくない事があるのだろうか。クループは一杯になったメモ用紙をめくり、新しい紙に綴った。


 “ここまでは馬車で来た。その前の事は、あまり覚えてなくて……”


 そこまで書いて、またペンを置く。不安そうな表情で少し顔をあげたクループは、珍しい色の瞳で三人を見た。


「記憶がない? 何が原因なんだろ」

「明日病院に行ってみましょうよ。なにか分かるかもしれないわ」


 こうやとフラットはそう言ってから自己紹介をした。そんな二人の様子に、りんじゅだけが固い表情を崩していない。


「なにか隠してるんじゃないのか?」

「疑いすぎよ! 女の子には話したくないことくらいあるわ。それに、私たちに嘘ついて何を得するの?」

「りんじゅは心配性なんだよね」

「……俺が悪者みたいじゃねーーかよ……。お前らが警戒心無さすぎんだって」


 それでも二人の様子に毒気を抜かれたらしいりんじゅは、「わかったよ」と言ってため息を吐いた。

 空気が柔らかくなったのを感じて、クループは安心したように表情を緩める。ペコリと頭を下げて、ふわりと柔らかく笑った。その笑顔に、なんだかこちらまで頬が緩んでしまう。りんじゅもまた、自己紹介をした。


「私、年の近い女友達ってはじめて! よろしくね、クループ」


 すっかり親しくなった思いでいるらしいフラットは、彼女の手を握って笑った。そしてまずはシャワーだとバスルームへ連れていく。服は明日揃えようと言って、自分の予備の服を持たせた。

 こうやは夕飯の用意をすると言って出ていく。手が空いてしまったりんじゅもまた、手伝うと言って台所へ続いた。


 クループが戻った頃、リビングにはカレーの良い匂いが漂っていた。

 フラットから借りた淡いピンク色のワンピースを着たクループは、当然のように用意されている自分の食事を見て立ち止まる。食材を買っていた時側にいたのだから分かっていたが、それでも、テーブルに並んでいる自分用の食事に思うものがあったようだ。

 フラットに声をかけられて空いている席へ座る。三人は彼女を待っていたようで、座ったのを見ると「いただきます。」と言って食事をはじめた。そんな彼らに倣って両手を合わせてから、クループもまたスプーンを手に取る。あたたかい湯気が上がるカレーは、空腹に襲われていた彼女の食欲を揺さぶった。

 一口すくって、ゆっくり口へと運ぶ。甘めに作られたカレーの香ばしい味が、じわりと広がった。溶けた野菜の味もする。とても美味しいカレーだ。


「……クループ? あれ、ごめん、辛かった?」


 こうやがクループの様子を見て驚いたように声をかけてきた。その言葉にりんじゅとフラットもまた彼女を見る。その顔が心配そうなものになって、クループは遠くへいっていた意識が戻ってきたような感覚を覚えた。そして、自分が泣いていることに気がつく。

 自分でもわけが分からないといった様子で、慌てて涙を拭うが、それでも涙は次々こぼれてきた。ついには両手で顔を覆ってしまったクループに、フラットがハンカチを持ってくる。それを受け取って、首を左右に振った。肩を震わせながら、それでも彼女から声が溢れる事はない。

 なにかよっぽどの理由があるのかもしれないと、三人は顔を見合わせた。




 四人がそんなやり取りをしている時、宿の外に人影があった。それは明るい色の髪を二つに結い上げた、十代中頃に見える少女だった。


「ふふ……やっと見つけた」


 よく通る、可愛らしい声が響く。口許に手を当てて、嬉しそうにクスクスと笑った。

 彼女がもたれ掛かる壁には窓があり、明るい室内の光がそこから漏れている。


「クループ」


 一人の名前を呟いて、少女は夜の闇の中へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る