5-2 話せない少女①
白い石で作られた家が並ぶこの町はパキアという名前だった。イオリアよりも小さいが落ち着いた雰囲気が感じられる。狭い区域に密集して建物が建てられていた。
森は町の裏側だったようで、中心へ向かえばそこは賑わっているようだ。縦に長く商店街が伸びていて、その真ん中には植木が等間隔で設置されていた。
とりあえず宿を決めて荷物を下ろしたい、できればシャワーを浴びたいと言ったフラットの意見を汲んで、一行はまず宿屋を探すことにした。側にあった花屋の女性に安く泊まれる宿は無いか尋ねると、西門の近くに良い宿があると教えてくれた。そこは良い部屋だが素泊まりの宿で、台所は貸してくれるのだと言う。
「夕飯はまたジャンケンで決めようか。宿についたら買い出しに行こう」
「ああ。……俺とこうやでやるから、お前はシャワーでも荷物整理でもゆっくりやってろよ。頼むから手出すなよ、頼むから」
「う、うるさいわね! 言っとくけど、私お菓子作りは上手なんだから!」
昨夜の夕食時、お湯を沸かしてお茶を作る事すら上手くいかなかったフラットだった。やっとお茶になったと思ったら砂糖と塩を間違えるという典型的なミスを犯し、それを味わったりんじゅは彼女に料理をさせないように決めたらしい。
「何事も練習していかなきゃ上達しないじゃない!」と喚くフラットを引き連れながらたどり着いた宿屋は、質素ながら広い部屋を並べる宿だった。
食事は出ないと一つ注意を受けてから、受付を済ませる。今は一階の大部屋しか空いていないと言われて案内されたのは、二つの寝室とリビングルームがある立派な部屋だった。しかし値段を聞くとドーラの宿に匹敵する安さで、あっけにとられてしまう。
ありがたく使わせてもらう事にして、三人はようやく荷物を下ろした。寝室はベッドが二つづつあったので、フラットに一部屋と双子で一部屋を使うように決める。
「よし、じゃ、夕食ジャンケン!」
「負けねーぞ!」
こうやは一人で商店街へ向かう道を歩いていた。時間は夜へと近づいており、傾いた橙色の陽が、白い家の壁をぼんやりと色づけている。
夕食当番に決まったこうやは、せっかくなので町を見ていこうと、遠回りしながら商店街へ向かっていた。
「あーあ。俺、なんでジャンケン弱いんだろ。夕飯何にしようかな……」
自分で作れそうな簡単なレシピを呟きながら歩いていたと思えば、突然難しそうな顔になったりと、百面相して裏路地を歩く。すれ違う人がいないまま進んでいると細い道へ迷い込んだ。迷っただろうかと少し不安に思いながら行く。
一つの三叉路に通りかかった時、こうやは「え?」と小さい声を出した。声と共に振り返る。彼の右側から奥に伸びる一本の道の奥に、何かが座り込むようにして、いた。
「女の子……?!」
慌てて駆け寄った先、四角い木箱に寄りかかるようにして座り込んでいたのは水色の髪を肩まで伸ばした少女だった。こうやとさほど変わらない年の頃だろう、長い睫毛を下ろしてスヤスヤ穏やかに眠っているようだ。その顔には疲れが見てとれた。身に付けている橙色のワンピースと黄色の上着は汚れており、茶色い靴にも泥が跳ねている。小さな茶色いポシェットを肩から下げていた。
いくら暖かい春といえど、このままここで寝かせておけば風邪を引いてしまうだろう。何より一人でこのまま夜を迎えては危険だ。
膝をたてて腰を下ろしたこうやは、少女の薄い肩を揺さぶって声をかけた。サラサラと髪がゆれる。前髪の間からうっすらと開けられた目は、ぼんやりとした様子でこうやを捉えた。赤い目だった。
「大丈夫?」
こうやが改めて声をかけた。それで完全に目覚めたらしい少女は、目の前に知らない人がいることに驚いたのか、体を強張らせて後ずさろうとした。しかしその先は壁なので、それ以上下がることはできない。そんな彼女の様子に慌てて身を引いて、こうやは、もう一度同じ言葉をかけた。
キョロキョロと、警戒するように周りを見回してから、少女はコクンと頷く。安心して「よかった。」と呟いてから、「こんなところで寝てたら危ないよ?」と言った。そんなこうやの言葉にも、少女は小さく頷くだけだ。
不思議に思っているこうやの様子に、少女は何かを必死に伝えようとしている様子で口をパクパクとさせた。それから困ったように俯いて、喉の辺りを右手で押さえる。
「もしかして……。君、声が出ないの?」
こうやの問いに、また少女はコクンと大きく頷いた。たしかに先ほどから彼女は話すばかりか、声を一切漏らさない。目を覚ましたときも、驚いて身をこわばらせた時もだ。
筆記用具は一切持っていなかった。地面に書こうにも、この町は家から歩道まで全て石で覆われている。ガリガリと道路の石を削るわけにもいかない。こうやは頷くか首を振るかで答えてほしいと言ってから、質問をいくつかした。
一方的な問答で分かった事は二つだ。少女がこの町の住人ではないという事、そしてどこから来たのか、どこへ行くのかが「分からない」という事だった。それはつまり、彼女が路頭に迷っているという事だ。
彼女の事情を大体把握したこうやは、とりあえず一緒に来るよう誘った。一人こうしているよりも一緒に宿を使うのが良いと思ったからだ。幸いにもベッドは一つ空いている。
こうやの言葉に嘘がないと思ったのか、少女は頷いてぎこちなく笑った。あまり世間では見ることのない赤い目が、夕日を反射させて柔らかい色に染まっている。
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