5-1 話せない少女①

 その森は聞いていたよりも険しい山道だった。人が通ることは多くないのだろう、伸びきった草木がかつて道であった場所を塞いでいる。さらに、栄養をよく吸った太い木の根が土から隆起して、道を歩きにくいものにしていた。

 その草木をかき分けて先頭を行くのはりんじゅだ。彼の扱う武器ーー想像したものに形を変えるものだーーを今日は短い鎌に変えて、草を刈るようにして進んでいる。その後をこうやが追っていた。りんじゅが進むことでできた道を、しっかり草を踏みつけることで大きくしている。

 こうやが気にしたように振り返った。その先にはすっかり肩で息をしたおさげ髪の少女がいる。この森に入る前の街・イオリアで旅の仲間となったフラットが、双子に遅れるようにして着いてきていた。


「フラット、大丈夫?」


 こうやの声に疲れた声で返事をして、フラットは背負った荷物の紐を握りしめた。彼女は、これまで運動というものは嗜み程度しかしてこなかったようなお嬢様だ。幼い頃から自分の庭のように島中を駆け回っていた双子よりも体力で劣るのは仕方のないことだろう。

 現在地はまだ山道の、中間にすら着いていない位置だ。このままでは予定よりも時間が掛かってしまう。次の目的地へは一山越えるだけの道のりで、二日あればたどり着く計算だった。

 先頭を進んでいたりんじゅが後ろを振り返る。フラットの足取りは、出発当初の半分以下の速度になっているようだ。


「最初の勢いはどうしたんだよ。まさか馬車に乗っての優雅な旅だとでも思ってたのか?」

「違うわよ!」


 りんじゅの冷やかしに声を張り上げる元気はあるらしい。

 仕方なしに周囲を見渡すと、水の流れる小さい音が聞こえてきた。どこか近くに川があるのだ。それに気づいた双子はフラットへ声をかけて、音の聞こえる方へと進んだ。


 音源は思っていたよりも近くにあった。細いがたっぷりと水の流れる川が、道の外れに存在していた。触れてみるととても冷たく、臭いは無臭で舐めても変な味はしない。イオリアを出る前に、この山の水は街へも引いているものなので大丈夫だと話をきいていた。それはこの川のことだろうと、少し早い昼食をここで取ることに決めた。

 遅れてようやく追い付いたフラットは、先にくつろいでいたこうやの隣へと腰を下ろす。出発して数時間、ようやくの纏まった休憩に、深くて大きなため息が出た。


「あーー疲れた! 本当に疲れた!」

「そんなんでこれから先、大丈夫なのか?」

「フラットが慣れるまでは、少しこまめに休憩しようか。俺たちだってまだ旅に出て少ししか経ってないんだしね」


 話しながら取り出したのは、イオリアを出るときにフラットの使用人であるフレアから持たせられたお弁当だった。食べた後は折り畳むことができる簡易的な弁当箱に入っているそれは、握り飯や串に刺されたおかずなどが並んでおり、手掴みでも食べられるようになっている。

 川の水で手を洗ってからそれを三人で分けた。見た目よりもたくさん入っていたそれは、十分に育ち盛りの三人の腹を満たしてくれるものだった。


「しっかり食べて、体力もつけなきゃ駄目ね。置いてかれない程度には」


 ご飯を食べながらりんじゅに聞こえるように言って、フラットはしっかり咀嚼したそれを飲み込む。これからどれだけの間旅を続けるのか、今はまだわからない。当分の間食べることができないであろう馴染みすぎた味を、しっかりと味わって、また飲み込んだ。


「やっぱり、フレアの作ってくれるご飯が一番美味しいわ」


 この先旅の中でどれ程美味しいものを食べたとしても、この味を忘れることはないだろう。

 フラットはまた一口、手にしたおかずを口へ運ぶ。しっかり味わって、心身に染み込ませるように、飲み込んだ。


 その日は予定よりも早くテントを張り夜を迎える事にした。フラットは自分の寝袋を持ってきていた。だが、そもそも寝袋の使い方すら分からなかった彼女は、細かいことから全て二人に教わりなんとか初日を終えたのだ。

 そして一行が目的の町へ着いたのは、予定より一日遅れた日の昼過ぎだった。

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