4-3 ひたむきな想い②
事件がおさまった次の日の朝。昨日と同じようにたくさん用意された朝御飯を食べた後、りんじゅとこうやは旅支度をしっかりと整えていた。今日イオリアを発つ事は昨日の夜決めていた事だ。
朝食の時間にフラットが現れなかった事は気にかかっていたが、街を発つということは夕食の時に告げてある。なにか理由があるのだろうと思った。
昨日はあの後クレープを食べに喫茶店へ行って、フラットは街の人たちに囲まれ話をしていた。双子は大人についてきていた子供達に囲まれて、旅の話をせがまれた。まだ旅立ったばかりなのだと話すと、憧れの眼差しでまた来て話をしてくれと言われたのだ。
その後もフラットはなかなか解放されず、夕食の時間が近づくと、フレアへの伝言を任され双子は先に屋敷へ戻ったのだった。その時彼女を心から心配していたフレアからの質問攻めを受けたことは言うまでもないだろう。フラットが帰ってきたのは夕日が沈む頃だった。
道中不便のないようにとフレアからはたくさんの保存が利く食べ物をもらっていた。今日のお昼にと簡単な弁当も用意してくれた。少しだと彼女は言ったが、二人分としては申し分ない程のものだ。
ドーラで購入した地図を広げると、イオリアから北は森に覆われている。入ってきた南の門から出発して大きく西へ迂回し平原を行く道もあったが、森はさほど深くないと聞いたので、北の門から出発しようと決めている。
「今度こそ歩きだね。次の街まで遠く無さそうだけど、気を付けなきゃ。魔物はいるのかな」
「油断しないで行こうぜ。特にお前は頭を打ってるんだから」
「うーん。でも、もう気持ち悪くないし、大丈夫だよ」
支度を終えて借りていた客間を出る。とてもお世話になったフレアへ丁寧にお礼を言って、フラットへも伝えてもらうように頼んだ。フレアは笑顔で応え、道中十分に気を付けるようにと返してくれた。
まだ店も開いていない時間に、北の門へと歩く。昨日の騒ぎが嘘のように、街は静かだった。
しばらくして着いた門は、南の正面門に比べると簡易なものだ。ただそこに、人影を見つけた。それはイオリアに入ってからすっかり見慣れた影だった。
「フラット。こんなとこまで見送りに来てくれたの?」
ふわりと柔らかい髪を二つに編んでいるフラットは、この二日間で見なかった程、とてもラフな格好をしていた。ショートパンツにブーツを履き、ノースリーブの上着を着て、袖の広がった特殊な形のアームカバーをつけている。そして大きな荷物を背負っていた。それはまるで旅支度をした双子と同じような格好だ。
二人は状況が飲み込めず顔を合わせ、そしてもう一度フラットを見る。彼女はとても生き生きとした、“らしい”笑顔を浮かべていた。
「私を一緒に連れていって!」
ハッキリとした声は静かな街によく響いた。耳に入った言葉が聞き間違いではないかと、双子は思ったが、彼女の表情は満足そうなものだった。
先に声を出したのはりんじゅで、「ハァ?!」とすっとんきょうな声を上げた。
「なっ、だっ、おまえ、街を出ていいのかよ!!」
「昨日だってあんなに街の人と仲良く話してたじゃない。どうして突然、そんなことになったの?」
双子の問いはもっともだろう。しかしそう問われるのはわかっていたらしく、フラットは明るい顔を変えることはなかった。
「私、イオリアがとても大好きよ。この街のために、立派な当主になりたい。だから、世界を見て回って、たくさん学んで、そしてイオリアに帰ってきたいの。この街を守っていくために、私は世界を広く知りたい」
未来の事を語るフラットは、とても眩しい目をしていた。それは一時の気の迷いで選んだのではないと語っている。あれほど街を大切に思っていた、街を愛しているフラットなのだ。付き合いは短くとも、その事だけは二人ともよくわかっていた。
「でも、あんなに母親の事言ってたのに、同じ事をするって思われるんじゃないのか?」
りんじゅの言葉は真実だろう。この街の人々は一度、フラットの家に期待することをやめたのだ。当主に引き続いて跡取りまでもが姿を消してしまったなら、彼らはどう思うだろうか。
フラットは少し表情を引き締めて、「わかってる」と言った。
「私はあの人のようには絶対にならない。そして私は、あの時私を守ってくれたイオリアの皆の、気持ちに応えたい。だから行くの。そう決めたの。私は私の、やるべき事を見つける。今の私にできるのは、未来のイオリアのために、たくさんの経験を積むことよ」
真剣な眼差しが二人へ向いていた。強い想いのこもった、光の眩しい瞳だ。彼女の瞳に散らばる銀の光彩が、キラキラと輝いている。
「だから、私を一緒に連れていって!」
武器なら持っていると、足に固定した長物を手に取った。黒い棒状のそれはムチのようで、フレアが倉庫から持ってきてくれたのだと言う。双子が持っている武器と同じように、小さな羽のマークが付けられているのが気になった。
彼女の意思は強いようだった。これでは断ったとしても、無理矢理ついてくるのだろう。フレアが手渡してくれた食料が二人分にしては多く感じたのはこういうことだったのかと、りんじゅはため息を着いた。それを聞いて、こうやはへにゃりと笑う。
「それじゃ……、うん。これからよろしくね、フラット」
「うん! ありがとう!」
明るい声で礼を言ったフラットは、ヒマワリのような明るい顔で笑った。
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