4-2 ひたむきな想い②
街の中に流れている小さな川を渡ると賑わいの声が少し遠ざかっていく。慣れた様子で道案内をしながら街の話をしていたフラットは、緊張した声をあげたこうやによってその足を止めた。
「誰かついてきてる……よね」
「ああ。例の奴らだろうな。きっと、俺たちが道から逸れるのを待ってたんだ」
図ったように現れたのは見覚えのある集団だ。今日の供は三人らしい。並んだ背の高い男達の後ろから、小柄な男が現れる。彼が話に聞いたリュネット家の御曹司なのだろう。なるほど、小綺麗な身なりをしていた。
進行方向を遮って並んでいる彼ら。フラットを背に隠した体勢のまま二人は構えた。
「ちょこまかと小賢しい。貴様らはルカ家のなんだ?」
「俺たちは、この子に良くしてもらっただけだけど……。困ってるって言ってたんだ」
「関係のないガキはすっこんでいろ! 私が話をしたいのはフラットお嬢様だけだ」
厭らしく笑ったリュネットは手を伸ばしてフラットを呼んだ。「ご両親には私が話そう」と言って、一歩近づいてくる。気圧されたように下がったフラットは、両手を強く握りしめて息を吸い込んだ。
「ルカの名前と財産に目が眩んでいるだけのあなたなんて、私は絶対に嫌! こんなコソコソと女の子追いかけ回して、情けないったらないわ! いい加減諦めて!」
啖呵を切ったフラットの声が一帯に響いたと思うと、リュネットの顔はみるみるうちに険悪になっていく。眉をつり上げて顔を赤くし「黙れ!」と低く叫んだ。
彼は手で後ろへ合図をした。控えていた黒いスーツの面々は携えていたナイフや銃を構えている。穏やかではない様子にこちらも獲物を手に取った。りんじゅは筒を片手剣へと変化させる。
「聞き分けのない子供にはしつけをしなければいかんな! こちらが下手に出ていればいい気になりよって……。捕らえろ!」
主の声で一斉に襲いかかってくるスーツの男たち。こうやがフラットの手を引いてその一撃を避けたところで、りんじゅが相手へ剣を降り上げた。それは容易くかわされる。銃弾が飛んでくるのを間一髪で避けると、後方からこうやの声が聞こえた。
「カラリル……ウォータリー!」
銃創から弾き出された弾丸は水へと形を変えて男たちへ襲いかかった。まるで鉄砲水に当たったような衝撃に怯んだ彼らから距離を取る。しかし右から突っ込んできたナイフの男に気づかずりんじゅは突き飛ばされた。咄嗟にナイフを剣で受けたのだろう、その体に切り裂かれた痕はない。土ぼこりをあげて倒れ込んだ所に違う男からの二撃目がきたので、これは横へ転がり回避する。そのまま起き上がって後ろへ飛んだ。
こうやと庇われたフラットへは銃弾が襲っていた。手を引いて逃げていると「娘は傷つけるなよ!」と聞こえてくる。彼らの手に渡らなければ、フラットは安全なようだ。
「ここに隠れててね。危ないから出てきちゃ駄目だよ」
こうやは木の影へ彼女を隠し、応戦することにした。銃を持った男は先程の水の弾を警戒しているのか、こちらを伺っている。
「でも……、こうや、」
「大丈夫! ……って、言えたらかっこよかったんだけどな。でも、俺のできる精一杯で、守るから」
こうやが背を向け、銃を構える姿にフラットは息を飲む。胸の奥が強く高鳴ったのを感じた。
こうやがナイフを持った二人の男に襲われているりんじゅを支援して男たちの足元へ発砲すると、一瞬怯んで隙が生まれた。そこへ立て続けに三発撃ち込むと、一発が男の足へ命中した。
もう一人を警戒して辺りを見回すと、奥の太い木の影に銃口が覗いているのに気がつく。もう一度水の弾を放つと、影は逃げるように左へ飛んだ。反射で発砲したらしい弾を避け、木の影へ飛ぶ。
途端に反対側から音を感じた。ハッとして振り向くと眼前に大きな影。ーー危ないと、思った瞬間には頭に鈍い痛みが走り目の前がチカチカした。おもいきり脳を揺さぶられたような気持ち悪さがこうやを襲う。大きな石が顔へ当たったのだ。
口の中に鉄の味が広がる。目の前が揺れていたが人の気配を感じて背中からナイフを取り出した。しかしそれを構える前に上から体重をかけられる。肩に痛みを感じて、捕まったのだと分かった。
「こうや!」
「ガキがいい気になって大人の真似事をするから痛い目にあうんだ」
今までどこかへ身を隠していたらしいリュネットは捕らえられたこうやを蔑むような目で見た。わざとらしく地面を蹴ると、土ぼこりが顔へかかり、こうやが小さく咳き込む。
それに声をあげようとしたが、りんじゅの側にも剣を構えた男がついていた。動くなと牽制をかけてくる。
リュネットは木の影からこちらを見ているフラットへ視線をやった。ゆっくり名前を呼んで、ニヤリと笑う。
「フラットお嬢様、お気持ちは変わりましたかね? 貴方のわがままに付き合わされて、この者達も可哀想なことだ」
双子はどちらも身動きが取れなくなっていた。フラットに残された選択肢はそう多くない。彼女は立ちすくみ二人の解放を要求する事しかできなかった。
リュネットがここまで手段を選ばずきたことはなかった。自分を一度は助けてくれた二人が側にいることで、油断していたのだろう。頭の中が真っ白になって、フラットは喉の奥に物がつっかえたような息苦しさを感じていた。
「二人は関係ないわ! あなたもそう言っていたじゃない!」
「ええ。ですが大人を邪魔する子供には躾が必要だと、そうは思いませんか?」
リュネットは側にあるこうやの肩を軽く蹴った。押さえつけられたまま睨み上げてくるこうやを鼻で笑う。そうしてフラットを見つめ、答えを急かした。彼らの身を思えば、答えなど一つしかないのだ。
フラットはズキズキと痛む胸を拳で押さえた。そうしてフレアの顔を思い浮かべる。いつでも正しいことを教えてくれた彼女ならば、もしかしたらこの場を乗り切る答えを持っているのかもしれない。だがまだ十年と少ししか生きていない彼女に、そんな奇跡のような答えを導き出すことはできなかった。
胸にかかるのは悔しさと、そして自分を守ろうとしてくれた二人への罪悪感、そして街の人々への強い思いだった。
「……分かった、分かったわ」
「フラット!」
「お前、本当にそれでいいのかよ!」
「だって……」
ーーバタバタバタ。
泣きそうな顔でフラットが前を向いたその時、たくさんの足音が辺りから聞こえてきた。何事かと辺りを見回す。
たくさんの音をつれて現れたのは、思い思いのものを手にした街の人々だった。
「あんたかい! お嬢様を困らせてるって言う奴は!」
「フラットお嬢様はいつも笑ってたけど、最近はため息ばっかりついてたんだ! 知ってるんだぞ!」
「寄って集って子供を苛めて、なんて奴等だ!」
長い木の棒、草を刈るための鎌、柄の長い箒。庭先にあるような日用品を構えて、街の人々が黒いスーツの男達を囲んだ。皆眉をつり上げ怒気の波乱だ声をあげている。それは彼らを怯ませるのに十分効果を発揮した。
リュネットを見て「よそ者」と罵る者までいる。彼らの信頼のなさがここで浮き彫りとなった。
イオリアは街の者達だけで自治団を形成し守ってきた土地。彼らの仲間意識は、リュネットが想像していたよりも格段に強いのだ。
「貴様ら、あの、あの娘は、この街を捨てたルカ家の人間だぞ?!」
逃げ腰になったリュネットの回りには、非常事態に子供の拘束を解いた黒いスーツの男達がいた。彼らに守られるようにして、ひっくり返った声で叫ぶ。
危機を脱したこうやとりんじゅの元へフラットはすぐさま駆けつけた。こうやはこめかみから少し血を流していたが、もう視界はハッキリとしているらしい。それに安心し、そして街の人々の言葉へ耳を傾けた。リュネットの問いは、フラットが常日頃胸の奥で抱えていた疑問だった。
吐き捨てるように投げられた問い。
街の人々は当然だというように、構えを解かず言った。
「ルカ家だろうとなんだろうと、そんなもん関係ねえ! 困ってるときにいつも助けてくれるのはフラットお嬢様だ!」
「うちのチーズケーキを召し上がって、いつも美味しいって言ってくれるんだ!」
そこにはフラットの街への想いが溢れていた。彼女が毎日足で歩き、汗を流し、心から笑っていた事への応えがあった。
街の人々の揺るがない様子に二の句が告げなくなったリュネットは、逃げるようにして中心街へ向かって走っていった。すれ違った時の彼は唇を噛みきりそうな顔をしていた。
彼らに追い討ちをかけるように石を手にした青年がそちらへ勢いよく投げる。それは的はずれな方向へ飛んでいき、そして誰かの家の玄関にある鉢を割った。
家の持ち主が「おいおい!」と声をあげる。投げた青年は「勢い余っちまった」と言って笑った。他の者もそれに釣られて笑った。
「お嬢様、うちのクレープを食べに来てくれたんじゃないのかい? うちはデートには最適の喫茶店だからね」
ふっくらとした体型の女性が前に出てきて言う。スコップを手に持っていた。
フラットは溢れる想いが堪えきれなくなって、笑ったつもりで表情を作ったが、うまくできずに涙が溢れた。言葉が出てこなかった。
街の人たちは、それにまた笑った。あたたかな笑いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます