僕らの血潮

さえずりのみつ

第1話 この世界を二番目と仮定する。

「君のことが好きだとは言ったけど、嫌いだとは言ってなかったね。今、どっちか言うね」

 固唾を飲む。たぶん、それは今の僕のような感じだろう。僕はじっと三沢さんの緩み切った頬に達観していた。三沢さんは十中八九、僕のことが好きなのだろうけれど、それを表に出さないように必死だ。何故? それはただ、僕の顔が三沢さんの好みと合致しているという、主な理由が第一印象なんてばかげたしょうもない判断理由に他ならないから。だけど、かと言って、そんなばかげた判断理由も理由は理由だし、僕だって、三沢さんのことが嫌いなわけじゃないし、女の子と付き合うとかそういうことに抵抗のある男子は滅多にいないだろう。しかも僕にとって、三沢さんは、釣りを始めてもいないのに、海原から飛び込んできた人魚みたいなものだ。さあ、三沢さん。ゆっくりでいいよ。返事を聞かせてごらん。その可愛い、リップクリームを塗った唇で僕のことを「好きだよ」と言ってごらん。

「私、古畑君のこと、ちょっと好きになれない。要するに嫌い。ごめんね」

 そう言うと、渡り廊下を悠々と歩いて彼女は去っていった。さ、暗殺の準備と行こうじゃないか。僕のことを嫌いになる人間なんて、そりゃまあたくさんいるけど、三沢さんに限ってはそんなことはないと信じ切っていたのに、ああ、なんと僕の浅はかなことだろう。切ないこの気持ちを、どう形容しよう。ま、そりゃやっぱり、暗殺。そうだろ、マイ・ベスト・フレンド?

 渡り廊下に人気はなく、合唱部の練習の声音とか吹奏楽部の楽器の音とか、そういうものは聞こえてくるのに、あまりにも寂しい雰囲気が漂っていた。これが夕日のなせる技か。そんなことを独りごちる。世界の終わりを願う。フラれただけで。

 最近の若者はたぶん僕含めてだけど、世界が狭すぎるのかもしれない。今気づいた。メモっとこ。メモっとこ。ところで僕は古畑という。今は卓球部にそこはかとなく精を出す「鑑優太」なる人物を待っている。ひらがなにすると、「かがみゆうた」だ。僕にとって人間と接点を持つのは、こそばゆいことで、こそばゆいってなんだって言われても困るけど、つまり僕はコミュニケーション能力が低いってこと。ヒトの話なんて五分もまともに聞いていられないし、――まあ相槌打つのは得意だけど――、そもそもヒトの眼を見て話すことがあまりできない。ヒトの眼を見ない。見たくない。ヒト。人じゃない。ヒト。なんとなく、「ヒト」の方が正しい気がする。僕だけの価値観かもね。でもそこに関しては譲れない。自覚しうる範囲内では、死ぬほど辛い目に遭ったことはないけれど、泣きたくなる日は時々ある。そんな僕を救ったのは、というか時々気まぐれで救ってくれるのが、鑑優太。「ゆうた」だ。ゆうたは人って呼んでもいい気がするね。なんで? そんなの知らないけどさ。僕はそう思う。まあ、何はともあれ、この世界を二番目と仮定する。

「あ」

「待った?」とこっちに歩み寄ってきたのは、ゆうた。

「かなり」

「そっか。行こっか」

「ああ、行こっか」

 そして僕らは、適当に歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らの血潮 さえずりのみつ @fantasy007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ