第41話 あの時の俺ぇ……

 俺は最初、馬車の中で寝ていたはずだった。勿論一人で。ステラたちにも昨日の俺がやった事を頼んでいた。それと何もするなと二回も言った。

 なのに一度目を覚ましたら膝枕の状態で世話をされていたのだ。何故俺の言った事を誰も守ってくれないのか。ちなみに今はミレナである。


「ねぇ人の話聞いてた? 何もしないでって言ったよね?」

「私は何もしてないよ。座ってる私にユートくんの頭が乗ってるだけ」

「詭弁言ってないでその手を退けて。降りるから」

「疲れてるユートくんを癒そうとしてるのに……」


 そんな事を言いながらも俺の頭の上から手を降ろす気配が全くない。さっきから力を入れて身体を持ち上げようとしてるのに一ミリも動かない。ステラとミレナは力が物凄く強いので俺程度では動けないんだよ。

 しかも魔法を使って少しずつ身体的な疲労を回復させてきてるからミレナの言ってる事自体に嘘はない。文字通り癒してはいる。ミレナの言ってる事はそういう事じゃないが。


 こう考えてる間にも俺は力は抜いており、鼻歌を歌いながらご機嫌のミレナもゆったりとしている。ステラとクロエは、と聞いたら外で仕事をしてると返って来た。何でも二人で見張りと何か起きた時の対処をして一人が俺の世話を見ると俺が寝てから決めたそうだ。

 最後にどれくらいの時間帯か聞くと昼より少し前らしい。……残りは夜寝れば良いか。恐らく連続で徹夜なんてさせて貰えないだろうし、無理にしたらそれはそれで後々に大変な事になりそうだ。


 起きた事を知らせる為に二人の居場所を聞くと幌の上だと言う。ミレナと一緒に……は流石に無理なので一人で行く。多分ね、幌が破れると思うんだよ。流石に四人は重量オーバーである。

 まぁそんな事を言ったら三人で責められるので絶対に言わないが。


「あ、お兄ちゃん!」


 幌の上まで来るとステラがとことこやって来た。抱き着いて上目遣いにこっちを心配してくれる。ミレナならあざといんだが、ステラの場合は純粋なのでちょっと可愛い。狙ってたんなら凄い演技力だ。

 ステラとクロエは仕事は終わりだと言わんばかりの勢いの良さで馬車の中へと戻って行く。俺は代わりに見張りをしようと思ったんだが……一緒に連れ戻された。

 座らせられると左右にミレナとクロエ、上にはステラでいつものだ。


「ユートくんは一人だと無理をするので見張りはここでお願いしま~す」


 そう言って俺の腕を抱き締める。絶対にこっちが本命だよね? ただこうしたかっただけだよね? ステラもクロエも各々自由に振る舞ってるし。

 三人と至近距離なお陰で色々と意識しそうになるので俯瞰全視を使って全力で見張りをする。無になれ、無になるんだ……


 そうこうしてる間にお昼になったようでフェルが馬車を停めた。休憩にすると言うフェルの言葉を聞いて俺たちも馬車から降りた。

 俺は馬車の車軸などの確認を、フェルは馬に水や食料を与え、ステラたちには食料を調達して貰った。俺やフェルのやっている事など数分程度で終わるくらいの簡単な仕事なのだが、その間にステラたちは得物を狩ってきてしまう。実力の違いが凄い。俺なら早くても二、三十分は掛かるね。

 それで準備なんかも手伝わせても貰えず、暇な時間はフェルと話して潰すことにしよう。


「およ? 彼女らの手伝いはしなくていいのかい?」

「ははっ。手伝わせてくれないんですよ。休んでて、の一点張りで」

「ふむ。一人くらい交流を――ひっ。……こほん、何でもない」


 深めても良いかな、とでも言おうとしたのか。その途中で三人から相当冷たい視線がフェルに向かって放たれた。咳ばらいをして言い換えるとその視線は収まった。途端に参ったなぁ~的な顔になる。……他人ひとの婚約者で遊ばないで下さい。


「あんな子達にそこまで好かれる君は羨ましいね」

「ありがとうございます」

「少しは引っ掛かってくれても良いだろうに。まぁそれはいいか。それでなんで私の所に?」

「正直、暇なので話でもしながら時間を潰そうかな、と」

「なるほどね~」


 ちょっとした話の中でフェルからは感謝された。何でも思った以上に良いペースで進めているそうだ。特に馬の疲労がそんなに大きくなかった事が嬉しい誤算らしい。この調子なら明日にはどこかの町に着くだろうとの事。

 食事もあの不味い非常食じゃなく、新鮮で美味しいので好評だった。後は大きなトラブルに巻き込まれなかっただが、これは完全に幸運だっただけだ。

 まぁ結果的に見てフェルからの評価は良いのでそれは良かった。それにしても馬の疲労が少ない、ね。……クロエ辺りかな?

 昼食を終えて再び馬車を進め始めた所でクロエに聞いてみた。


「さっきフェルから聞いたんだけど……馬の疲労が少ないらしいんだ。クロエは何か知らない?」

「えと、その……はい。私がしました」


 びくっと震え、オロオロしながら自白したクロエ。ステラとミレナはすっと俺から離れる。クロエは目を瞑ったまま、小刻みに震えていてそれに全く気付いてない。

 別に悪い事をしたから叱るわけじゃ……そう言えばここ数日はあまりクロエと話す機会は少なかったよな。全体的に見ても少ないし。それに最近の俺の中でクロエの立ち位置が良いのか悪いのか微妙だな。果たしてどっちなのだろうか。まぁそれは兎も角、今はこの状況を何とかしよう。


 そっとクロエの頭に手を置くとクロエは再び身体を震わせた。優しく髪を梳きながら撫でるのを続けると強く閉じていた目が緩んでいった。それと一緒に声を掛ける。


「クロエ」

「っ!? ……はい」

「ありがとう」

「へ?」

「だから、馬の疲労が少ないのはクロエのお陰なんだろう? それで馬車での移動がスムーズならクロエのお陰じゃないか」

「あの、怒らないのですか?」

「何で起こる必要があるんだ?」

「勝手な行動してしまったし……」


 折角開いた瞳が段々と暗くなっていく。これはあれだ。自己嫌悪とか自己否定とかそんな奴。こういうのって自分がやった事が良い事でも悪いって思い込むんだよなぁ。あと、何でも悪い方向に考えがち。実際、両親を亡くした時に俺も味わった。何で、自分が……とかね。

 まだ浅いだろうし、対処自体も簡単だ。自分で自分を認める、もしくは許せるが一番良い。普通の場合はな。だが、今回のって俺が原因だし自業自得……なのか?


 俺が顔を近づけるとクロエはボンっと音がなりそうなくらいに顔が赤くなった。学園に在学中の時はこんな事は無かった。むしろ良い感じに図太かった。アルトネアに帰るちょっと前からクロエの事はおざなりだった……うん、改めて考えると自業自得だわ。俺ってこういう事が多い。もうちょっと周りにも気を張ろう。

 さて、顔を合わせた所で瞳を見る。暗いのは変わってないが、完全にという訳じゃないらしい。まだ明るい所はあるので十分治せる。俺の時は真っ暗だったからな。


「ごめんな。最近クロエへの対応が冷たかった。寂しかったよな」

「ちがっ、その、えと、だから、あのっ」


 さらに顔を真っ赤にさせて口をパクパクと開けたり閉じたり。焦ってるのか言葉も途切れ途切れで内容が分からない。完全に混乱してるね。まぁこっちの方がやりやすいけど。

 俺はクロエを引き寄せて耳元で囁く。混乱中のクロエは何がなんだが分かってない。


「無理しないで今度からは頼ってくれ。俺も頼るから。……だから今回はありがとう。クロエのお陰で最高の旅のスタートが切れた」

「!? ……は、はい」


 クロエの返事を聞いてこの段階は終わり。次は何をしようか……え? それする?


 丁度俺の視線の先でミレナが口パクで「クロエを褒めて」と言っていた。それもただの褒めるじゃなく、褒めまくると言う感じだ。ミレナと二人きりの時はよくせがまれた方法なんだが、実行すると九割以上の確率で発情し出すので途中からしなくなったが。

 だが、次にしようとしていた事ではある。それをエスパー能力で読んだミレナはぐっとサムズアップをした。


「クロエちゃんは可愛いって言う言葉に弱いよ」


 わざわざ空間魔法を使って俺限定でそこまで伝えるか? いや、ミレナならするな。目的の為ならあらゆる手段をするお方である。まぁこれで自己嫌悪とかから立ち直れるならやってみよう。


「クロエ可愛いよ」

「!?!?!?!?!?」


 一回言っただけなのだがクロエは面白いように滅茶苦茶反応する。ミレナの言う通り、相当この言葉に弱いらしい。この後も幾つかバリエーションを交えて言ってみた。可愛いと名前を呼ぶ事は忘れずに。

 最初は毎回とても反応していたのだが、最終的には耳まで真っ赤にさせて小刻みにプルプルと震えるに至った。かなり恥ずかしいんだろう。そういう俺も久しぶりにやったので結構恥ずかしい。

 相当恥ずかしいのか俺が放そうとしてもむしろこっちが放して貰えない状況になった。よく見ると手とか足まで赤い。そこまで恥ずかしかったのか。


「あ、あの、私も……好き、です」


 顔を上げたクロエは真っ赤な顔のままそう言ってまた顔を隠す。いつの間にかクロエの手は縋るように俺の服を掴んでいて、見ないでと言ってる感じだった。……そう言えばそんな事言ってた。あの時の俺ぇ。

 ちなみに今の俺とクロエを見たら何処のカップルだよ! そう切れられる事間違い無しだ。初々し過ぎだ! なんて文句が飛んでくるかもしれない。


 あとフェルがこっちを見ていたのだが、ステラとミレナの極寒クラスの冷たい風を受けて直ぐに前を向いた。目がダメなら耳で! と思っていたらしいが、ミレナの空間魔法により全く音も聞こえないので残念そうだった。




 それからは日が暮れるまでミレナとステラが弄られ、クロエが顔を真っ赤にし、を繰り返す事となった。

 そして、俺は案の定夜の見張りなどさせて貰えず、と言うかステラとミレナ、クロエの三人が協力してかなり強力な結界が出来てしまい見張りをしなくても良いという事になった。


 それで今はテントの中でクロエと二人きりである。ステラとミレナは昼同様、外で邪魔しない様にしているらしい。クロエはその時を思い出しているのかもじもじしている。


「……昼の時も言ったけどあまり自分を悪く言わないでくれ。それに自分を抑える事もしなくていいよ。俺はもっとクロエに頼って欲しい」


 こくこくと頷いたクロエは四つん這いでこっちにやって来て俺の上に座った。……あ、ステラとミレナはするけどクロエにはした事無かったな。

 腕を回すとぎゅっと掴んで体を預けて来る。


「サリレではクロエと最初にデートしようと思うんだが……それで良いかな、ミレナ?」

「良いよ~」


 ミレナが答えながらテントに入って来て、ステラはその後に続く。クロエは現状を顧みて顔を赤くさせている。だが、離れる気はないらしい。

 サリレでのデートの順番がクロエ、ミレナ、ステラと決まった所でステラがうつらうつらとしていた。そもそもテントに入って来た時点で結構眠そうだったんだが。


 結局、ステラとクロエを左右にくっ付けてその夜は眠った。ミレナは意図して遠慮してくれたようなので後でお礼をしておこう。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星降る世界で…… 弓咲 岬 @544918

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ