第40話 ……不思議なものだ

 ルトで一日休憩を取り、サリレへと馬車を進める。俺はいつかの様にほろの上で風を浴びながら周囲を警戒しておく。軽くだけど。と言うか体面的にしてるだけで、俺が何かを見つけると同時にステラたち全員も気づく。それだけ彼女たちの捕捉と言うスキルが強力なのだ。それを得た理由を聞くと大体がやさぐれる事間違い無しなんだが。

 ルトに来るまでは馬車の中でやってたんだけど、ステラたちが基本的に積極的なので毎日大変だったんだ。そこで見張りをする事を名目に一人でやらせて貰っている。その分、反動も強くなる事が多い訳だがそこはさて置き。


「う~ん。風が気持ちいい。やっぱり一人は気楽でいいなぁ」


 青く晴れた空を見ていると気分が落ち着く。学校での一番の楽しみは昼休みに晴れた空を眺めてる事だったなぁ。……そこ、おっさんぽいとか言わない(実際には間違ってない)。

 昔から自然を眺めるのが好きだったんだよ。こう森とか空とか川とかを見てると精神が癒されてく感じで。多分、精神に負担を掛け過ぎない様に小さい時に考えた結果なんだろう。何年も一緒にいる人って殆どいなかったから……


 精神的には三十を超えたおっさん。昔の事を考えながら黄昏たそがれているとミレナが空中を移動しながらやって来た。空間魔法をある程度以上に使いこなせないと出来ない芸当だ。この年で流石である。そのミレナは俺の隣に降りて特に何も言う訳でもなく俺と同じ様に空を眺めている。

 場所は兎も角、形だけ見るならば熟年夫婦とでも言えそうな感じだ。そもそもまだ結婚してないけど。


「……ユートくんって前から良く空を見てるよね。それってどうしてなの?」

「自然を眺めるのが好きなんだよね。精神的に落ち着いてさ」

「それって私も原因だったりする?」

「ん~ミレナは重要な都市を治める貴族の娘だし、ステラも国にとっては重要人物の一人娘、クロエに至っては王女様。これを冷静に見て原因じゃないって思える根拠があったら是非とも知りたい。まぁ、そこはもう慣れたけど」

「うぅ……」


 がくっと顔を俯かせて落ち込むミレナ。幌の上って結構バランスが取り辛いんだけど……器用だな。

 取り敢えずミレナを慰めて調子を戻した。さっきのも最初はそう思ってただけで、今になったらもう慣れた。それとそこら辺の覚悟はこっちから行動した時に出来てるし。

 その事を伝えるとうへへ……とちょっと美少女として見せちゃいけない感じの笑みを浮かべたので放置した。こういうのは下手に関わると余計に面倒な事になる。既に何度も経験した事だ。


 気分を良くしたミレナはステラたちに伝えて来る、と言い残して馬車の中へ戻って行った。……俺、一度も伝えて来いとか、伝えて良いよなんて言って無いんだけどね。

 とは言えミレナじゃなくても誰かが知れば他の二人に伝える事は分かってた。そして、それが親へと向かう事も。この旅の途中で伝えるつもりではあったから別に問題は無いんだけどさ。この後を考えると……ちょっと早まったかもしれない。




 時は過ぎて時間帯的には夕方。今日は野宿でサリレへと向かう中では初めてだ。ここら辺は平原が多く、村の一つでもあると思ったんだが、魔物が多く出現するので町以上じゃないと人が住めない事や、作物が育たない、こっちはあまり人が通らない事などの理由で今日のも含めて二、三回ほどは野宿になるとフェルから聞いた。


 食料は現地調達にしてここに来るまでに暇なステラやミレナが適当な時間に集めておいた。エルドル学園では解体なんかの技術も教えてもらっているので俺たちは全員出来る。クロエはちょっと苦手だが。

 夕食の準備はステラに任せ、ミレナとクロエは魔物などを近づけにくくする結界を周りに張り、俺はテントの設営だ。フェルは馬たちの世話や馬車の確認をしている。


 さて、そこで二つ気になった事がある。当初、俺はミレナに一人用と三人用のテントを持って貰っていた。だが、目の前にあるのはフェルの分のテントを含めても二つ。数が足りない。そして、もう一つは三人用よりも大きく四人くらいは入れそうだ。

 ……言うまでも無い事なので取り敢えずフェルの分は立ててしまおう。その後に事情を聞こうじゃないか。


「なぁミレナ。ちょっと聞きたい事があるんだが」

「ん、何?」

「何でテントが一つしかないんだ? それも四人くらいは入れそうな大き目のやつ」

「皆で一つのテントで寝る為よ」


 何言ってるの? と良いそうなくらいの真面目な顔で返される。まるでこっちが間違ってるとでも言いたげだ。

 いや、間違ってるのそっちだから。そもそも一緒に出掛けて買った二つのテントは何処よ。それを早く出して欲しいんだが。……無駄な気がひしひしと伝わって来るが俺はめげない。


「一人用と三人用のテントは?」

「売ったわ。そこでこのテントを買ったのよ」


 なるほど売ったのか。そうかそうか……。ははは…………よし、選択肢は徹夜か外で寝るの二択だな。疲れは明日以降に癒すとしよう。なぁに、数日の徹夜なんて大丈夫だ。最大で五徹した事もあるんだからな!

 ……その後は最低でも丸一日は使い物にならないが。


 ミレナとクロエにはステラの手伝いに行って貰い、俺はもう一つのテントを立てる。取り敢えず今夜は徹夜で見張りだな。軽い睡眠なら取れるかもしれないし。




 ステラが作ってくれたのはシチューだ。狩って来た得物の肉や野草がごろごろと入っており、具だくさんだ。香りも良く食欲をそそる。

 余った肉は燻製くんせい肉にしているらしい。担当したのはミレナなんだと。何でも固い燻製肉の作り方を教わり、それを日本風にアレンジしたそうだ。……前に一度食べたあの固~い肉はもう二度と食べたくない。


 夕食を終えたら大きな布を何枚か出して仕切りを作る。それと大き目の桶を出してお湯を作り、ステラたちにはそこで体を拭いて貰った。

 ミレナの一緒にしないか、なんてとんでもない意見を一秒未満で断り、ちょっと離れる。ステラたちは残念そうにしていた。ちなみにフェルが近づくと背中や頬に冷たい風がするりと撫でられ、とぼとぼ戻って来た。……あくまで俺のみらしい。かなり複雑だ。だがフェルよ、流石にロリコンは無い。この世界にそんな概念無いけど。

 俺とフェルもステラたちが出た後に体を拭く。


 色々と片付けも終えてフェルには眠りについた。明日も馬車を引くので疲れは残さない様に、だ。それに俺たちは護衛の依頼で付いているのである意味、これからが仕事と言えるかもしれない。見張りをするのは俺だが。


 焚たき火をを四人で囲んでいるとステラが船を漕ぎだした。この中で(良い意味で)子供なステラは眠くなって来たみたいだ。俺の方に寄って来てぐりぐりと自身を押し付けて来る。俺はステラを抱えてテントの中に入り、横にさせる。

 しばらく俺の手を掴んで離さなかったステラは寝息を立て始めると直ぐに離れた。最後に軽く頭を撫でてテントを出る。


「……で、今度はクロエな訳ね」


 既にクロエは眠っていて、ミレナの膝を枕にしていた。ミレナはこっちを向いてニッコリ笑顔で「お願い?」と表情に出していた。それでクロエもステラと同様に抱え上げてテントに寝かせる。

 テントから出るとミレナは薄い笑みを浮かべてこちらを見ている。……ので、俺はミレナの反対側に座る。

 途端にミレナは慌てて俺の横まで移動して来た。で、何かあんの?


「……何で離れちゃうのよ」

「テントから出て来て薄い笑みを浮かべられたら……ちょっと」

「もうっ……」


 言葉とは反対にミレナは嬉しそうに腕に抱き着いた。俺もミレナを髪を梳く様に優しく撫でる。よりミレナは抱き着いて来た。


「……毎日ね、あの事を思い出すの。十回くらい」

「十回!? ま、まぁ良いや。それであの事って、告白した事?」

「うん。これでユートくんと夫婦になれる、って思うと嬉しくて嬉しくて」


 純粋に幸せなようでミレナは今も思い出しているのだろう、瞳を閉じて思いを馳せていた。…………そんなに嬉しいのは光栄なのだが、いい加減戻って来てほしい。かれこれ五、六分はトリップしたままだ。まぁミレナは片思いが始まって……二十年以上経つわけだから軽くトリップするかもしれないが。だからと言ってもそろそろ戻って来てほしい。

 頭を掴んでぐらぐらさせるとようやく戻って来た。


「そんなに喜ばれると俺もしてよかったと思うんだけどさ、それ思い出すって枠を超えてるよね?」

「えへへ……」


 ミレナは柔らかく笑う。よし、今回は美少女の方だ。ミレナって偶に残念な人になるんだよ。今日もそうだったし、一番印象的なのは女神との時だな。




 周りへの警戒は怠らずにミレナと談笑しているとミレナも眠くなって来たらしい。談笑する前と比べて欠伸の回数が明らかに増えた。

 俺は徹夜経験なんて何度もあるのでそんなに眠くはない。まぁ以前に比べたら少し眠くなった感じだ。それだけ健康的な生活を送っている証拠である。


「ミレナそろそろ寝ようか」

「ユートくんは?」

「俺は見張りをしないといけないし、そもそもあのテントで寝れる訳が無いから」

「やっ。ユートくんも一緒に寝ましょう?」


 眠いはずなのに俺と一緒に寝る、それだけの理由でミレナは意識を保っている。それだけはミレナに失礼か(違う気もするが)。理由は人それぞれだしな。

 まぁそこを踏まえても何度か説得したところで全く聞き入れて貰えない。……という事でミレナを抱き締める。丁度俺の心臓にミレナの耳がつく様に。そこから子供をあやす様に片手で背中を、もう片手で頭を撫でていくと次第にミレナの力が抜けて行った。それから数分ほどでミレナからも寝息が聞こえて来る。

 何回か呼びかけてミレナが完全に眠ったのを確認すると抱えて二人と同じ様にテントに寝かせる。


 テントから出て来て毛布で体を温めながら火の番、見張りを続ける。パチパチと爆ぜるの木の音や夜風の音くらいしか音は聞こえず静かだ。

 見上げると幾億もの星々が輝いていて、さっきまでの気持ちが落ち着いて来る。当然ながらも(今までも何度も見てきたが)全く見た事のない星の配置で、それを眺めながら特に何も考えるのではなくただ、今この時間に全てを委ねる。

 ステラ、ミレナ、クロエの三人と一緒にいるのは勿論楽しい。だが、一人もやっぱい良いものだ。一人だと心が落ち着くから物事が酷くフラットに考えられる。良い意味でも悪い意味でも。


「はははっ……俺がこんなに幸せで良いんだろうかと不安になりそうだ」


 結果からみれば今の状況も俺が作ったと言える。……この世界に飛ばされたのは俺が作った訳じゃないが。本当に偶然と言うものだろう。

 ステラにミレナ、クロエ、リュートさんにミアさん、伯爵や国王にレド、シュリィとこの世界じゃ随分と繋がりが出来たなぁ。

 っと、感傷に浸るのもそれくらいにしておこうか。あまりやり過ぎると明日以降に影響が出てきそうだ。



 ♈♉♊♋♌♍♎♏♐♑♒♓



 それからは特に魔物や盗賊とかなんかが出る訳でもなく(そもそも盗賊ってこの国では殆どいないんだよね)、朝日を迎えた。

 朝日を数分たっぷりと浴びたらミレナを起こす。この中で一番睡眠時間は少なかったんだが、しっかりと寝れたようで開口一番が「ユートくんのバカっ」と元気が良かった。

 機嫌を取ったミレナに飲み物とパンを取り出して貰い、俺はミレナを起こす前に取って来た野草とミレナが作っておいた燻製くんせい肉をパンに挟んでサンドにする。それと昨日のシチューの残りを温め直したところで、残りを全員起こす。ミレナにステラとクロエ、俺はフェルだ。


 朝食も食べ終えたらテントを片付け、火の後始末をしたら馬車に乗り込んでサリレ目指して出発する。……俺は昨日と同じく幌の上だ。





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