第8話 義母とココロと身体能力

夢を見ていた。

懐かしく忘れていた記憶。

正確には失ったはずの記憶。

ワタシは裸で椅子に縄で縛られ身動きができず、そしてたくさんの男たちに囲まれていた。

男たちは一人また一人と服を脱ぎ、ワタシを取り囲む輪を少しずつ狭めていく。これから何をされるのかは今の自分なら分かる。ただ・・・そう、思い出した。この後ワタシは・・・。


「篠原さんっ!」

「グッ!・・・しくじりました。田上くん、ソレを片付け・・・て」


生物の身体というものは強靭に見えて実は脆く、その弱い部分に力を加えることで簡単に壊れてしまう。

ほら、私より体格のあるこの男も眼球をボールペンで抉り出されてのたうちまわっているでしょう?ついでに太腿の血管の集中している部分も突き刺しておいたから出血が酷くて早く病院に行かないと死んじゃうゾ?


パシュッ!パシュッ!


私の右腕に2発の銃弾が命中する。

あぁ・・・この音がユウキの部屋であの子を救った弾丸か。


「うっ・・・」


ワタシは無痛症。痛みを感じない。ユウキはそのぶん感触に敏感で激しい痛みに耐えきれなくなったときワタシと入れ替わる。

あの子を救った弾丸はどんなに美しいものなのだろうと、自らの腕にめり込んだ弾をもう片方の指でグリグリほじりだすと、弾を発射した男が気味悪そうにこちらを見る。


「篠原さん!何なんですかあの子は!」

「言ったじゃ・・・ないですか・・・うぅ・・・鬼・・・だ・・・と・・・」

「篠原さん!」



はい、さよぉならぁ。

ワタシはそこで生き絶えた人間に向かって笑顔で手を振る。


「くっ!」


もう一人の男が再び銃口をこちらに向けるより早く、ワタシは横へ飛んだ。

オホホホホ!捕まえてごらんなさい!

ユウキが見てたアクション映画でこんな場面あったなあ。あ、でもこのセリフは恋愛映画のだっけ?まあいいや。

兎に角、今のワタシは最高のスタントを繰り広げている。一度おさらいしよう。


まず、車で目覚めてすぐに足元から拾ったボールペンで運転席の男の右の目玉を背後から突き刺して開幕。

取り押さえようとする隣の男のみぞおちに肘を入れ、後部座席から転がり出る。すると運転席の男が勢いよく降りてきたので、その太腿に握っていたボールペンを躊躇なく突き刺す。

ワタシが出た側からもう一人の男が慌てて出てこようとしたので、ワタシは地面に寝転んだ状態のまま左足で後部座席のドアを蹴り閉め、男は窓ガラスに頭をぶつける。衝撃で一度奥に仰け反り、反対側から外へ出てくる。

ワタシは立ち上がり、運転席で半分出かけている男の足を見つけて思いっきりドアに体当たりして閉め、膝を壊した。

回り込んできた男と距離を取り、対峙していた。

と、こんなところだ。どう?なかなかいいアクションをしているでしょ?


「田上だ。至急応援を。篠原さんがやられた」


ワタシを探しながらインカム越しに田上クンは仲間に連絡をとっている。

でも残念でしたぁ。ワタシの手にはすでに燃えないゴミとして出された包丁が握られているのです。

ボールペンという初期装備で易々と人を殺せたワタシが、こんなもの手にしちゃったら一瞬で決着がついちゃうわ。約束された勝利の剣を手にしたワタシに、田上クンは応援が到着するまで持ちこたえられるかしら?

ワタシは役目を終えたボールペンを田上クンの死角に放り投げ、物音を立たせて気を反らしてすぐに「タッ!」と地面を跳躍し田上クンの頭上から包丁を振り下ろした。










『あの子が・・・アマネが初めて表に現れたのはその時でした』


アマネと名乗った彼女はボクに洗いざらい話すつもりだと悟った。信用に足らない話を信じさせるための罠かもしれない。その疑念は踏まえたうえで聞いておくことにした。同時に既に逆探知を終えたコウタが再びボクに身ぶりでサインを出すと、自分の部下へ発信元に向かうようメールで指示を出していた。


『私は泣き叫び男たちに許しを乞いましたが彼らは私さえも自らの快楽の道具にし、私の目の前であの子の・・・純潔を・・・うぅ』


これ以上思い出させるのも酷だとボクの良心が「もういいです」と言いかける。一緒にそれを聞いていたコウタはボクから電話を取り上げ、メモ帳にペンを走らせた。


“ここからが彼女の正体に重要な証言になります。聞かなければなりません”


その通りだ。何のためにこの時を待っていたのか。いろいろとアマネちゃんの正体に想像を巡らせて、最悪の状況も想定したはずだ。ショックを受ける覚悟はできていたはずだ。

ボクはコウタから自分の電話をバッと取り返し、告げた。


「アマネさん、辛いかもしれませんがその後のことが重要なんですよね?」


『・・・』


ここで無言。10秒ほど待った後、意を決した彼女はポツリと言葉を放った。


『破瓜の痛みで人格が変わったあの子は・・・私以外のそこにいた全員を殺しました。楽しそうに』


あり得ない、ボクとコウタは顔を見合わせた。まだ当時十何歳の少女が、荒事に慣れたヤクザの屈強な男数人をたった一人で殺した?


『信じてはもらえないでしょうが本当です。あの子が店に連れてこられた時、暴力団から虚弱体質だから栄養剤を毎日投与するように言われて注射していました』


注射!!ようやくアマネちゃんと繋がりのあるワードが出てきた。


『麻薬の類いを疑いましたが信頼のおける知人の医者に成分を検査してもらい、それはありませんでした。ただ・・・』

「ただ?」

『栄養剤にしては強すぎる成分も含まれている、本当に必要な投与なのかは分からないが減らしたほうがいい。そう言われ、私は何日か置きに投与することにしていました』

「その成分とは?」

『ステロイドです』


ステロイド。成長ホルモンと組み合わせて使用し、運動することで、男性の力の強さを38パーセント以上向上させることができ、女性の場合は、それ以上の効果があるとも言われる。

そう、よく聞くのはアスリートがドーピングしたとニュースで報じられる物質。

そういうことか。ステロイドは確かに栄養剤ではあるが組合せ方、使い方によっては人体の構造をガラリと変えてしまい、見た目がか弱そうな女の子でも人の域を越えた身体能力を発揮すると実際に聞いたこともある。


「話を戻しますが、小さな子に長期に渡って合成ステロイドを投与したため、その効果で成人男性より遥かに卓越した身体となっていたと」


医師に調べてもらっていたという以上、悪性の組合せ方ではなかったのだろうがこういった事例もある。

ステロイドを投与しすぎると副作用で内蔵に負担がかかり内部から身体を蝕むこともある。また、鬱等の精神病に陥ることもある、と。

成長ホルモンが正常に機能している少女の身体にそんなものを投与していたのなら、最悪の結末がこういう状況となってもおかしくない。

恐らくアマネちゃんはそれによって後天性の多重人格となったのかもしれない。


『豹変したあの子は自分の手の甲の肉を削ぎ減らして縛られた縄から抜け、笑いながら男たちを無惨な殺し方で次々と・・・』

「アマネちゃんのことについては分かりました。それで、今ボクに彼女を助けてほしいというのは何が起きているからなんですか?」


ボクはコウタに自分の車のキーを渡すと、電話を続けながら二人で喫茶店を出た。


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CARRY ON! 田中シンヤ @seapcrest

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