愚かなものばかりが蔓延る理不尽な世界と、そこに生き、一度にたくさんのものを失いすぎた男の考察
「ゲホッ!ウェッ・・・」
また吐血・・・どうしようもなく胸が苦しかった。オレはただ一般的な幸福を望んでいたはずだ。それ以上は何も望んでなどいない。なのになぜそんな小さな願い事ひとつ叶わないのか・・・オレはこの世界を、理不尽な世界を恨みながら歯をくいしばり、ただ無意識に出てしまう涙と吐血を止められずに踞っていた。
「大丈夫ですか?」
道行くカップルの男のほうがオレの肩に触れ声を掛ける。
「触んなっ!」
オレはその親切とやらを振り切り、ヨロリと立ち上がる。
「んだよ、心配して声掛けてやったのに」
ねえ、と隣の彼女も口を合わせる。
憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!!!!!!!!
シアワセなヤツラスベテがニクイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
オレは再び吐血し、もう汗なのか鼻水なのか涙なのか唾液なのか分からない色々なものでグショグショになった顔を伏せながらスクランブル交差点を渡りきった。
ひどいものであれからひと月ほどはまともに食事をとれていない。今も尚引きずる感情を思い起こすたびまた吐瀉物をぶちまけるそんな日々で、オレはまともな生活なんてできていなかった。
あぁ・・・なぜ摂取していないものがまだ身体から出るのだろうか。それとも命を削って何かを絞り出しているのだろうか。どちらにせよ、オレはこのまま終わりを迎えられたらと願うようになっていた。
自殺はできなかった。
何度も試みたが、あの時の彼女の表情と言葉が過り、オレは自分を殺せなかった。
今まで味わったことのない苦しみがオレを苛んでいる。
これはあの時無力だった自分の罪なのだろうか、罰なのだろうか。
一人ではいたくない。だが誰かといたところでオレの空虚さは消えない。
考えた末にこうして見知らぬ人間に囲まれ、孤独感を紛らわそうと考えたのだが、逆にそれはこんな平和な世界に幸せに生きている者たちから偽善を与えられ、今の自分が社会不適合者であるだけと見せつけられ、憎しみが増すだけの行動だったと後悔した。
失ったときの苦しみがこんなにも伴うのなら、オレは今後誰かと深く付き合うことなどせずに一人でいたかった。
自分の冷たい部屋に戻り、フラフラとゴミ屋敷となった床を踏みつけながらオレは奥のベッドを目指す。
「っ!」
尖ったものを踏んでしまい、痛みでバランスを崩したオレは顔面から散らかった床に倒れた。その時にポケットからしばらく誰とも連絡をとっていなかったスマホが転がり落ちる。
今のオレには必要のないもの。
拾うのも億劫だと無視しようとしたが未読のある文が液晶に浮かび上がったのを目にしてしまう。
『どう生きていいか分からなくなったならとりあえず電話かけてみてよ』
はは・・・なんだそれ。あんたに電話したらオレはこの苦しみから救われるとでも言うのか?当事者でなければ理解できないはずの苦しみ、憎しみ、悲しみ、それら全てが帳消しにできると?そんなことができるならあんたは神か?ろくに顔を合わせたこともない他人の人生をたった一本の電話だけでどうにかできるのか?どうせさっきのやつらのように偽善を振りかざし、自分をよく見せたい自己満足のために救いの言葉やらを並べるだけだろう。
よしわかった。これで全てをはっきりさせよう。間違っているのはこの世界かオレなのか。オレは自分勝手だと知りながらも、もしこの電話がオレにこの世界をもう一度生きる救いにならなければ、この電話の相手のせいにして電話をしながら高いところから飛び降りよう。話している最中なら彼女のことも思い起こさず、できなかった自殺が遂げられるだろう。そう、オレを殺すのはオレじゃない。この電話の相手だ。これがオレにとって最期の電話だ。
オレはスマホを片手にまたフラつく身体を引きずり、最期に相応しいだろうビルの屋上へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます