失踪したユーリアを探せ

 かすかに鐘の音が聞える。何の音だろう? 空を見上げると、太陽が頂点に達していたので、もしかしたら正午をお知らせする時計塔の鐘かもしれない。風向きによっては、こっちまで聞えるのかな?

 それにお昼になったから、もうすぐロイドが帰ってくるはずだ。お昼ごはんを食べたら、今日は署名運動へ行くか。今日はどこへ行こうかな? まさか、オリーヴィアの所へ遊びに行くつもりじゃないよな。

 火を入れた鍋を見つめていると、今日も地震が発生した。火を扱っている時に地震がくるのはやめて欲しい。それに前日と同様に揺れが大きく、もしかしたら近々変災と呼べる地震が発生するかもしれない。危ないから火を消すか。火を見つめて鎮火させる。

 火を消した後、視線を火から鍋に移し、こぼれるな! と念を送りながら治まるのを待った。私の念力は良く利く。鍋の中身はこぼれずに、揺れも徐々に治まってゆく。ここに来てから毎日のように、地震を経験してすっかり慣れてしまった。慣れって怖いな。

 地震が治まったので、火を入れて料理を再開する。本日のメニューはジャガイモやセロリなどを使った温野菜スープ。おいしくない乾パンを少しでもおいしく食べるには、スープを吸わせるのが良い。そこまで考え、お昼の献立を考えた私。さすがです。

 料理が出来上がった頃にロイドが帰ってきた。

「ちゃんと昼飯を作っていたのか。感心、感心。」

 やっぱり、さっきの鐘の音は時計塔だったようだ。

「ずっと寝ていたら、海へ投げる飛ばすつもりだったのにな。命拾いしたな」

 私がロイドに対する印象と、ロイドが私に対する印象は、どうやら同じようでお互いに良くないようだ。ここまでやってこれたのは、オズワルドのお陰だ。彼が私とロイドの間に立たなければ、ケンカ別れは十分に考えられる。

「それで下見はどうだったの?」

 出来立ての温野菜スープをレードルでよそい、スープボールをロイドに渡す。それを合図にロイドから町について色々と教えてもらった。

 川を挟んで西側と東側では住んでいる人達が違うそうだ。ユーリアが住んでいる教会や闘技場や冒険者組合が在る西側は、古い建物が多く服装や小物から判断すると貧しい人が多い。対してエイダさんが住む東側は、建物や街並みが綺麗に整備され行き交う人々に品がある。確かにその通りだ。

 食事を終えて一息を入れた後に片付けようと思ったら「あとは俺がやるから、早く行け」とロイドに言われた。妙に優しいので下心があるな、と感じたが口には出さずにいると、雰囲気から私の考えを察したロイドは、「俺にはやる事がないから片付けをするだけだ」と言った後に「その方が時間を有意義に使えるだろ」と付け加えた。

 うむ、確かにその通りだな。食事を終えて一息を入れた後に片付けようと思ったら「あとは俺がやるから、早く行け」とロイドに言われた。妙に優しいので下心があるな、と感じたが口には出さずにいると、雰囲気から私の考えを察したロイドは、「俺にはやる事がないから片付けをするだけだ」と言った後に「その方が時間を有意義に使えるだろ」と付け加えた。

 

 片付けはロイドに任せ、町に入ろうとすると自警団に止められた。身分証明手帳を提示しろと言われた。肩掛け鞄から取り出して手帳を見せると「……入れ」と言われた。

 なんだ? 今日は何かあるのか? いつもは手帳の提示を求めないくせに。

 普段から鉄仮面を装備しているので、自警団の見分けがつかない。毎日同じ人が立っているかもしれないし、日替わりで違う人が立っているかもしれない。

 しかし、しかしだ! 毎日往来しているんだから顔くらい覚えてよ。ほらっ!? なかなかスタイルが良いし、顔も可愛いでしょう! 目をつけろよ! 注目しろよ!

 少々怒りを覚えながら町に入ると、いつもより人が少ない。行きかう人は腰に剣を差す人、いかにもウィザードっぽいローブを着用した人。おそらく私と同じ冒険者だ。しかも町の住人らしき人達はほとんど見かけず露店も閉店。いつも賑やかな大通りにも冒険者らしき人を除きほとんど人はいなかった。今日は特別な行事でもあるのかな? そんな風に思いながら、足早に教会へ急いだ。

 教会に着くと裏庭から聞えるはずの子供達の声がせず、裏庭に回りこんでもやっぱり子供達は不在。なんだか妙な雰囲気に嫌な予感がした。

 正面入り口に戻り礼拝堂に入ると誰も居ない。けれど、黙って入るのは気が引けるので「こんにちは」と挨拶をして奥に足を踏み入れる。

「その声は、パティさんですか?」

 ゆったりとした特徴的な口調で声の主がすぐに分かった。バージンロードを早足で歩き、偶像の前でヘンリさんが膝を付いて祈りを捧げていた。緊迫した表情と、いつもとは違う雰囲気に緊急事態だとすぐに理解した。

「ユーリアが! ユーリアが!」

「落ち着いて下さい!」

 震える彼女の肩を抱いて落ち着かせ事情を尋ねると、ユーリアが教会に戻っていないそうだ。

 お昼前に起きた地震の後に、サーカスからモンスターが逃げ出したと自警団から連絡を受けた。逃げ出したモンスターは刺激を与えなければ危害を加えないので。外出は避けるように言われたそうだ。

 そして現在町は外出禁止令が発動し、お昼前に遊びに出たユーリアがまだ教会に戻っていない。ヘンリさんはモンスターと聞いて酷く動揺している。

 とにかくヘンリさんに落ち着いてもらおうと、昨日起こった出来事を話しモンスターはユーリアに危害は加えない。むしろ友達だと告げると安堵の息を漏らした。

 ヘンリさんは興奮し呼吸が速くなっているので、落ち着くまでベンチに座らせ背中を摩った。

 呼吸が整うのを待っていると「こんにちは」と聞き覚えのある声がした。ドアの方から漏れる後光で顔は良く見えないけど、声から判断してオズワルドだ。

「オズ! こっちよ!」

 黒い影が駆け寄るとやっぱりオズワルドだった。早速ユーリアが帰っていないと伝え、ヘンリさんが落ち着いたら探しに行こうと提案した。するとオズワルドは二つ返事をして頷き「ヘンリさん。ユーリアの行きそうな所は?」と尋ねた。

「そうですね……」

 ヘンリさんが考えている間に、オズワルドがリックサックからノートと鉛筆を取り出し書く準備を始めた。

 候補は四つ。エイダさんの家と長老の住処と図書館。さらに私がまだ行っていない、リトン教会。オズワルドは町に詳しくないので、四つの道順と目印をヘンリさんに書いてもらった。

 記載されたノートを覗きこむと、リトン教会は図書館と長老の住処の区間に建ち、尖塔が目印の建物らしいので、現場に行けば何とか探し出せるかもしれない。

「パティはこの四つの場所は分かるかい?」

「リトン教会は行ってないけど、図書館の付近に行けば何とかなるはずよ」

 情報交換をしていると、別のシスターが入ってきた。ちょうどいい。ヘンリさんを預けて私達はユーリアを探しに行こう。二人には、何か分かったらすぐに伝える、と告げて礼拝堂を後にした。

 空を見上げ、陽の高さを確認する。まだ頂上を過ぎたばかり。日没までは時間がある。そして頭の隅で渦巻く可能性を口にした。

「ねえ、オズ。もしかしたら、ユーリアは鹿と一緒じゃないのかな?」

「実はその事なんだけど……」

 オズワルドは一呼吸置いてから話を続けた。

「逃げ出したエクレアムースに賞金がかかったよ。もしユーリアがエクレアムースと一緒なら危険だ。冒険者がエクレアムースを刺激して、雷攻撃にユーリアが巻き込まれるかもしれない」

 状況が一転した。エクレアムースはユーリアに懐いているので、攻撃はされないだろうと高をくくっていた。

 早くユーリアを見つけないと。

 これからは時間との勝負になるので、二手に分かれようと話し合いで決まった。私はエイダさんの元へ行き、オズワルドはテントに戻りロイドを連れて来る。また教会で落ち合おうと約束をして別れた。

 私は走った。

 そしてすぐに歩き、再び走り出す。それを繰り返した。別に運動は苦手ではない。むしろ子供の頃は野山を駆け回り、悪戯っ子として近隣住民を震え上がらせていた。ただ、胸が邪魔なのだ。下着を着用し固定しているけど、激しい動きで胸が揺れて凄く痛い。泣きそうになる。痩せるのは辛いから子供に戻りたい。切に願うよ。

 ハンカチで汗を拭きながら、全身汗まみれでエイダさんの家に着いた。外門を開けて敷地へ入り、ドアノックハンドルを叩きながらエイダさんを呼んだ。

「どなた?」

 やっぱり外出禁止令が出ているので、エイダさんも警戒してドアを開けてくれない。そりゃそうだろう。この状況下で外出している奴は不審者だと思ってもいい。

「パティです。ユーリアはそちらへ来ていませんか?」

 鍵を外す音がした。ドアを半開きにして周囲に目を配り、硬い表情でエイダさんが応対に出た。

「いいえ。来ていないわ。もしかしてユーリアちゃんは行方不明なの?」

「そうなんです。もしこちらに来たら外に出ない様に、お菓子で釣って柱に括り付けて下さい」

「柱に?」

 私は昨日起こった出来事を話し、ユーリアが逃走中のモンスターに熱を上げているので、向こう見ずの行動をとるから捕まえてほしい、と伝えるとエイダさんは微笑を見せた。おそらくユーリアの行動が手に取るように思い浮んだのだろう。

 こんな時でも人を楽しませるユーリアめ……、やるな。

「ところで、その逃げ出したモンスターは凶暴なの?」

 やっぱり気になりますよね。

「見かけは大きいですけど、大人しいモンスターです。刺激を与えなければ攻撃はされないので、もし見かけても何もしないで下さい」

 再び昨日起こった出来事を引き合いに出し、私も背中を触ったと話した。鹿の毛並みはすごくふかふかだった、と話したけど危ないので真似しないで下さいと念押しする。このまま立ち話に興じたいけど、ユーリアを探さないと。

「申し訳ないですけど、これで失礼します」と話の腰を折り挨拶をする。

「ええ。パティさんも気をつけて」

 抱擁を交わすと、エイダさんから香る香水によって、高ぶっていた気持ちが落着いてゆく。

そしてエイダさんに別れを告げて、その場を後にして教会へ急ぐ。

 早歩きで!!


 教会に戻り「エイダさんの所にはユーリアはいなかった」と関係者に伝えると、右往左往して狼狽する。

 気持は理解できる。

 だけど、ここは落ち着いてもらおう。そうしないと、不安がみんなに伝染し大変な事態になる。我が家で一番の権力を持つおばあちゃんが言ったから間違いないはずだ。

 私は関係者にオリーヴィアとユーリアの馴れ初めを聞かせ、二人は友達であり危害を加えないから安心して下さいと説明した。

 ところが気を揉むと良くない方向へ考えてしまうのが人の常。何度も何度も大丈夫かと問いただされ、その度に同じ返答を繰り返し説いた。

 もしも私達がユーリアを連れ出したら、こんな風に神経質になるだろう。そう思うと気が滅入る。そこまでしてユーリアを連れ出す必要性があるのか。結論は三ヵ月後だとしても、もう一度しっかり考え直そう。ユーリアだけの問題ではなく、みんなを巻きこむのだから。

 関係者が落着いた頃合を見計らい、教会に隣接にする宿舎から出ると、礼拝堂の前で二人が待っていた。

「遅いぞ」

 開口一番、ロイドからダメ出しを受けた。

「大変だったんだからね。お慌てふためく、みんなを落着かせるのは」

「それはご苦労だった」

 私の苦労は評価されませんでした。しょんぼりです。

「よし! 手分けしてユーリアを探すぞ。お前達は図書館とリトン教会に向かえ。俺は長老の住処を捜索する。落ち合うのは図書館だ」

 意外だ。

 ロイドなら、賞金のかかったエクレアムースを探すべきだ、と主張すると思った。しかしエクレアムースについては一切触れない。何か下心でもあるのか。

「賞金には目もくれず、ユーリアを探そうって言うと思わなかったわ。もしかして、何か企んでいない?」

「俺はそんなに短絡的じゃねぇよ。賞金を逃しても次がある。しかしユーリアの代わりはいない。それに教会へ恩を売っておけば、今後の助けになるのは間違いないからな」

 ロイドの意見を聞いた安心した。恩を売る。その言葉にいつもの彼らしさを感じた。どうやら余計な心配だったようだ。

「時間が惜しいから、歩きながら話をしよう」

「それならこっちだ」

 親指で方向を指しロイドは歩き始めた。

 ロイドによると町には二本の橋が架かっているそうだ。ユーリア達と渡った、市長邸に繋がるコンクリート造りの橋がロベリア橋。その橋から上流に遡ると、石で造られたハイル橋が架かっているそうだ。そのハイル橋を渡ると、長老の住処はすぐそこにあるらしい。なるほど。

 さてと話が一段落ついたので、二人にもあの疑問をぶつけてみよう。

「ところで、ユーリアとエクレアムースは一緒だと思う?」

「まだ判断する材料が無いから難しいね」

「最悪を想定したら、賞金に目が眩んだ連中に仲良く追い回されているはずだ。そして最大のピンチで俺達が登場するわけだ」

 肩をすくませてロイドは言い、間髪入れずオズワルドがロイドに言った。

「でもそんな局面で登場しても、切り抜ける方法が思い付かないな。全員で逃走するとしても、エクレアムースが言う事を聞くかは分からないからね」

「ぶっ飛ばせばいいじゃん! そんな奴らなんて」

「馬鹿を言うな。オズが腰に差してしている剣と、俺が持っている護身用のナイフ。どちらも安物で切れ味は皆無。おまけに技術も無いのに、どうやって戦う? 頼れるのはお前の魔法だけだが、数で押されたらひとたまりもないぜ」

「雑魚が何人集まろうが、まとめて燃やせばいいのよ」

「自信を持つのは大いに結構だ。だが、過信はするな。特にお前は間抜けだから、いざと言う時にやらかす可能性がある」

 うっ! 悔しい! 思い当たる節が多すぎて顔から火が出そうになる。燃えるのは雑魚ではなく私でした。しょんぼりです。でも負けない! きちんと反論していくので!

「……意気地なし」

「言葉を間違うな。無謀と勇気は違う。慎重さゆえの、勇気ある撤退だ」

 正論にぐうの音も出ない。私が……。

 しばらく口を紡いだまま、冒険者組合の前を通ると野立て看板が立っていた。近づいて見ると、まず目に飛び込んできたのは賞金額だ。人の注意を惹く様に看板の半分も使っている。その額は私達の生活費、約三ヵ月分。一人分じゃない。三人分の生活費だ。目を擦って確かめても、賞金額は変わってないので間違いない。そしてそのまま看板を読むと、注意事項とエクレアムースの身体的特徴について書かれていた。

『賞金はエクレアムースの状態により減額致します』

 そうだよね。サーカスのスターだもん。怪我や死亡なんかしたら賞金は払えないよね。

 それにしても、どうやって生け捕りにするの? 生け捕りにしようと近づくと、物凄いジャンプで逃げちゃうし、怒らせるとレンガも砕く雷攻撃でしょう。そんなの無理に決まっている。読むだけ無駄だと判断し、その場を立ち去ろうとするとロイドが私の肩を掴んだ。

「待て。最後まで読め。文字を読まないのはお前の悪い癖だ」

「代わりに読んで後で教えてよ」

 さっきロイドに正論を言われ、少々ふて腐れていた。そっけない態度が気に入らなかったのはわかる。認めよう。でも……。

 ゴンと脳天に響く痛み。無言で頭突きは酷い。しかも避けられないように頭をしっかりと両手で固定し、迷わず頭突きをお見舞いする、その無慈悲の鉄槌。こいつは女だろうと、手加減や配慮は一切無い。そのお陰で、私は看板の前でおでこを抑え、うずくまる羽目になった。

「俺はお前の為を思って言っているんだ。文書を読まないと損をするぞ」

「しかし暴力はいけないよ」

 顔を上げると、オズワルドがロイドの肩を叩いた。

 オズワルドの言う通り! どんな理由があろうとも、暴力はいけない。しかしロイドは腕を組んで、私を見下ろしながら言った。

「何度行っても分からない奴には、致命傷になる前に少しの痛みで判らせてあげよう、とする善行だ。むしろ感謝してほしいくらいだぜ」

 この減らず口がっ! と反論したい。

 しかしこのまま反論の材料も持たず、立ち向かうほど私は愚かではない。まずは言われた通り看板を読んで、しっかりと用意してから反論しよう。揚げ足を取っていくんでよろしくっ!

 威勢よく立ち上がり続きを読むと、生け捕り方法について書いてある。どうやらロイドの言い分は正しいようだ。

1・エクレアムースの大好きな葉っぱで気を惹いて、そっと近づきます。

 ん? エクレアムースの大好きな葉っぱで気を惹く? 待てよ。もう一度記憶を思い起して確認しますけど、エクレアムースは警戒心が強くて人から逃げるんじゃなかったっけ? すると一番の手順で躓く人が続出じゃないの? 読むだけ無駄じゃん! 

と今までの私なら、ここですかさず反論に出ただろう。しかし私も成長するのだよ。ロイド君。どうせここで反論に出ても、最後まで読んでから反論しろと言ってくる筈だ。貴様の考えは手に取るように分かるよ。ロイド君。悔しいだろ? ロイド君。

2・近づいたら背中を優しく撫でます。撫でられると、その場に伏せて逃げません。

3・エクレアムースがその場で伏せている間に、速やかにサーカスへ連絡して下さい。

と記載されている。その下に補足事項が添えてあり、『背中を撫でる』とその場に伏せて待機するように躾けているそうだ。

 その一文を見て、私の脳裏にはユーリアとオリーヴィアの出会いを思い出した。

 ユーリアが背中を撫でると、オリーヴィアは顔を地面に付け、気持よさそうに目を閉じてその場に伏せた。その後に私とイリアちゃんが背中を撫でまくっても、大勢の人に囲まれても、オリーヴィアはその場を動かず、ロジャーが頭を撫でると立ち上がったのを思い出した。ロジャーは教えてくれなかったけど、待機命令の解除は頭を撫でると行われるかもしれない。

 全ての意味が理解できた時、補足事項の文字がさっきより大きく見えた。

「で、どうだ。最後まで読んで、お前は損をしたのか」

 得意げなロイドを差し置いて「ねえ! この生け捕り方法ならユーリアが実践していたよ」と説明した。ロイドが何か言いたそうな顔をしているけど、しらんぷりしよう。

「詳しくは歩きながら聞くよ」

 オズワルドが肩を叩き歩くように促した。

 時計塔の方に向かって歩きながら、ユーリアが手順2と3を実施した話に加え、オリーヴィアの待機命令の解除についても話した。

「解除命令はどうでもいいが、ユーリアが実践した話は生け捕り方法の信憑性が増す有意義な情報だ。どうだ。文書は最後まで読むと得をするのが分かったか」

 さっきの話を蒸し返すロイド。

華麗なる無視を決め込みたいけど、こいつはしつこいからな。答えるまで何度も聞いてくるぞ。しかし正論だけど、負けは認めたくない複雑な乙女心。

「……たまたまっしょ」

「俺への対抗心で認めたくないのは分かるが、素直に負けを認め反省しろ。そうしないと頭が固くなり成長の妨げになる。成長できるのに成長を放棄する人間は屑だ」

 あっ、はい。全部ばれていたんですね。仰るとおりです。乙女心とかではなく、ただの反抗心です。私って屑ですね。

「僕もロイドの意見に同意だね。でも屑は言いすぎだよ」

 屑になりたくないので素直に謝ります。それにしても、前にも似たようなやり取りをした記憶がありますけど、私は成長しているのでしょうか。不安で夜しか眠れません。

 時計塔が建つ交差点を左に曲がり、川と町を分け隔てる街路樹を左手に先を急ぐ。この道は緩やかに右へ曲がり、そのまま歩いて行くと人だかりに遭遇した。

 人々は川の対岸を心配そうに見つめ、質素な服装から町の住人だと分かる。現在の状況を加味すると、この人だかりはエクレアムースに関する情報を持っている可能性が高い。そんな風に予想してみる。ところが、私が発言する前に。

「ここは俺が聞き込みをするから先に行け。このまま直進するとハイル橋がある。」

 先を越されてしまった。ロイドめ! 私が言おうとしたのに……。

 ロイドは路肩に寄り、リックサックから地図を取り出し、私とオズワルドを手招きで呼んだ。それからその場にしゃがみ込んで地面に地図を広げる。私とオズワルドもしゃがみ込むと、ロイドは人差し指で地図をなぞりながら道順の説明を始めた。

「この道を直進するとハイル橋がある。その橋を渡ると大垣で囲まれた墓地にぶつかり、道が二手に分かれている。その道を右折しろ。そして大垣を左手に見ながら、墓地を半周すると長老の住処に着く」

 ロイドの指が道順に沿って地図の上を滑り、長老の住処で大きな円を描いた。

「つまり、長老の住処はお墓の裏にあるんだね?」

 オズワルドが認識の確認を行う。

「そうだ。そしてそのまま直進すると、また道が二手に分かれている。そこを左折するとリトン教会、さらに直進すると図書館が右手に見えるはずだ」

 長老の住処と墓地の間を通る道をロイドの指が真っ直ぐと滑り、リトン教会と図書館の場所でそれぞれ円を描いた。

 頭の中に道順がしっかりと刻まれた。悔しいので褒めたりはしないけど、地図を用意したり町の下見を行っていたロイドの働きは賞賛に値する。いい仕事をしたな、と心の中で褒めた。

「まず箱入りは長老の住処でオズと別れ、リトン教会へ向かえ。ただし、長老の住処からユーリアがひょっこりと顔を出すかもしれないから、長老の住処を注視しながら歩け。そして教会で情報を集めたら、その足で図書館に向かえ。待ち合わせ場所は図書館だ」

 ロイドに命令されるのは気に入らないけど、この方法が最も効率的かもしれないので素直に従う。

「それからオズは箱入りと分かれた後、長老の住処を捜索しろ。捜索方法は図書館へ向かうように北上し、行き止まりにぶつかったら引き返して南下しろ。そして、もう一度行き止まりにぶつかったら、再度北上しろ」

「つまり、長老の住処を一往復半でいいんだね?」

「そうだ。あの区域は草木が乱雑に生えて視界が悪い。だが防壁で外とは区切られ、町の一部になっているから、遭難の心配はない。それから……」

 ロイドは咳払いをして喉の調子を整える。

「時間をかけすぎるな。あそこを丁寧に探したら、時間がいくらあっても足りない」

「分かった。捜索が終わったら、僕も図書館へ向かうよ」

「俺も聞き込みが終わったら住処に入って、捜索しながら図書館へ向かう」

「それじゃあ、その作戦で行こう」

 私が口を挟む間もなく作戦が決まったけど、特に異論は無い。

でも、なんだかとても寂しい。置き去りにされた気分。この気持は何だろう?

 オズワルドが立ち上がったので私も立ち上がる。ロイドは地図を綺麗に折り畳み、リュックサックにしまいながら立ち上がるとオズワルドが声を掛けた。

「それじゃあ、そっちは任せたよ」

「ああ」

 オズワルドが拳を突き出すとロイドも拳を交わした。

 これだぁ! この寂しい気持をぶっ飛ばすにはこれしかない!

 私は二人の間に入り右手はオズワルド、左手はロイドに向かって手をかざし「はぁい! はぁい!」とハイタッチを要求した。

 オズワルドは素直にハイタッチを交わしてくれたけど、ロイドは「何だ!? いきなりハイタッチとか。気持悪い!」と後ずさりをした。

 おい! バカロイド! この翳した左手の行方はどうしてくれる! 女の子に恥をかかせるな! 

 怒りのパティチョップをロイドの頭にお見舞いした。すると「お前っ! 何するんだよっ!」と怒鳴られた。心外だ。まるで私が悪いみたいじゃないか。

「うるさい! ばぁか!」と一言添えてやり、オズワルドの背中を押しその場を後にした。


 やっぱり緑の雷雲だ。太陽を飲み込もうと空狭しと成長し、大雨と落雷を呼び起こしそうな雲の親分。それが長老の木を見た感想だった。

 ロイドの言う通りに道を真っ直ぐ進み、等間隔に並ぶ街路樹が欠けて、道が川の方に伸びていた。その三叉路に立ち向こう岸に顔を向けと、雑木林の中央から長老の木が突き出ていた。

 長老の木は無数に分かれた枝から大量の葉をまとい、目の前にあるような錯覚を起させ遠近感を狂わせる圧倒的な存在感。静かに佇む長老の木。神秘的な魅力に目が釘付けになる。

「あれが長老か……」

 すっかり見入ってしまい足が止まった。人々の信仰対象になり、法律で保護される理由も分かる気がする。

「パティ。水を飲むから、少し待って」

 リュックサックから水筒を取り出すオズワルド。言われたら私も喉の渇きを覚えた。下着はうっすらと湿っており、容赦ない強い日差しで髪の毛焼却の刑になりそうだ。これから体力と時間の勝負になる。私も水筒を取り出し、一口飲んで気合を入れた。

 ハイル橋はロイドの言った通り石で出来ていた。黒ずんだ石を隠す様に、所々に生えている苔や植物のツタから歴史を感じる。古いけど、どっしりと構えた態度からは安心感を覚えた。

 ユーリア達と一緒に渡ったロベリア橋と比較すると、道幅が狭く距離も短く、橋から川を覗くと魚がはっきりと目視できるくらい低い。川の土手には無数に生えている黄色い花。木陰に隠れ風に揺られている。

 あそこに座って、のんびりしたい。

 そんな気持を押し殺して橋を渡りきると、川のたもとで冒険者らしき服装の人達が何かを探している。おそらくエクレアムースを探しているに違いない。少し気になったけど、私達の目的はユーリアなので先を急いだ。

 大垣で囲まれた墓地を右に曲がる。墓地を大回りして裏手に回ると長老の住処に着いた。予想以上に長老の住処は広大で、横幅は視界に収まらず奥行きも深そうだ。さらに草木がうっそうと生い茂り、木々も乱立しているので歩きづらい上に視界も悪い。ロイドの言う通り、この一帯から子供を捜すのは時間も労力も多大に消費する。

「ねぇ、オズ。一人で大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。遭難は無いから安心だし、後からロイドも捜索に加わるからね」

「でもこの林から探すのは大変よ。私が小さい時は悪戯をしたら、すぐに森の中へ逃げて茂みに身を潜めたわ。絶対に見つからないからね」

「それなら大丈夫さ。もしユーリアがここにいれば『エクレアムースが逃げたから一緒に探そう』と呼びかければ、飛び出してくるんじゃないかな」

 思わず手を叩いた。それは妙案だ。ユーリアならエクレ……の単語を聞いただけで「どうしたんですかぁ!」と元気な声で飛んで来るはずだ。あの子はモンスターの事になると、夢中になりすぎて周りが見えなくなるからね。

「怪我をしないようね」

「ありがとう」

 オズワルドは拳を突き出した。さすがオズワルドさん。ロイドと違ってよく分かっている。

 そうそう、そうだよ! 私がほしいのは、この一体感なんだよ!

 オズワルドと拳を交わしてしっかりと前を向いて歩き出す。


 右手にお墓。左手に雑木林。街灯が無いので夜には絶対通りたくない。右手にはお化け。左手には変質者が出そうだから。でも行き交う人がいなければ昼間でも通りたくないけど、今は我慢して長老の住処を凝視しながら呼び掛ける。

「ユーリア!! 居るなら出てきなさい!! エクレアムースの所へ遊びに行きましょう!!」

 声は長老の住処に吸い込まるだけで、全く反応が無い。物音が聞こえたら、それはそれで怖いけど……。ほら、いま私は一人でしょう。変質者とか出たら……、燃やせばいいか。

 呼び掛けを続けながら急ぎ足で進むと、左手に三角帽子を被ったような建物が見えた。あれがヘンリさんの言っていたリトン教会かもしれない。

 尖塔の建物を眺めながら歩き、分かれ道で左に曲がるとすぐに教会に着いた。比較するのは失礼だけどユーリア達が住んでいる教会とは違い、お金がかかっているのは言わずとも一目で分かる。

 女神リトンをイメージさせる白を基調とした建物には、ステンドガラスや装飾が施され訪れた者は、まず足を止めてその美しさに見とれるはずだ。そして遠目から見えた三角帽子を被った建物は鐘塔だった。本館と鐘塔の調和が見事に取れ、声を掛けられるまでその場に立ち尽くしていた。

「急用ですか?」

 遠くから修道服を着た女性が声を掛けてきた。声から察して年齢は私より少し年上の印象を受けた。そして隣に立つ人は修道服を着ておらず、鉄の鎧やローブでもないので服装から判断して町民だろう。どうやら立ち話をしていたようだ。

 私はユーリアについて訊ねようと思い近づくと、修道院と立ち話をしていたのは、私を助けてくれたイリアナポートの女神であるアルフィーユ様だった。

「君はあの時の……」

「その節はお世話になりました」

 女神はこの田舎娘の顔を覚えていたらしい。なんとも身に余る思いだ。しかし悠長に挨拶をしている場合ではない。私は早々にユーリアの話を切り出した。

「あの……」と言いかけて言葉に詰まった。今まで教会と読んでいたけど、ユーリアが住む教会の名前ってなんだ? 友達をあだ名で呼び、いざと言う時に本名を思い出せない。あのもどかしさ! いい加減な私はよく体験します。思い出したらしょんぼりしてきました。けれど落ち込むのはユーリアを見つけてからにしよう。

 なんとか気持ちを立て直し、名前不詳のまま話を進める。ごめんね。教会の皆さん。

「もう一つの教会に住む……」

「イリアナポート教会ですか?」

 シスターの言葉にうんうんと頷き話しを続けた。

「その教会に住む、ユーリアって少女がこちらへ来ていませんか?」

「ユーリアちゃんなら本日は来ておりません。まさか行方不明なのですか?」

「そうなんです。外出禁止令が発動する前に、遊びに行ったきり戻っていません」

「そうですか……」

 シスターは顎に手を当てしばらく考える。私はユーリアが行きそうな場所を訪ねたけど、ヘンリさんと同じ回答だった。ここにもいないとなると、残りは長老の住処と図書館になる。図書館はおそらく閉館されているから、残る当ては長老の住処だけだ。

「私は雇い兵を率いて住宅地の警備に当たっている。もしそこで子供を見つけ保護したら、イリアナポート教会へ連絡させよう。それから自警団にも協力を要請しておくよ」

 女神が協力を申し出た。さすが正義を愛する女神。私はユーリアの身体的特徴を伝え、協力をお願いした。それにしても雇い兵を率いているのか。女神は軍人なのかな?

「ところで、お名前を聞いていいかな?」

「パティ・グリーンウッドです」

「パティさんはハイル橋を渡り、この教会へ来たのかい?」

「はい。それがどうかしましたか?」

 女神はあごに手を当てながら俯き加減で考えた。その横顔が知的で実に美しい。特に形の整った高い鼻が眩い。

「実はモンスターが長老の住処で発見されたが、捕獲に失敗しそのまま消息不明になっている。私はハイル川の付近に移動したのではないか、と考えているが君は見ていないんだね?」

「はい」

 あの川は『ハイル川』って言うのか、と思いながら二つ返事をすると女神は再び考え出した。

 私は何かヒントになればと、エクレアムースの特徴や性格、ユーリアとオリーヴィアの関係について話した。特に雷攻撃の凄まじさを語り、絶対に怒らせてはいけないと警告した。

「ありがとう。参考にするよ。もし困った事があればこの短剣を差し出して、セスコ・アルフィーユと私の名前を告げてくれ」

 女神は腰に据えてある短剣を私に差し出した。柄の部分に花を模した装飾が施されており、試してないけど切れ味はきっと鋭いに決まっている。それに絶対、お高い品物に違いない。

「そのような高価な物は受け取れません!」

 女神が差し出した短剣を両手で押し戻した。

「あいにく名刺は持ち合わせていないから、私と貴方が知人である証明になりそうな物はこれしかない。それに昼間とは言え人目が少ないから、武装しておかないと暴漢に襲われるかもしれない。お守りだと思って持っておくいい」

 そう言いながら、女神は私の肩掛け鞄の紐に短剣のシースを括り付ける。しかも抜きやすさを考慮し、腰の少し上あたりに固定させる。

「短剣を抜く時は、このボタンを外してくれ」と短剣の抜き方まで教えてくれた。そこまでして頂いて恐縮でございます。

「あ、ありがとうございます」

「それでは、私はこれで失礼するよ」

 女神は川の様子を見て来ると言い、その場を立ち去った。私は教会の人に「もし、ここに来たら保護してほしい」と頼み図書館へ向かった。

 来た道を戻り左へ曲がり、しばらく歩くと図書館があった。予想した通り、置き看板に臨時休業の文字が書かれていた。図書館の外周を反時計回りで周り、窓ガラスを覗き込むけど誰も居ない。当たり前か。そしてそのまま裏手へ回ると、鉄製のはしごが設置されていたので、屋上へ上がった。ただ、何となく気になっただけなのだ。もしここに居たらラッキーだし、また探しに来るのは面倒だからね。はしごから顔だけ出して屋上を覗くと、何も無いだだっ広い屋上。鳥一匹すら留まっていない。ですよね。

 図書館の入り口に戻り、他に何か出来ないかと考えた。しかし何も浮ばず、二人を待つしかない。暇だ。ただ空を眺めて待つのは時間が勿体無い。

 ……おっ? 私は気づいてしまった。ここには誰も居ない。私しか居ないのだ。

 女神から頂いた短剣を素早く抜いて構え、目の前に立つ仮想暴漢に向かって短剣を振り回す。私の短剣裁きは見事だけど、相手も片手剣と盾で応戦してくる。やるな! しかし魔法も組み合わせた攻撃で大ダメージを与え、暴漢は降伏を申し出る。

「相手が悪かったわね」

 十分懲らしめたので命まで奪う必要は無い。私は短剣を収め暴漢に言い放つ。

「これに懲りて二度と悪事は――」

「何やってんだ」

「うおぉぉぉ!!」

 自身が乙女である事を忘れ、野太い声をあげて振り返った。そこには可哀そうな目で見るロイドと、苦笑いをするオズワルドが立っていた。

「い……いつからそこに?」

「非常に残念な方が、図書館の前で短剣を必死で振り回し、何かと闘っているところからだ」

 ほぼ……、全部じゃん……。この全身から、あふれ出す羞恥心を短剣で切り刻みたい。

「ところで、その短剣はどうしたの? ずいぶん高価な物みたいだけど」

 私の気持ちを察してオズワルドが短剣に触れてくれた。ありがとう。貴方の適確な手助けがあってこそ、私は生きているのだと再確認しました。

 二人にユーリアは教会に立ち寄っていない事、エクレアムースが長老の住処で発見された事、さらに図書館の中や屋上には誰も居ない事、最後に女神から短剣を貰った事を話すと、ロイドは私の両肩をバンバンと叩いて喜んだ。

「でかしたぁ! よくやったぞ!」

 褒めているのは町の有名人とコネを確立した件。褒められているのは嬉しいけど、内容が内容なだけに、手放しで喜べないのは私の心が荒んでいるからでしょうか?

「それでエクレアムースは一匹だったのかい? それともユーリアと一緒だったのかい?」

 オズワルドが女神から聞いた情報について疑問点を尋ねてきた。

「分からない。エクレアムースが一匹だけとも、ユーリアと一緒だとも言ってなかった。だからおそらく一匹だと思う」

「ダメだ! ダメだ! 思うって、それは話を聞いたお前の推測だろがっ! そこが大事なんだからしっかりと聞けよ! いいか。情報は正確性と鮮度が命だ!」

 またロイドから小言を頂きました。本日二度目でございます。

「そっちはどうだったのさ」

 言われる一方では悔しいので言い返します。

「俺が得た情報は、鹿が川を一飛びでお墓の方へ飛んで行ったそうだ。目撃者の情報によると鹿は一匹で、ユーリアらしき子供は同伴していなかった。それから長老の住処へ入り捜索したが、冒険者らしき人に遭遇しただけで、ユーリアや鹿は見つからなかった」

 悔しいが突っ込む要素が無い完璧な聞き取り。行き場を失ったこの怒りは、足元に落ちている石ころをあさっての方向に蹴飛ばし解消します。

「僕もロイドと同じ。二人とも見つからなかったよ」

 オズワルドは首を横に振った。それから振り咳払いをして話を続ける。

「情報を整理すると、僕らの当ては外れてユーリアは見つからなかった。それからエクレアムースは向こう岸からこちらに渡り、長老の住処で発見されたけど、捕獲に失敗して消息不明になった。これで間違いなよね?」

 私とロイドは首を縦に振る。

「それにしても、何処へ移動したのかな?」

「アルフィーユさんは、ハイル川が怪しいって言っていたよ」

「川の周辺で、体の大きなオリーヴィアが隠れられそうな場所があったかな? まだ見つかってないようだし、どこかへ移動した可能性が高いと思うよ」

『可能性』の言葉が頭の中で私を翻弄するように踊り続ける。とても重要な事を見落としている気がする。でも思い出せない。思い出せないのは、裏を返せば重要では無いって事だよね。

「箱入り。魔法で鹿とユーリアを探せないのかよ」

「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「うるせぇ!!」

 ロイドに頭を叩かれた。そうだ! すっかり忘れていた。嗅覚を鋭くしてユーリアを探し出せばいいじゃないか! まだ実践はしてないけど、これでもロニンのウィザードの端くれ。何回か試せば出来るかもしれない。

「ロニンのウィザードって嗅覚を鋭く出来るんだよ。犬みたいに。私、オリーヴィアとユーリアの匂いを覚えているから、見つけられるかもっ!」

「でかしたぞ! 短剣といい、魔法といい、今日のお前はいつもとは違うな!」

「いつもと違うとか言うなよっ!」

 自分が出した妙案に私もロイドも舞い上がったけど、オズワルドだけは冷静だった。


 知ってた。でもいきなり本番なんて無理だ。お子様だって分かるっしょ。何度か試したけど全然ダメ。最善は尽くした。なので出来なくても仕方ないよね。

 川辺に移動し嗅覚を鋭くする魔法を試した。やり方は知らないので、それっぽく適当に目を閉じ、心に風景を思い描きながら精神統一を図った。

 水面。

 無風。

 そして波紋……。

 ここだぁ!!!! と目を開き、感じた方向に振り向くと……。

「にゃー」

猫ちゃんでした。白と黒の混色が可愛らしく、私と目が合うと返事までしてくれる愛嬌の良さ。川辺でお散歩をしていたようです。

「おいで、おいで」

 手を振って呼ぶと、尻尾を振りながら近寄ってきたので抱っこをする。ゴロゴロと喉を鳴らしながら、腕に顔をこすり付けて甘えてくる人懐っこい猫。誰かに飼われているのかな。

「はあぁぁ…………。お前に期待した俺が馬鹿だった」とロイドのため息は深く「パティには悪いけど、予想通りだよ」とオズワルドからは厳しいお言葉。

「しょうがないでしょう。試すのは初めてだったし。ウィザードだって万能じゃないのよ。得意、不得意があるんだから。ねえー」

「にゃー」

 頭を撫でると猫ちゃんも同意してくれた。残念ながら嗅覚の魔法は失敗に終わり、ユーリアとオリーヴィアの手掛かりすら見つけられなかった。でも、猫ちゃんに会えたからいいよね。

「言い訳をするな。みっともないぞ」

 悔しいですけど、ロイドさんの言う通りです。嗅覚の魔法は練習して、次からは使えるようにしておこう。しかしまた忘れる可能性がありますけど……。

「さてと、見つからなかったのは残念だけど、教会へ戻って現状を報告し次の手を考えよう」

 オズワルドも猫ちゃんの頭を優しく撫でると気持よさそうな顔で一鳴き。猫ちゃんと川辺でお別れして橋を渡り、人だかりが出来ていた道まで戻ると、すでに町の住人や冒険者らしき人達はいなかった。耳を澄ませば、波の音が聞えそうなくらい静かだ。

「誰も居ないね」

 喉が渇いたので、肩掛け鞄から水筒を取り出し、飲みながら歩いた。

「おそらく別の場所を探しに行ったのかもな。この川幅を跳躍できるモンスターだ。その気なれば、数分後に町の反対側から出没しても不思議じゃない」

 ロイドの意見を聞きながら、ふと思いついた。

「ねえ、もしかして防壁を越えて外に逃げたとか?」

 防壁の高さは成人男性の四人分くらいしかない。あの跳躍力ならば、防壁は悠々超えられるはずだ。

「確かにその可能性は十分に考えられる。でもその可能性を視野に入れても……」

「要するに、俺達ができる範囲で考えて頑張ればいいんだ」

 オズワルドの説明が長くなりそうなので、ロイドが話の腰を折り結論を持ち出した。私にとっては簡潔で有難いけど、最後まで説明できなかったオズワルドは不満そうにリュックサックから水筒を取り出して水を飲む。

 意見交換を交わしながら、時計塔の前を通り時間を確認する。時間はもうすぐ五時。陽も傾いてきたので、良い子はそろそろお家に帰る時間だ。もしユーリアが教会に戻っていなければ最悪の状況も考えられるけど、すぐに首を振って打ち消した。

 冒険者組合の前を素通りするとまだ看板が立っている。つまりオリーヴィアはまだ保護されていない。逃げ足は速いし、手荒な真似は出来ないので生け捕りは難しい。この時間まで保護されていないので、もしかしたら人を恐れて町の外へ逃げ出したかもしれない。

 看板を横目で見ながら私なりに考えていると教会に到着した。

 教会に隣接する宿舎のドアを叩くとヘンリさんが応対に出た。教えてもらった場所にユーリアがいなかったと告げても、ヘンリさんの表情に変化がなく妙な落ち着きを払っていた。不思議に思い、どうしてそんなに落着いているんですか? と尋ねる前にヘンリさんが口を開いた。

「実は先ほどユーリアが帰って来ました。どこへ行っていたの? と尋ねても『内緒です』と教えてくれませんでした。そしてナップサックを背負い、毛布を抱え洗面器を頭に被ってまた出かけようとするので、もう夜だから外へ出てはいけません、と言うと『大丈夫です』と言い残して出て行きました」

 ヘンリさんは申し訳なさそうに俯きながら言った。ヘンリさん。貴方は悪くありません。誰でも結果は一緒だったはずですから。

 それにしてもユーリアの言う『大丈夫』は何を根拠にして何が大丈夫なのか? ユーリアと付き合い始めて、まだ三日なので理解できなくても仕方ない。そう思う一方で、時間を掛けても理解できないと諦める私がいるのです。

「シスターさん。確認だが、ユーリアは今まで言いつけを守り夜間外出はしない。それでいいんだよな?」

 ロイドが私を押しのけて会話に割り込み、ヘンリさんはゆっくりと首を縦に振った。

「はい。その通りでございます。ユーリアは素直な子ですから、私達の言いつけを破ったりしませんでした」

「他に気になった事はありませんか?」

 今度はオズワルドがヘンリさんに尋ねた。

「いいえ。あっと言う間に出て行ったものですから……。それで申し訳ないのですが、ユーリアを連れ戻してくれませんか?」

「分かりました」

 とりあえずユーリアの無事を確認できたので、少しは気持が楽になった。それに乗りかかった船だ。断る理由も無い。

「何かあったら、またご連絡します」

「ありがとうございます」

 ヘンリさんは深く頭を下げた。

「ところで、シスターさん。ユーリアと一番仲の良い子と話をさせてほしい」

 私を押しのけて再びロイドが割り込んできた。

「はい。少々お待ち下さい」

 ヘンリさんは杖を突きながらゆっくりとした足取りで奥へと消えた。

「何を聞くの?」

「お前、ちゃんと話を聞いていたのかよ」

「聞いていたけど」

「それなら疑問に思った箇所を言ってみろ」

「ユーリアが荷物を取りに戻って出かけた」

「もう少し想像力を働かせろ! 取りに来た荷物はなんだ?」

 頭をかきむしり興奮した口調でロイドは言った。なんか私が怒られているみたい。なんですか、この感じは? 気分が悪くなるんですけど。

「ナップサックと毛布と洗面器。それがどうしたって言うの?」

「ああぁぁ!! オズ! お前が説明してやれ! 察しが悪すぎてイライラする!」

 はいはい、察しが悪くてごめんなさいね。どうせ、嗅覚の魔法でユーリアを見つけられると豪語して、手掛かりすらつかめなかった間抜け娘ですよ。

「結論から言うと、ユーリアは特定の場所に留まり、オリーヴィアと一緒にいる可能性が高い。その根拠となっているのは毛布だよ」

「毛布?」

「そこまで言っても、まだ分からないのかよ」

 ロイドから皮肉を言われても動じない強心臓の私。しかし言われっぱなしでは悔しいので「全ての人間が自分と同じだと思うな!」と頭を叩いて一喝してやりましたよ。

「続けていいかな?」

 オズワルドさんが解説を再開したいようです。そんな目で私を見ています。ここは淑女らしく毅然とした態度で接しましょう。

「どうぞ。お構いなく」

「なんで教えてもらうお前が、肩を張って威張るんだよ」

 彼はいちいち突っ込まないと、気が済まない性分のようです。しかし、目でオズワルドさんに続けるように合図を送り、彼は私の意図を汲み取り説明を続けます。

「毛布を持ち出した理由を考えれば、ユーリアが置かれた状況を推測できるよ」

「やっぱり寒いからだよね?」

「そうだね。暖かくなったとは言え、まだまだ夜は冷える。暖かい自宅に留まらず、言いつけを破って毛布を持ち出し、夜間外出した理由を想像してごらん」

 オズワルドに言われて想像力を働かせると、頭の中で毛布に包まったユーリアと地面に顔をつけて伏せるオリーヴィアの絵が浮かんだ。

「もしかして冒険者に追い回されているオリーヴィアを一晩中匿う為に、毛布を持ち出して一緒になってどこかに隠れているって事?」

「そうだね。状況から判断すると、その考えが最も自然だし可能性としても高い。そして普段は夜間外出をしないユーリアが、言いつけを破って外へ出た。おそらくユーリアは夢中になって、ヘンリさんの言葉が耳に入らなかった。ユーリアを夢中にさせるもの。つまりモンスターに関連した事柄。だからユーリアとオリーヴィアが一緒にいる可能性が高いんだよ。」

「おそらくだが、ユーリアは友達と共有している秘密の隠れ家に鹿を匿っている。子供の時にみんなで作っただろ?」

 ロイドの言葉を聞いて懐かしい思い出が頭を過ぎる。悪戯をして怒られた時には隠れ家へ逃げたな。ん? 待てよ。

「ユーリアとオリーヴィアが一緒だと仮定して、ユーリアはサーカスの人を呼んでオリーヴィアの元へ案内したのかな?」

「それは分からないけど、おそらく呼んでいないだろうね」

 オズワルドの推理によると、教会に戻る前にサーカスの団員を呼びに行ったと仮定した場合、教会に戻る理由が浮かばないらしい。団員を呼びに行ったら教会へは戻らずに、オリーヴィアの元へ直行するのが最も自然だからだ。うむ、納得した。

 次に教会へ戻った後に団員を呼びに行ったと仮定した場合は、毛布の存在理由が無くなってしまうとそうだ。団員をオリーヴィアの元に案内すれば、団員はすぐにオリーヴィアを連れて帰る。その為、長い夜に備えて持ち出した毛布の意味が無い。

 また毛布を別の用途に使用する可能性も考えられる。例えば、オリーヴィアが怪我をしてしまい、包帯代わりに毛布を使うなどだ。しかしそのような状況では、オリーヴィアの生態に詳しい団員の助けを呼ぶのが最良で、なおかつ誰もが真っ先に思いつく選択肢である。よって毛布を取りに戻るよりも先に、団員の元へ駆け込むので毛布の存在理由が消えてしまう。

 さらにヘンリさんの証言でユーリアは『大丈夫です』と発言しているので、オリーヴィアが危機的状況に陥っているとは考えにくい。

 以上の事から、毛布を取りに戻った時点でサーカスへ連絡はせず、どこかに身を潜めている可能性が高いと結論付けた。毛布からよくそこまで推理が出来たな。すごいな……あっ!

「夢中で思い出したけど、ユーリアが持ち出したナップサックには、モンスターの観察日誌と鉛筆が入っているはずよ。だから隠れ家の中は、物書きが出来るように明るいかもしれない。そう、考えれば隠れ家の場所をある程度絞れない?」

「おっ? なかなか良い推理だ。そうだ。今の感じを忘れるな。俺達には才能は無いが、頭はある。持っていない才能を嘆き追い求めるより、考えに考え抜いて知恵を絞り、新しい手段を打ち出す方がよほど建設的だ。死ぬほど考えても、人間は死なないからな」

 何と言う事でしょう。珍しくロイドに褒められました。下心がありそうで、気持ち悪いです。これでユーリアの置かれた状況は分かった。しかし気がかりな事が一つある。

「もし二人が一緒だとして、ユーリアがオリーヴィアをサーカスに帰さないって言ったらどうするの?」

「殴れ!」

 ロイドさん。その答えは最終手段でしょうが。まずは説得しろよ。こいつとは絶対に結婚できんな。いや、恋愛にも発展しないか。

「きちんと話し合って説得すべきだよ。でも今は、ユーリアの捜索に全力を尽くそう。その事は頭の片隅において置こう」

 素晴らしい解答。旦那にするなら、こういう誠実な人がいいですね。そう言う意味でオズワルドとは恋愛に発展する可能性があるわけか。でも友達から恋人になるのは想像できないな。

「パティも状況は把握できたかい?」

「ばっちりよ」

 二人に親指を立てて返事をすると、ヘンリさんがイリアちゃんを連れて戻って来た。イリアちゃんはオズワルドとロイドを見ると、ヘンリさんの後ろに隠れた。

「こんばんわ、イリアちゃん。ちょっと教えてほしいの」

 腰を屈めて声を掛けると、イリアちゃんが私の前に出てきたので目を合わせて尋ねた。

「ねえ、イリアちゃん。ユーリアお姉ちゃんが作った、誰も知らないお家って知っている?」

「ううん。知らない」

 イリアちゃんが首をブンブンと振り髪がなびいた。イリアちゃんは嘘を吐く子ではないので信じてもいい。

 残念だ。ゴールに近づいたと思ったら、スタートに戻された。ユーリアしか知らない秘密の隠れ家があるのか。それとも隠れ家自体が存在しないのか。どちらにせよ、もう一度考え直す必要がある。

「じゃあ、ユーリアお姉ちゃんが隠れていそうな場所は知ってる?」

「ううん。知らない。ユーリアお姉ちゃんはかくれんぼが上手だから、見つけられないの」

「そうか……」

「パティお姉ちゃん。ユーリアお姉ちゃんはどうしたの?」

 心配そうに私を見つめるイリアちゃん。幼心にも不穏な空気を感じ取ったようだ。

「この前、サーカスで見た鹿さん覚えている?」

「うん」

「ユーリアお姉ちゃんは鹿さんと遊んで、お家に帰るのを忘れているの。だからお姉ちゃん達が探しているのよ」

「ユーリアお姉ちゃんは帰ってこないの?」

「大丈夫。お姉ちゃん達がきっと見つけてくるから」

 イリアちゃんを安心させようと抱きしめて背中を軽く叩くと「うん!」と元気の良い返事と笑顔をくれた。

その笑顔を見れば町中を歩き回り、筋肉痛で悲鳴を上げる足の痛みなど吹き飛んでしまう。

 ユーリアはかくれんぼをして遊んでいるつもりかもしれないけど、心配するヘンリさんやイリアちゃんの為にも早く見つけないと。

 待ってろよ! ユーリア! 絶対に見つけてやるぜ!!


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