第2話 母のこと

 自分の母親は、多分放任タイプのネグレクトなのだと思う。

「好きにしたら良い」

「自分で決めなさい」

 そういうことをたくさん言われた気がする。が、その全ては自分の自主性を育てるためとか、自立させるためとかそういうことではなく、ただ単に自身が面倒くさかったのだと思う。

 それに対して、学校で出された宿題はその後の休み時間にすぐ済ませてしまうタイプだった自分は、家で勉強をした記憶なんてほとんどない。

 中学生の時分には、家に帰っても自分専用の学習机が置かれている部屋にはほとんど行かず、居間でテレビゲームに興じていた記憶ばかりが鮮明に残っている。

 その頃の母はパートタイムで仕事をしていて、家にいない時間も多かった。そういう日はよく我が物顔で居間を占拠していたが、たまの休みで母がいる時には「宿題はやったの?」というありきたりな言葉を投げかけられた。

「学校でやってきてるから」

 そう伝えると釈然としない顔で「なんのための宿題なのか」などとぶつくさ漏らすのだが、15年ほど前の中学生に対する学校の宿題なんてものは個人の能力も何も関係なく、ただやったかやらなかったかだけしか意味を持たなかったのだから、それを済ませるための場所にこだわる必要なんてないだろう。

 高校は自分の実力に見合った学校に行き、平均よりは少し上の点数を取るのが常だった。それについても「お母さんが学生の頃はもっと点数を取っていた」などと言ったり、自分が大学卒業間近になっても就職が決まらなかった頃にも「お母さんの頃はもっと早い段階から何社も内定が取れていた」という自慢っぽいのだがよくわからない話を持ち出してきた。

 結局のところ、自分の価値観に合わないモノは理解できない人間だったのだということに気付いたのはつい最近のことで。人間の知能的にそれは至極当然の話ではあるのだが、時代に応じた知識の更新がされずに、いつまでも自分が若かった頃を基準に物事を考えているのは癪だった。


 そして、もう1つ忘れられない言葉がある。

「結婚は早めにして、子どもも早い方が後々助かるから」

 なんでも自分が生まれた頃に40近くも歳を既に取っていた父親が、自分の小学校での運動会などに父兄として参加をしている様子が辛そうであったという出来事からの金言らしいのだが、やはり余計な言葉に思えて仕方がなかった。

 例えば、家族や友人から「子どもを作る」という言葉を会話に出されるのは不快さがある。不潔だとかそんなことを言うつもりはもちろんないのだが、そういう行為をしている様子を想像されているような下卑た感じがしてなんとなく嫌なのだ。前述のとおり母は自分に対して何も思うことなく接している。母自身が「なんとなくこう言っておいた方が良い」と思ったことを言っただけだったのだと、今ではわかっている。それでも不快さが拭えないのは、やはりカネのことだ。


 自分は結婚に関することで、貴美の両親からかなりの手助けをしてもらった。新居に必要な家具や家電製品を部屋の寸法から買い付け、更には自家用車もあった方が良いと贔屓のディーラーからカタログを集めて自身の薦める車種のプレゼン、そうしてそれらの会計までの全て、面倒を見てもらった。

 義父さんからは「嫁入り道具ということで」と言われはしたが、過分にお世話になっているように思うし、申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 そして、その気持ちが負のベクトルになった上で実の両親に向かうことになった。

 なぜ、貴美の両親にできたことが自分の両親にできなかったのか。


 本質的な原因は父親にあるのだが、母親もその一端は担っていると思っている。現代にアップデートされない母親の価値観は、金銭感覚ももちろん同様で。例えば、食事の用意が面倒であるという理由から外食や中食を利用することが多いことや、「既存の浄水器は危ない」「お宅の浴室は浸水の可能性がある」などの訪問販売の言葉に対して1人で結論を出すなど、今になってみれば経済観念の低さは目に余るものがあった。

 もちろん、程度というものがあることは理解している。中食だって少人数の食事に対して上手く使えば経済的であるという認識は自分にもあるし、訪問販売の言葉が本当である可能性だってある。ただ、それを加味しても母親の行動は自分本位であると思ってしまう。

 実家の経済関係の明細を一度見たことがある。その数値はでたらめなもので、定年を過ぎた父親の収入を半分ほどの金額をクレジットカードで食費に使い、返済する気持ちの感じられない低額のリボルビング払いで負債を増やす。ちなみに実家は連棟の戸建てなのだが、これもローン返済が終わっていないというので話にならない。

 そして挙句の果てには、自分本位に食べたいものを外食や中食で取り続けた結果、身体を悪くしている。

 だから、定期的に金の無心をしてくる。


 自分も社会人として労働はしているし収入も得ているから、これまでの恩返しの気持ちで家計の一部を負担はしている。それでも間に合わない状態を作り続ける親が理解できないし、別の家庭を築こうとしている息子に頼り続けるという思想が信じられなかった。


 何故、貴美の両親にできることが……そう思い続けても、産まれる家は選べないという事を恨むしかないのかも知れない。

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そして母を殺そうと思った 三河得 @Toku_mikawa

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