そして母を殺そうと思った

三河得

第1話 祝いの言葉

 2月某日。

「それでは、次回の打ち合わせではご出席される方の人数を算出していただき――」

 その日自分はホテル施設内の一角に設けられたサロンにて、結婚式に向けて初回の打ち合わせを行っていた。決して華美ではない化粧をした、いかにもという感じのする女性が担当として淡々と説明が続けられる。打ち合わせ中は提示された資料と持参した手帳にメモを取るので手一杯だった。

 半年ほど前、かねてより考えていた結婚について動き始めた。あらかじめ買っていた“鈍器のような分厚さのある情報誌”を婚約者の貴美と2人で眺めては、ここの内装が気になるとか、立地的にここは、などと相談を繰り返し、式場見学を2、3回って決定した。人気時期である6月に式場を押さえるために早くから動いてはいたが、その後は特にすることもなく余裕があった。しかし式当日まで残り4ヶ月を切った途端に1日に3時間の打ち合わせは当たり前という落差。決める事の多さに驚きはしたが自分自身の祝い事、ましてや愛する人を祝う事と思えば苦ではなかった。

 交際から7年で入籍、その後結婚という流れは周りの人と比べて遅いのか早いのか測りかねるが、交際2年で先日結婚した友人と比べてしまうと随分遅いように感じられる。

「今の職業は安定しないから、転職したら結婚しよう」

 そう約束したのが4年前。当時派遣だった自分が正規雇用されるまでの期間を随分と待たせてしまったのだが、お互い30歳を迎える前に無事決行できて良かったと思う。今現在、隣で微笑んでいる貴美の顔を見られる事がささやかな幸せに感じる。

「ありがとうございました」

 担当プランナーの女性に挨拶をしてホテルを出た後、今日受けた説明をまとめるために近場の喫茶店に入り作戦会議を行う。婚約はしているが同居はまだしていない。そういった事情からの策であった。ひとまず、次回までに用意しなくてはいけない情報をまとめようとする。

「この人とこの人と、この人も呼んで、この人は……どうしよう」

 貴美が先もって用意していた大学サークル時代の名簿にマーカーペンで線を入れていく。知人というレベルの人を全員呼ぶというのでは際限ないので今でも交流がある人を厳選しているのだ。そんな様子を見て、昔から交友関係が狭く大学時代のサークル仲間でさえ音信不通になってしまった自分は貴美に言う。

「こっちは仲の良い友達だけ呼ぶから5人くらいかも知れない。その分は貴美の友人を呼ぼう」

 相談の上決めていた予算を鑑みた結果、50人ほどの来賓を呼ぶ程度の婚礼と決めていた。お金の都合と言え、そのキャパシティは思いの外少ない。

「そう? ありがとう」

 大仰に感謝されたいとは思わないが素っ気ない返事には切なさを感じる。


 貴美と出会ったのは大学3年生の頃だった。

 自分は大学の、少数人しかメンバーのいない文芸部に所属していた。活動内容はと言えば月に一回、部員有志で作品を集めて部誌を発行することなのだが、自分が卒業する間際になるとそれすらしない、できないオタクの巣窟になりかけていた。部室に行けば誰かが持ってきたゲームをみんなでやり、今週の漫画やアニメについて語り合っているだけ、という場面に目も当てられなくなって、自分はそれを放って逃げた。少なくはあったが作品を書いていた人間として、そういう者と一緒にはなりたくなかったのだろう。

 また、そういった趣味しか持っていなかったからか、元々の要領が悪かったからか。公に話して褒められる趣味ではなく、特技と呼べる特技もなく。就職活動に難航してしまった感は否めない。

「日本語なんて誰でも書ける」

 そう揶揄されがちな現代では、雑誌に3ページほど載ったという程度では注目されることもない。むしろ面接の際に、業務上に創作活動などの行為をするのではないかと疑われたこともあった。

 そんなことはさて置き、今は貴美の話だ。自分のことは“今も連絡を取っているような友達は少ない”ことだけわかってもらえれば、他は別に良い。

 貴美はその部活メンバーである所の後輩女子の友人だった。その後輩女子とは好きな作家が一緒だったことから気が合い、何でも言い合える関係であった。幸か不幸か彼女には交際している男性がいたので恋仲に発展するようなことはなかったが、他大学に行った友人の吹奏楽部のコンサートに彼氏が付きあってくれないと相談を受け、行った先で紹介されたのが貴美だった。

 貴美はどちらかというと地味な部類に入るが、更に地味な自分からすると輝いて見えた。楽器の話をしている時の夢中になった表情が好きで、柄にもなく後輩をせっついてなんとか交際に持ち込んだ。

 その後、小さな喧嘩は何度もあったがその度に話し合い、折衷案を出して上手くやってきたつもりだ。貴美が言う自分の好きな所が“優しいところ”というのがありきたりすぎてどうなのか、と思いはするがそれも事実なわけで。他に取り柄がないから、貴美を喜ばせることばかり考えて過ごしてしまう。


「じゃあ、今日はこんな感じで。今週中には親族で誰が来られるのか確認しようね」

 作戦会議を終えて電車での帰り道、改札前での別れ際に確認をされる。あまり親族と連絡が無くて、という自分の言葉を覚えてくれていたらしい。

「わかった。今日には話をしておく」

「うん。またね」

 自分の言葉を受け、笑顔になって手を振り改札に向かう貴美を見送った後。自分は憂鬱な気分になりながらスマホに手を伸ばした。

『打ち合わせ終わった。叔父さんの所は呼んでいいのか、確認して欲しい』

 メール画面を開いて母親に文面を送る。この1年、ほとんど面と向かって会話をしていない。その理由はただ一つ。

『わかつた。ところで月に一回もらつてるお金はどうなりますか』

 一つ、連絡をすれば金の話しかしない親に、あきれ果てていた。実の所、プロポーズをしたという報告をした直後にも同様のことを言われており、そこから自分の家族離れが進行した。息子のめでたい席に対して、祝いの言葉も出せない親にどういう感情を持てばいいか。促音も満足に打てないくせにスマホを持とうとした気持ちがありありと出ている“おかんメール”によって、その苛立ちに拍車がかかった。

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