3. 夏夜の夢、でしょうかねぇ。

 ん?ホントの話かって?そりゃあ自分には分かりませんなぁ。なんせ、自分も噂に聞いただけなんでね。

 さて、もう話も折り返しだ。



 湯のみを持つ学ランくんの手は震えてました。


「…ぼ、ぼくは、何もできなかった…、みすみすあいつを死なせてしまった。けど、だって、しょ、しょうがないじゃないか…!怖かったんだぁ…!」

「……そいつァ聞き捨てならねェな」

「…え?…」


 その瞬間、学ランくんの全身の毛が総立ちになりました。雅がその美しい漆黒の瞳で、こちらを睨んで居たからでさぁ。恐ろしい圧を感じました。


「『しょうがない』?ふざけるのも大概にしな、こンの臆病者が」

「…っ」

「てめェはヨ、傘山クンの気持ちを考えずに逃げた挙句、今度はそいつの想いを無下にしてあの世に逃げた、自己中な無責任野郎だ」

「…雅さん」

「そりゃあこんな街に来ちまうワケだ、半端野郎」

「雅さん!」

「……チッ」


 見かねてあけびが止めに入るのと、学ランくんが立ち上がるのが同時でした。


「…学ランの君?」

「…っぼ、ぼく…帰りますっ」


 そのまま部屋から飛び出して、行ってしまいました。


「ああーもう…雅さん、意地悪も程々にして下さいよ。大丈夫かしら…」

「へぇーへぇー…」

「それに、もう黄昏ですよ」

「………そいつァちっとばかし不味いな」


 *****


 飛び出したはいいが帰り方も分からない学ランくんは、途方に暮れちまいました。

 すると、錆び付いた階段が視界に入りました。兎に角、雅に会いたくない、その思いでフラフラと階段を上りました。

 上って上って、上った先に着いたのは屋根の上でした。三階建ての建物の上から見下ろす夕暮の街は、薄闇の中に沈んでいくようで、この上なく綺麗でしてねぇ。思わず、学ランも声を漏らしました。


「…うわぁ……」

「綺麗だろォ?」

「おわっ!?」


 くく、学ランくんはまた別の声も漏らしました。なんせいきなり真後ろから、今1番聞きたくない声が聞こえてきましたからねぇ。


「まァ座れ座れ」

「…………はい」


 雅は、何も言いませんでした。ただ暫く、夕焼けを眺めてました。そして、いよいよ日が傾いてきたころ、学ランくんに向かってこう言いました。


「お前よ、死んだわけだけどさ」

「……はあ」

「なんか会いたい人とか、したい事とか無いのかヨ」

「…………まあ、無いことは、無いですけど」


 街の灯りがポツポツ付き始めます。街は夜を迎えつつありました。


「ええい!あるのか無いのかどっちだァ!?焦れったい!!」

「ぎゃあああ!」


 いらついた様子の雅に胸倉を掴みあげられ、学ランくんはすっかり縮み上がっちまいました。けど、なんでかカッとアタマに血が上ってきて。


「――っかっ、傘山に、会いたいなんて思ってますけど!叶わないでしょう!死んだら会えるかもとか思ったけど、こんな変な街に来るし!!」

「会いたくて後追ったなんて馬鹿かてめェは!そいつは…傘山クンはよ、そんなコト願ってたのかァ!?」

「っ!」


 パッと雅が学ランくんから手を離しました。


「…生きろ、馬鹿野郎。いいか、逃げンな。傘山クンのためにも、てめェは生きなきゃならねェんだ」

「ゲホ、…?ぼく、死んだんじゃ」

「臨死体験」


 次の瞬間、学ランくんは浮遊感に襲われました。何が起きたか、雅に突き飛ばされたと気づくのと、真っ暗な路地に吸い込まれるように落ちるのが同時でした。

 遠くから、けどすぐ近くで。不思議なことに、雅にの声が聞こえて。


「ここは狂都きょうと。狂った都。二度と来んな、ばーか」


 そして、何も分からなくなりました。

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