2.盛者必衰の理はありません。

 ああ、本降りになってきやがった。しょうが無いからお客さん、もうちっとだけ、中年オヤジの話に付き合ってくれると嬉しいですなぁ。

 ん?そのつもりだって?イイお人だね。

 えーと、どこまで話したんだか…。ああそうだ。ちょっと、区切りが付くまで長いかもしれやせん。



「くぉおら!雅さん!!また仕事抜け出して!!」


 万屋『沙羅双樹』の暖簾をくぐった瞬間、2人の腰の辺りからあどけない叫び声が聞こえました。


「なぁんですか、この子供は!?」


 声の主はなんとたまげた事に、7歳くらいのちっちゃな女の子だったんですよ。

 おさげにした帯の下まで伸びる長い白髪を揺らしながら、学ランの少年を『ウチでは飼えません!捨ててらっしゃい』とでも言うように見上げてるんですよ。一丁前に。ええ、可愛らしいでしょ?


「え、えっと…てか君の方がよっぽど子もごごっ!」

「しーーーーっ」


 雅が慌てて少年の口を塞いでやりました。


「なんか言いましたか」

「いやなンも。あけびが可愛いからびっくりしたんじゃないか?」

「こんな時だけ調子のいいこと言わないでください。まあいいでしょう…応接室、空いてますよ」

「ありがとヨ」


 その応接室ってのがまた妙な部屋で。二十畳無いくらいの和室の畳の上に、臙脂色のシブいカーペットが敷いてあるんですよ。和室のくせにね。んでその上にはこれまたシブい、飴色になったローテーブルとそろいの二人がけの椅子が机を挟んでふたつ。

 壁には、えーとなんて言えばいいか…。何ですっけ、印象派?みたいなそう言う絵があると思ったらその横にゃ達筆な掛け軸が掛かってるし、床の間の剣山にいけてあるのはバラとかガーベラとか、洋風の花ばっか。おまけに照明は裸電球。

 なんてアンバランスな部屋なんだろ、って学ランくんが思ったのも当然ですよねぇ。


「ほらほらお座り下さい、学ランの君」

「きみっ…!?」


 あけびはそんな事を言いながらお茶を持って部屋に入って来たんでね、学ランくんは度肝を抜かれて、雅に押されるがままに椅子に座りました。


「それで?お前は何で自殺したんだ?」

「………なんですか、このお茶」


 あけびが急須から湯呑みに注いだお茶は真っ青でした。妙なこともここまでくると笑っちゃいますよねぇ。


「ぶるうまろうです。あれ、現世にもありますよね?」

「ぶるうまろう…?」


 学ランくんは紅茶の種類なんて知らなかったもんで、まあブルーマロウのことだったんですけどね。ほら、あのレモン入れたらピンクになるやつ。けどねぇ、あけびの言い方は何でか平仮名に聞こえるんですよ。


「お茶の色なんて何でもいいだろォ?言ってみろよ」


 雅は湯呑みにレモンを絞りながら問いかけます。


「…聞いてくれますか」

「聞いてやるから聞いてるんだヨ」

「………よくある話ですよ」


 学ランくんはぽつりぽつりと話し始めました。



 彼には友だちが居たんです。傘山ゆうとって言う。クラス1優しくて真面目な、度のキツい眼鏡を掛けた男の子だったそうで。2人でこっそり校舎裏で、仔猫を3匹飼ってました。


 ある日、クラスのいじめっ子たちが仔猫で遊んでるのを傘山くんは見ちゃったんですね。蹴飛ばしたり、ライターで炙ったり、踏みつけにしたり。優しい傘山くんは見てられなくて、慌てて飛び出して行きました。

 学ランくんはそれを物陰から見ていただけだったんです。


 その日からです。傘山くんがいじめの対象になったのはねぇ。やれ目障りだ、根暗だと言って物を汚され顔を蹴られ。

 1番酷いのはね、傘山くんを取り押さえて、目の前で仔猫に火をつけたんですよ。全くアタマおかしいですよね。

 級友も教師も学校も、果ては学ランくんまで知らんぷり。「文句あんのか、次はてめぇだ」そんな事を言われて、学ランくんは動けなくなっちまったんですな。

 傘山くんは母子家庭で、朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくる、母親と顔を合わせることはほとんどなかったんですね。


 ある日、昇降口で学ランくんは久しぶりに正面から傘山くんと顔を合わせました。

 傘山くんは最後の1匹を学ランくんに預けに来たのです。学ランくんは今までずっとずっと見て見ぬふりをしていたのに、傘山くんは何も言わずに、仔猫を彼に抱えさせました。


「ごめん、この子、よろしく」


 その3つの言葉だけを言って、傘山くんは笑いました。すると示し合わせたように仔猫が逃げ出すんです。慌てて捕まえた学ランくんが顔を上げると、傘山くんはもう居なかったんです。


 バタンと、遠くで屋上のドアが閉まる音がしました。


 まあそこからはお察しの通り、傘山くんはそのまま屋上から飛んじゃったんです。悲しいことに。

 呆然としたまま通夜が終わり、告別式が過ぎ、初七日が来る頃、あっという間にいじめの対象は学ランくんに移っていました。



 ああ。こいつらは。

 これっぽっちも自分たちが傘山の根本的な自殺の原因だとは思ってはいない。

 あいつの優しさに甘えて、好き勝手やってただけだ。そして今後一生、その性分が変わることはないだろう。一生クズのまま。

 そして、何よりも。何よりも強く理解した事は。


 おれもこのクズどもと何も変わらない。


 傘山の優しさに甘えて、あいつは大丈夫、そんな大した事じゃない、俺が口を出すともっとエスカレートするかも、なんて自分に都合のいい事ばかり考えて、あいつを見殺しに、いや、殺したも同然。

 こんなクズ、生きていない方が世の中のため。初七日の次の日、ヤケクソで書いた告発文を適当な雑誌に送って、同じ所から飛び降りた。



 ここまでが、学ランくんの話した全てです。

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