そうだ、狂都へ行こう。

おうごんとう

1.京都じゃなくて、狂都でさぁ。

 退屈しのぎに、酒の肴程度に思って聞いてやって下せぇ。


 カランコロン。チリンチリン。カランコロン。街娘たちの下駄の音が、鈴の音を追いかけたんですよ。


「みーやーびーさーまっ」

「…いけず言わないで、寄ってっておくんなましぃ」

「ねえ!聞いていらっしゃるの?」


 チリン!と左耳に付けた鈴を鳴らして、男は振り向いた。こいつがまた粋な美青年でさぁ。


「あーあー、聞いているともさ。けどな、俺には女郎屋と甘味処と蕎麦屋と洋菓子屋、諸々全部に入れるほどのあったかぁい懐はねェんだよ」


「あら、雅さまならタダで構いませんことよ」

「ずるい!ウチもウチも」


「こんの馬鹿娘!んなことしてみろ、商売上がったりだわ!」

「そーだそーだ!泉下の旦那ばっかり呼び込みやがる。他当たってこい、他!」


 雅は娘たちと店主たちが言い争うのを煙管を吸いつつ、苦笑して眺めてんだ。すると、路地裏から飛び出してきた黒い影がありました。


「っ!」

「お?」


 カラァン!と音を立てて煙管が雅の左手から落っこちちまった。


「…やれやれ、何すンだよ坊主」


 雅は優雅な手つきで煙管を広い上げ、吸い口を拭った。


「な、何って…ここ、どこですか」


 少年は真っ黒な学ランを着ていて、背丈は下駄を履いた街娘たちくらい。大人しそーな顔した少年だったんですよ。


「ああ、お前新入りかァ?」

「新入り…?」

「そう、新入りだよ。ようこそ、きょうとへ」

「京都…?」


 すると少年は口をパクパクさせ、真っ青になった頭を左右に振った。プチパニックを起こしながら、やっとのことで声を発しました。


「…な…!」

「あん?」

「そんなはずない…!だって、だっておれは」



「死んだはず、か?」



 雅は眉ひとつ動かさず、煙管の煙を吸いながら言うんですね。美しいスマした顔で。


「安心しろよ。俺も死んでる」

「は?」

「あそこのかわいいたちもそこの蕎麦屋の店主もこの野良猫も、だーれも生者じゃねェよ」


 そう言って雅はしゃがみこみ、猫の頭を撫でた。猫は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしました。


「あ、じゃあなんですか、ここは…いわゆる…天国、とか?」

「…それはなんだ、お前。つまりお前は自分が天国行きに値する、真っ当な人生送ってきたって言いたいの、か」


 雅は猫を抱き上げ、その前足を持ってにゅっと少年に向けた。茶目っ気もある色男にゃ敵いませんなぁ。


「………」

「あるだろ?やましいことの一つや二つ。これっぽっちも無いやつなんて、ほんの一握りだ」

「………あります、けど」


「にゃっ」

 猫が雅の和風のパーカーの袖からするりと逃げちまいました。


「あらら」

「っていうか、ここどこなんですか…?あなた誰なんですか?」


 すると雅の背中の向こうから、キレーな街娘たちがゾロゾロと顔を出す。


「あら雅さま、新入りですの?」

「ふふふ、かわいいわぁ」

「でもちょっと冴えないような…」

「こら、可哀想よぉ。目の前でそんなこと言っちゃ!」


 クスクス、クスクスと笑われて、少年は茹で蛸みてえに真っ赤になっちまったんだ。当然だよなぁ。可哀想に、そのまま雅の横をすり抜け、駆け出そうとした。


「こらこら、逃げんな」

「っ…離して、下さい」

「ったく、おいテメェら、からかうんじゃねェよ!」

「ごめんなさぁい」

「だってあんまりかわいいんだもの」

「ほら、散れ散れ!」

「ひどぉい!」


 文句を言いながらも娘たちは離れていった。雅は呆れたように溜息を付き、少年の手を離してやりました。


「悪かったな、学ランくん」

「……………」


 ブスっとした少年の顔を覗き込み、雅はやっと名乗れたんですよ。


「くく、教えてやるよ。俺は万屋『沙羅双樹』の店主、泉下雅せんかみやびだ。よろしくな?」


 そう言って華やかな街を背にして笑う雅は男にしておくには勿体無いくらい美しく、何とも言えない色気があって、少年も街ゆく人も、みぃんな見とれてしまったのです。

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