太陽と月の本

安良巻祐介

 

 怪しげな古本屋で購入した一冊の本を開くと、中央に不思議な窪みがあって、小さな石細工の如き紫紺色の街が置かれ、その中に、沢山の蟻のような人物が蠢いていた。

 人形仕掛けみたいな、それらのぎくしゃくした動きをぼんやりと見つめながら、ページをめくった。

 同じように窪みがある。街がある。人がいる。

 しかしめくりゆくうち、やがてページの上、顎の高さ辺りに、コイン大の月が昇ってきた。

 月は初め、ひんやりとした淡い金色であったのが、ページをめくるごとに温かみを増し、やがて焼け爛れたような銅色になり、下の街を赤く染め始めた。

 小さな人々が家から転げ出て、往来で仰向けになって、少しずつ黒くなっていくのが見える。

 顎が火傷しそうになってきたので、たまらず終わり辺りまで飛ばしてページをめくると、月も街もなくなって、ただ苔のように青い草原が、その表面に緩やかな波を作っていた。

 奥付の部分には、何やら小さな絵文字で、びっしりと何かしらの文言が綴られている。

 外国語なのか古代語なのか、とにかく殆ど内容を理解できなかったのだが、そのうちの一文だけ、なぜか意味が頭の中に浮かんだので、ここに記しておく。

「月日は表裏・過ぎ去りしのち・一枚のコインとして・この懐に眠る」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太陽と月の本 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ