化け猫(と触手人間と怪しいフード仮面の)ワルツ #03

ゴリブが消えた。

蝶女ファイリがその事に気付いたのは、ワイルド・フォックスのボス「エキノコックス」が失踪してから2週間後のことだった。

その緑の小男がワイルド・フォックスに入団したのは、3年前の話である。

入団したての新入りを育てるのは、ファイリの役目だったので、ファイリがの世話をする事になったのも、自然な流れだった。

第一印象は「押したら折れそう」というものだった。

口を開けば泣き言ばかりで、身体は小さく腕が細い女々しい男だった。

否、少年と言うべきかもしれない。

顔立ちにはあどけない幼さが、少なからず残っていた。

その第一印象が崩れたのは、ゴリブのした性格に苛立ちを覚えた幹部。

───即ちラリーが、彼の頭頂部に拳骨を喰らわしたのを目の当たりにした時である。

ファイリは、ゴリブが死んだと思った。

ラリーが癇癪を起こした結果として、散らばった肉片やら血液やらを片付ける事になるのは、よくある事だったからである。

しかし、ファイリの予想に反して、ゴリブがその脳漿を撒き散らすことはなかった。

実際は、ゴリブの頭皮にこぶを作るに留まった。

ゴリブは頑丈だった。

膂力りょりょくも充分以上に持っていた。

ゴリブは「持つ者」側の人間だったのだ。

周りは女々しいゴリブを馬鹿にする中で、ファイリだけが、そのポテンシャルに気付いたのである。

ファイリは、ゴリブに良く目を掛けた。

鍛えれば鍛える程に、ゴリブはファイリの情熱に応えてくれた。

覚えも悪くなかった。

喧嘩の技を教えれば、確実に覚えて実践することができた。

それでも、性格だけは治らなかった。

何度か、ゴリブが虐められている場面に出くわした。

ゴリブの軟弱さも原因だし、ファイリが贔屓ひいきしたのも原因である。

返り討ちにしようとすればできた筈と、ゴリブに詰め寄った時は。

「別に痛くはないので」

と眉をひそめた笑いで返された。

ファイリには理解できなかった。

否、他の何者にも理解できないだろう。

「持つ者」でありながら、他人の悪意に反撃するでもなく、ただ耐え忍ぶだけの者などゴリブ以外にはまずいない。

そんなゴリブが、骨折した足を引きずってファイリに泣きついてきたのは、ほんの2週間前───。

つまり、エキノコックスが失踪した日である。

ラリーの手によって作られたたんこぶを除けば、ゴリブが怪我をした所を見るのは初めての事であった。

聞いた話によるとブラック・パレードの仕業であると云う。

なんでも、突如パレードが押し入ってきて、ゴリブにラリーの居場所を尋問し、その後にラリーを殺害し、あまつさえリーダーであるエキノコックスをさらっていったらしい。

その時ファイリは偶然にも、部下数人を引き連れて、水狂アクア・パッツァを名乗る正気でない連中と一戦交えていたので、この騒動を知ったのは拠点に戻ってからのことである。

エキノコックスがさらわれた事については、特に何も思わなかった。

我ながら薄情な奴だと感じた。

ラリーについても、無論思う所はなかった。

あの男を慕っている人物など皆無だった。

憤りを感じたのは、ゴリブが怪我をしたことである。

ファイリのゴリブに対する感情は、最早ただの上下関係のソレを超えていた。

ファイリにとって、ゴリブは胸を打つ1匹の啄木鳥キツツキであり、頰を撫ぜる2つの陽だまりであった。

それは、恋慕だった。

上司の行方も、ワイルド・フォックスの行く末もどうでも良かったのである。

後継者争いみたいなことも起きたが、ファイリがこれに興味を持つ事はなかった。

はなからいつかはゴリブと一緒に組織を抜けて、何処かで2人だけで過ごすつもりだったのだ。

だから、ゴリブが居なくなった時、ファイリはこれ以上ない程に動揺したのである。

ゴリブの部屋のベッドには、一片の紙切れが置かれていた。

そして、その紙切れには別れの言葉がただ一言だけ───。


「さようなら」






街の上を、ビル伝いに跳ね回って進む3人───。

否、2人と1匹の姿があった。

オン・ルッカーズである。

「ねー、ダガメズー

乗せてー」

「───は?

なんだって?」

「乗せて」

「なにに?」

「背中」

「バカかおまえ」

ダガメズは吐き捨てた。

「えー、いいじゃん!

動物の背中に乗って走り回るの、一度やってみたい」

「言っとくがミュハン、運動さぼっても贅肉ぜいにくは二の腕とか腹に行くからな

胸に蓄積すると思ったら大間違いだ」

「え、待って

それどういう意味ねぇどういう意味?

胸関係なくない??」

「いやぁ、この前聞いちゃったんだよねぇ

おまえの部屋の前横切った時に

「巨乳トイウ概念ガ恨メシイ」って」

その瞬間。

ミュハンの髪の色が、突発的に燃えるような赤に変わった。

「バカ!ヘンタイ!シネ!!」

「アッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

『───ダガメズ』

「なんだ、魔剣」

『禁句だ』

「グッフ」

ダガメズは吹き出した。

『何年か前にだな

ミュハンが我の胸筋を見て

───クフッ

「私のより大きい───」と』

「ブッフォハハハハハハハハ!!

ヒィ━━ッ」

ミュハンは、最早髪色のみならず、顔色まで赤くなっていた。

「なによ!2人して!

魔剣!あなたそんなキャラじゃないじゃない!

ワイルド・フォックス行って性格変わったんじゃないの!?」

『そうかもしれぬ

ふはは』

男2人は呵々大笑かかたいしょうした。

女はすっかり怒髪が天をいていた。

つまりは、3人とも周囲への注意が働いていなかったのだ。

───オン・ルッカーズの面々は、前方からの飛来物に気づかなかったのである。

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我楽多街 Froger @frogalien

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