共犯

葉世 零

共鳴

「殺したい。それか、ただ絵の具まみれになるだけでもいいよ。」

何度か言葉を交わしただけのクラスメイトに、私は確かにそう言われた。

初夏にしては肌寒い中、早朝に学校に来てしまった私と、彼。

「何の話?」

おはようの一言もないままに、いきなり発せられた言葉に返事をした。

「佐久間のこと。」

あの二択はなんなんだろうか。そんな事を考える余裕もなく彼、早瀬景人が放った名前は、紛れもなく私の名前だった。

「なにそれ、一種の変態?」

「そうかもしれない。」

「私を殺したいの。」

「うん。」

「嫌われてたの、私。」

「そうじゃない。」

そうじゃないなら、一体なんだっていうんだ。お互いよく知りもしない人にそんな事言われたら、怖いよ。しかも普段の柔らかな表情で。

「じゃあなんで?」

「綺麗だから」

まるで会話になっていない。意味がわからない。何を言っているんだこの男は。廊下側の席に座って淡々と綺麗だと言うこの男に、私は軽く恐怖を感じた。反対側の席で助かったたと思う。

「さっきから言ってる意味がわかんないんだけど、説明してくれないかな。」

無視するのも嫌だし、これ以上無駄な会話をしたくもない、さっさとこの会話を終わらせて、予習でもしたい。

「佐久間を綺麗だと思ったから、汚したくなった。だから、殺すか、絵の具でもいいから汚れてくれたらなって。」

普通、気持ち悪いと思うんだろう。けど私は、スッと納得してしまった。自分が綺麗とかは知らない、というか、全然そんな事は思わないけど、「あぁ、なるほどな。」釈然としないけど、少なくとも私は彼に共感した。

「私も、早瀬を汚したい。」

「え…。」

普段、友達と会話する時の笑顔や、授業中の真面目な顔とは裏腹に、彼はとても驚いたような間抜け面をしてみせた。

そりゃそうだろう。殺したい、汚したいと思った女に同じことを言われては、驚くほか無い。しかし彼は、すぐにいつもの優しい表情になり、こう言った。

「僕らって、似てるのかもね。」

爽やかな、少し冷たい風に吹かれる彼の柔らかな笑顔は、美しかった。

羨ましいほどに、男のくせに、ただのクラスメイトのくせに。

言われてから気づいた。

私は彼を殺したい。汚したい。

彼と出会った瞬間から、きっと私はそう思っていた。彼の友人が登校してきた。あぁその笑顔まで。

さっきまで無関心でいたはずなのに、この男の事などどうでも良かったのに…。

私は、早瀬景人に毒されてしまった。

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共犯 葉世 零 @hase_52

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