3 顔が真っ赤なふたり


「ねぇ、文女(あやめ)ちゃん。こっちに来て」


 あのふたりがいなくなった途端に元の呼び方かよ。少しからかってやるか。


「ずいぶん他人行儀な呼び方に変わっちまったなー」

「いや、あれはその……」


 顔から白い煙が出てんじゃねえかってぐらい赤い。というかノーメイクが童顔過ぎてかわいすぎてヤバイ。まだギャップ萌えを隠していたとは、アイリ恐るべしだな。


「わかってるよ。アイリにも仲間内のメンツってのがあるもんな」


 私の冷えたを自分の額に当てつつ、少し間を開けてアイリは探るように聞いてきた。


「……その、怒ってる?」

「ああ、昨日喫茶店に来れなかったことか。もう今は怒ってねーよ。こんなアッツアツのアイリを前にして『早く治ってまた喫茶店にいこうぜ』としか言えねえって」


 高熱で顔に赤みが差して涙目で軽く喘いでいるせいか、いつにも増して色っぽく見える。この時点で私の理性は半分飛んだ。ベッドに上がって覆いかぶさるようにして、正面からアイリを穴が開くほど見つめた。アイリはただ微笑んでいるだけだった。


「文女ちゃん、顔赤いよ」

「だから」

「ごめん。アヤ、顔赤いよ」

「なあ、アイリ。これから昔聞いた話を試したいと思うんだけどいいか」

「なんだろー。いいよ?」


 私は唇を重ね合わせた。あくまでも唇と唇だけの軽いキス。言うまでもなくファーストキスだ。柔らかい感触にいつまでも浸っていたかったが、そうなるとそれ以上のコトをしたくなってしまう。


「どうしたの? 今日はすごく積極的だね」


 半分熱に浮かされているアイリは、動揺の素振りもなく平然としている。ふだんからキスをしているカップルの片割れのような言いっぷりだ。私は私でアイリを見ると、心臓が張り裂けそうになる。意味を説明する必要がある。早く指示を出せよ、マイ脳!


「健康な人間が風邪を引いてる人間の唇を吸うと、吸われた相手はたちまちよくなるって聞いたんだ」

「へえー、でもアヤが罹(かか)っちゃうんじゃない?」

「その点は大丈夫だ。私は生まれてこの方かかったことがない。今ごろ私の体内で菌は殲滅(せんめつ)されてるぞ」


 ベッドから降りる。これ以上何かと理由をつけてシラフじゃない人間に手を出したら、人としていろいろ終わってしまう。理性が吹っ飛ばないうちにチョコを渡して帰ろう。


「あと、これ……」


 赤くラッピングされたチョコを枕元に置く。


「わあ~、ありがとう」

「一日遅れたけど本命はアイリだからな」

「ん? どういうこと?」

「聞いたことねぇのか。本命以外の人間はどうでもいいって理由で当日には渡さないって話」

「あ~、なるほどね。私もね、アヤのこと本命だと思ってるし、だーいすきだよ♡」


 言ってる内容は超嬉しいんだけど、熱と眠気でフニャフニャになってるからイマイチ胸に来ない。


「ありがとな。んじゃ、私もそろそろ帰るわ」

「うん。帰りにリビングに寄ってね。用意したチョコはお母さんが預かってるから」

「わかった」


 部屋を出るまでの間、アイリは半身を起こしたまま手を振っていた。とても健気で愛おしく、できることなら戻って看病してやりたかった。

 そんな名残惜しさを心の奥底に押し込め、アイリのお母さんからチョコをもらって帰路についたのだった。




 それから数日後。

 私はすっかり元気になったアイリといっしょに、例の喫茶店でスイーツを食べていた。


「ええー、キス!?」


 アイリの瞬時に顔が真っ赤になり、白い蒸気が頭からボンと出た気がした。


「いきなり叫ぶなよ。バッカなんじゃねーの」

「大丈夫だよ。ここ防音だから」

「いや、私の鼓膜が破れたらどうすんだって話だよ。つーか、憶えてないとか」

「う、うん。お見舞いに来てくれたことは憶えてるんだけど……」


 マジかよ。結構ショックデカいな。一応、ファーストキスでもあったのに。


「でも、改めてありがとう。おかげで早く治ったもん」

「そうかいそうかい、よかったね」

「もしかして怒ってる?」

「怒ってねーよ」

「……ひょっとしてファーストキスだったとか?」


 口に含んだあんこが飛び出た。察しがよすぎるだろおい。


「ファーストキスを捧げてまで私のインフルを治してくれるなんて……」

「見てくれ的にアイリのほうが王子っぽいけどな」

「私、一生文女ちゃんについていきます!!」

「聞いちゃいねぇコイツって……は?」

「そう、セカンドキスまで有効って話を聞いたことがあるの。今度は時間と場所を決めて、じっくりゆっくりお互い元気なときにしようね♡」


 めちゃくちゃ恥ずかしいセリフを顔を真っ赤にして手をもじもじさせていってきやがった。


「わかったから、手をもじもじさせんでくれ。こっちも照れてくるから」

「はーい♡」


 ……ん? ということは、私たちはもうそのいわゆる付き合ってる関係になってる? つーかさっき、アイリが一生ついていきますとか言ってたような。付き合うってことはあんなことやこんなことをするんだよな……?


「わっ、文女ちゃん、鼻血鼻血!」


 アイリにティッシュを鼻に突っ込まれ、膝枕される。しかも仰向け版。相変わらず胸デカいなー。ひとカップぐらいわけてもらいてぇぐらいだわ。しっかし最近、鼻血が多いよなー。こりゃ、毎晩トマトジュースを飲んで寝なきゃ体が保たねーわ。


「文女ちゃん文女ちゃん、血を作るなら鉄分とタンパク質だよ!」

「人のモノローグにツッコむんじゃねえよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレンタインのふたり ふり @tekitouabout

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ