2 察しのいいギャルたち

 

 遠かった。すんごく遠かった。こんなことなら途中からでも特急に乗るんだった……。しっかし、いい立地のトコに住んでるよなー。駅から徒歩5分のわかりやすいトコの一軒家。しかもデカい。さぞかし両親はいい職に就いてんだろうな。

 インターホンを押して誰か出て来るのを待つ。「はーい」と返事する声とともにスリッパをパタパタと鳴らす音がする。多分、アイツのお母さんだろう。ドアが開き、初対面であることも含めて丁寧にあいさつをする。


「あらあら、本庄(ほんじょう)翼雲(よくうん)女子の制服じゃない。あの子にこんなお上品なお友達がいたなんてね」

「お見舞いに伺ったのですけれど、よろしいでしょうか」

「うーん、正直よろしくはないんだけど……あなた、予防接種は済ませた?」

「はい。学園のほうで毎年受けさせてもらえるので大丈夫です」

「それなら大丈夫かな。落ち着いたとは言え、まだ油断できない状態だから気をつけてね」


 用意してもらったスリッパに足を通してからようやく気がついた。茶色のパンプスがスミに二組あることに。


「あの……もしかして先客がいらっしゃいます?」

「うん、いるのよ。でも気を遣わなくていいと思う。ふたりとも愛里の幼馴染で、言葉遣いや見た目はチャラチャラしてるけど、根はホントにいい娘(こ)たちだから」

「はあ……わかりました」

「なになに、あなたはウチの子みたいなギャルっぽいのがタイプなの? そういうことならオバサン、応援しちゃうわよ♪」


 あからさまにため息をついてしまったせいで、一発でアイツが好きなことをアイツの親にバレてしまった。


「ち、違いますっ。愛里(あいり)さんとはいい友達の関係ですっ」


 マヌケもマヌケ。大マヌケすぎる。体中めちゃくちゃ熱い。


「まあまあ。そんな顔を真っ赤にしないで。部屋はね、階段を登ってすぐ左に折れた先の突き当たりだから」


 階段を登り始めてすぐに品のない笑い声と手を叩く音が聞こえてきた。ギャルはとにかくうるさい。独自の言語を話す。化粧で相手を威圧する。特にあの毛虫見てーなつけまつ毛。アイリは最近つけなくなったからいいけど、あんなの近づいて来たら引きちぎってやりたいぐらいだ。

 引き返したい気持ちが胸の中で充満したけど、せっかくここまで来たんだから行くしかない。部屋の前でノックをしてアイリの了承を待つ。


「はーい」


 のどがやられてるんだろう。ガラついた声が飛んでくる。ドアを開けて中に入ると、エアコンをガンガンに効かせているおかげでムワッとした熱気に包まれた。あったかいんじゃなくてクソ暑い。


「わー、超カワイイんですけどー」

「マジマジメな文学少女って感じー」


 2匹のギャルとご対面。肌はおしろいでも塗ってんじゃねーかってぐらい白い。片方は茶髪でショートをアシンメトリー。もう片方は金髪にセミロングで緩くパーマをかけてる。

 おいおい、かわいいじゃねーかチクショウ。パーマの娘この髪をモフモフしてーよ。こちとら学校の関係で、ザ・真面目な文学少女の様相(ようそう)だっていうのによ。……まあ、私服に着替えてオシャレすりゃいいんだけどな。今日はそんなヒマがなかったわけで。


「アヤ、ありがとね」


 ベッドに横たわっているアイリが難儀そうに半身を起こして私に言った。……私に言った? アヤなんて初めて呼ばれたんですけどー? 何そのフランク加減は。正直ふだんもそう呼ばれたいんですけど。


「おふたりもお見舞いですの?」


 仕方ないから聞いてやった。もちろん、奴らから離れた位置に座る。


「そーそー。幼馴染の急病とあっちゃ、駆けつけなくちゃねー」

「アタシらバカだからさー、インフルエンザなんてうつんないと思ってるしー」


 ふたりで「ねー」と言い合ってる。うるせー、早く帰れよ。オマエら幼馴染なら家はこの辺だろ。いつでも来れるじゃねーか。私みたいに遠くからお見舞いに来てる人間を優先してしかるべきじゃねーのかよ。


「ねえねえ、アヤの話はアイリから聞いてるよー」

「アイリのこと好きなんでしょー。どーなのどーなの!?」


 いやー、超うぜえ。そしてギャル特有の距離の近さ。こいつらかなり刺激的な香水をつけてやがるせいで鼻がひん曲がりそうになる。よし、ここは一か八かだ。


「あなたたちには関係ありません」


 キッパリと言い切り、薄目でニラみを利かせる。奴らはキョトンとした顔をしているままだ。


「あー、なるほどね」


 茶髪がニヤリとして金髪の脇を小突く。金髪も合点(がてん)がいったらしく同様にニヤリとした。


「アイリ、アタシたち帰るねー」

「アタシらオジャマみたいな感じだから」

「わかった。今日はありがと」

「じゃ、あとはおふたりでごゆっくりー♪」

「あんまり長くいっしょにいて、インフルをうつされないようにねー♪」


 思いのほかさっさと帰ってくれた。ふふふ、私のニラみが利いたみたいだな。……いや、私の態度ってめちゃくちゃわかりやすいのかもしれん。確かにはよ帰れオーラは存分に漂わせてたけどさ。

 それもそれであのギャルごときに見破られたってことが恥ずかしいじゃねーか。クッソ、迂闊だったなぁ。

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