バレンタインのふたり
ふり
1 キレたお嬢様と就活女子
私は今モーレツにキレている。
しかし、学校では品行方正そのものの学生として通っているから、そんじょそこらで怒りをブチまけるにはいかなかった。
だから、学校帰りに行きつけの喫茶店の小部屋に入った。防音仕様になっていて外に聞こえないはずだ。私も仏様ほど気は長くない。早速――
「あのバカタレギャル女が! なんで! 連絡を! 寄越しやしねーんだよ! 私はオマエにとってなんなんだよ!!!」
カバンに入っていた赤にラッピングされたチョコを、怒りに任せて漆塗りのテーブルに叩きつけようとしたときだった。
ピロピロリン♪
スマホからメッセージを受け取った音がして、ひとまず己の早まった行動に急ブレーキがかかった。
メッセージの差出人が目に入った瞬間、胸が大きく高鳴った。
アイリからだ。
『連絡が遅くなってごめんなさい。おととい――2月13日――の夜から高熱が出たと思ったら、インフルエンザに罹かかったみたいで……。昨日――2月14日――はスマホを操作する余裕もなく、ずっと寝てました。今はこうして少し余裕ができたからメッセージを送れたの。本当に約束を破ってごめんなさい。インフルエンザが治ったら約束の喫茶店でおいしいスイーツを食べようね』
何度も首を上下させて冷静になるまで文面を読み込む。頭が冷えて理解ができた途端、自己チュー的な自分の情けなさに腹が立った。とりあえず、自分でみぞおち辺りにパンチをした。我ながらキレイに入ってしまい、くの字になっているところを店員に女の子に見られた。死ぬほど恥ずかしいぞコノヤロウ。
「大丈夫ですか?」
「ただの腹痛でして。今日は失礼致します。また近々伺いますので」
「は、はぁ……」
よし、なんとかお嬢様ボイスとスマイルでごまかした……と思う。
店を出て駅に向かう。確か1回だけ近辺で待ち合わせて遊びに行ったことがあったはず。
うっすらとした記憶を頼りに、私は駅の改札のくぐった。
「次はー、東新後(ひがしにいご)ー、東新後ー」
スマホをイジる手を止めてアナウンスに耳を傾ける。そういや、私とアイリの出会った場所ってここだったよなー。私としては敵に等しいクソギャルビッチだったなー。ほんの初見の話だけどさ。でも、中身はウブで乙女乙女してるとか、ギャップ萌えで殺す気マンマンとかズルすぎんだよ。しかも柔道も強いってもう完璧超人だよアイツは。うん。
趣味や食べ物の好みが一致していて仲良くなって幸せだよ。私は。できたらふたりの時間を一分でも一秒でも長く共有してーもん。……ま、そんなことシラフじゃ言えねーけどさ。だって、それってもう恋人――
「ちょっとそこのあなた」
茶髪をポニテにした女が目の前にいた。黒のパンツスーツだから、就活中なんかな。化粧が決まってて結構キレイ目の人だ。
「鼻血。出てるわよ」
ポケットティッシュを一枚こっちに渡してきた。ああ、確かに意識すれば血のニオイがするわ。妄想が炸裂してて全然気づかなかった。
「ありがとうございます」
ティッシュをちぎって鼻に詰めているとと、就活女子は仕切り棒に握り、体を屈めて耳に口を寄せてきた。
「人前での妄想はほどほどに、ね♪」
「……すみません」
ハァ? 何コイツ超ウゼえ。弱み握って泣かしてぇ。
「それじゃね」
ちょうどよく空いたドアから颯爽と出ていった。チッ、命拾いしたな。
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