小さな幸せラッシュ vs 大きな幸せワンパンチ

ちびまるフォイ

悪魔が来たりてだまされる

35歳の誕生日をひとりで迎えたその日、

誕生日ケーキの上に悪魔が舞い降りた。


「我が名は人間の運命と

 朝の占いの順位をつかさどる悪魔だ」


「ちなみに、明日の順位は?」


「てんびん座が1位。ラッキーカラーはサーモンピンク」


「それで悪魔さんの体はその色なんですね」

「まあな」


「それで、どうして俺の前にやってきたんですか?」


「貴様の寿命は70歳。ちょうど今日が折り返し地点なのだ」


「意外と短いですね。もっと医療技術の発展があるかと思いました」


「ありすぎるから、意図的に寿命制限かけるようになったのだ」

「皮肉……」


悪魔は自分の頭に生えている2本の角を指さした。


「我の角を引っこ抜け」


「本気ですか!?」


「右の角を引っこ抜けば、貴様の残りの人生は

 これ以上ない幸運が1度起きる人生になるだろう。

 その代わり、ほとんど毎日たいした変化は起きない」


「左は?」


「左の角を抜けば、貴様は無数の小さな幸運が起きる。

 その代わり、大きな幸運は1度も起きなくなる」


「大きな幸せか、小さな幸せか……というわけですね」


「貴様はどちらにする?」

「同時に抜くのは?」

「悪魔的にNG」


残りの人生のかじ取りをこんな急に迫られると思わなかった。

けれど、そう迷うことなく左の角に手をかけた。


「そっちで、本当にいいんだな?

 1度選べばもう変えることはできないぞ」


「はい。大きな幸運より、小さな幸運を何度もあったほうが

 絶対に良いに決まっていますから」


「よかろう、では……痛ぁ!!」


「え、まだ抜いちゃダメでした?」

「悪魔か!!!!」


悪魔の左角を引っこ抜いてから、俺の人生は好転し始めた。

「私はこうして人生の成功者になりました」などと

本を出版したくなるほどの幸運は1度もない。


「あ、空いた」


それは例えば満員電車で、幸運にも座席があいたり。


「1000人目のご来店なので、お食事半額です!!」


「やったーー!」


例えば、レストランで半額になったり。


「急な都合で行けなくなったから、このチケットあげるよ」


例えば、友達からプレミアチケットをもらえたり。



前から欲しかったものが簡単に手に入ったり。

好きな人とたまたま同じ趣味を持っていたり。

横断歩道の信号がいつもわたる前に青になっていたり。


誰かに鼻高々と語って聞かせるほどの内容ではないくらいの

小さな幸せが毎日毎日何度も訪れた。


「やっぱりこっちの幸せを選んでおいてよかった!!」


大きな幸せを選んだら、それこそ毎日平坦でつまらない。

どでかい花火を一発打ち上げるよりも、

小さな線香花火をかわるがわる楽しめたほうがずっといい。


俺の選択は間違えていなかった。




それからしばらくして、小さな幸運が当たり前になってきた日。


頭の片隅にはあのときの決断がいつまでも思い出される。


「あぁ、どうして俺はあのとき、小さな幸せを選んでしまったんだ……。

 大きな幸せを選んでいれば、いつか来る大きな幸せを待つ楽しみがあったのに……」


小さな幸せも慣れてしまえば、ただの日常になる。

そうなれば、大きな幸せを選んだ時とまったく同じ状況。


でも、大きな幸せが1回訪れることがわかっていれば

毎日そのことを楽しみにして過ごすことができる。


当たりが確約されている宝くじのようなものだ。


そのことを、今さらになって後悔している。


「あああ!! どうにかして、あの時の自分に正しい選択をさせたい!

 過去にタイムスリップでもできればいいのに!!」


タイムスリップはできないが、できることが一つあった。

そこで確実に死ねる高さの高層ビルに登って屋上のへりに立った。


一歩踏み出そうとすると、いつぞやの片角の悪魔が現れた。


「貴様、いったいそこで何をしている?」


「やっと会えましたね、悪魔さん。ずっと待っていました」


「貴様、残りの寿命があるのに自殺しようとは何を考えている。

 自殺されてはこっちで回収する寿命量が減ってしまうだろう」


「こうでもしなきゃ、悪魔さんは出てきてくれないでしょう?」


「なるほど。我は謀られたというわけか。

 それで、いったい何の用だ?」


「人生の選択をやり直させてください!! この通りです!!」


またヘリから一歩足を投げ出す。

今にも落ちそうにな状況にお互い冷汗が流れる。


「貴様、悪魔を脅す気か!?」


「脅しじゃありません。お願いです」


「貴様は1度小さな幸せが何度も訪れる人生を選択した。

 それを二度と変更できないことを理解したうえで。

 なのに、過ごしてみると別の方がよかったと思ったわけか」


「わがままを言ってるのはわかっています!

 そこをなんとかお願いします!! この通り!!」


「だから足を出すなって!! 死んだらどうする!」


悪魔も慌ててしまう。


「……わかった、いいだろう」


「本当ですか!?」


「これ以上ないくらいの幸運だ。貴様の人生を切り替える権利をやる。

 言っておくが、こんなことはもう二度とないぞ」


「わかってます」


俺は以前に引き抜いた悪魔の角を刺して戻した後、

抜かなかった方の角を引っこ抜いた。


「今、お前の人生のレールが切り替わったぞ」


「やった!! 悪魔さん、ありがとうございます!!」


「さらばだ。次に会う特は貴様が命尽きるときだろう」


悪魔は消えてしまった。

そして、言葉通り次に話すときは俺の最後の日だった。


その日を境に毎日起きていた小さな幸せはなくなった。


それでも未来に対する「大きな幸せ」の訪れをずっと待ちわびた。


小さな幸せなんて、1日もすれば忘れてしまう。

死んでしまうその瞬間に思い出されることはない。


でも、大きな幸せはどんなに時がたっても忘れない。

それどころか思い出としてどんどん輝きを増していく。


そんな大きな幸せがいつやってくるのだろう。

楽しみで、なんの変化もない毎日が楽しかった。


 ・

 ・

 ・


けれど、1度も大きな幸せは訪れなかった。


70歳の誕生日になる前日。

人生最後の日になっても、大きな幸せは来なかった。


大きな幸せなんだから、見逃したり気付かなかったりはない。

そのはずなのに一度もそれらしい幸運はなかった。


設定された寿命に向かって着々と死の準備が進められる。

カウントダウンが始まるころに、悪魔がふたたび現れた。


「ついに命尽きるときが来たようだな。

 では貴様の魂をいただくとしよう」


「ちょっと待ってください!! あんたに一言いいたいことがある!」


「ほう、なんだ?」


「俺はたしかに大きな幸せを選んだ!

 なのに、俺の人生で一度も大きな幸運なんてこなかった!!

 悪魔だからって嘘をつくなんて卑怯だぞ!!」


「本当にそうか?」


「ああ、一度も訪れなかった!!

 ずっと待っていたのに、幸運なんてなかった!!」


「思い出せ。お前にも得がたき幸運が訪れたはずだ。

 我は確かに貴様へ幸運を与えたぞ」


「そんなものない!! ウソをつくな!」




「貴様は人生の方針を1度切り替えたじゃないか。

 変えることのできない人生を変えてもらえた。

 これ以上の大きな幸運があるのか?」


悪魔は口角を上げてにこりと笑った。


「それじゃ俺の人生はもう――」


70歳の誕生日を迎えた。

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