一話 -始まりの代償-

「ん~!やっぱり空気が違うなぁ!山はいいぞぉ!山はぁ!!」


「おいクソ親父!一丁前に叫んでないで荷物運び手伝いやがれ!」


車から降りるなり、家に荷物を運ぶ事もせずにそこかしこを走り回った挙句まるで野生に戻ったかのように叫びだしたこの男を俺の父親だとは認めたくない。


「なんだよつれないなぁ~、そんなんだから彼女ができないんだぞ~!」


「う、うるさいな!いいから、コレ持って行ってくれ!」


デリカシーの欠片もなく息子の患部をグリグリと抉ってくる親父に、テレビを押し付ける。こうでもしないと延々と俺の黒歴史を誰が聞かずとも垂れ流しだすだろう。そうなる前に先手を打って黙らせておく。


「おっ・・・ととっ!危ないじゃないか!コイツ意外と高いんだぞ!?もっと丁寧に扱いやがれ!これだから女経験のない奴は・・・」


前言撤回。黙らせる事はできそうにない、ここまで言われれば短気な俺が黙っていられるはずはなく、無意味な言い合いが幕を開けた。


「親父こそ!息子をもっと大切に扱え!壊れやすいんだぞ!?割れ物注意だ!」


「はん!男のクセに女々しい奴だ!一体誰に似たんだろうな、ええ?」


「ぐぬぬ・・・」


ああ~畜生、一回でも親父と言い合いになると中々収拾がつかないんだよなぁ。このままじゃ荷物運び出す前に日が暮れちまう。


「はぁ、取り敢えずこの言い合いはここまでにしとこう。まずは荷物運びが先決だ、と。」


この後の事を心配した結果、俺が折れる事で事態の収拾にあたった。


「・・・なんだ、今日はイヤに大人しいじゃないか。」


そんな俺が珍しかったのか、テレビを玄関口に降ろすとゆっくりと俺のほうに振り向きそう問うてくる。・・・こういうときばかりは鋭いから反応に困る。


「やっぱり、不安か?」


「ああ、そりゃあな。」


当たり前だ、不安じゃないわけがない。この家での生活はともかく、心配なのは高校生活のほうだ。


高校生になったばかりとはいえ二カ月もたてば交友関係なんてものは大体決まってくるものだ。そんな中途半端な時期に都会から、それもなんの特徴もない俺みたいな奴が転校してきたってそう簡単に受け入れてもらえるものではないだろう。


「そうだよな、お前にも苦労をかける。すまん」


先ほどまでの威勢の良さは全くなく、少し白髪の混ざりだした頭を下げてきた。・・・さっきから調子狂わされてばっかりだ。


「いいんだ、謝らないでくれ。俺は自分の意思でここに来たんだ、親父のせいじゃねぇよ。」


「そうか・・・ありがとう。」


そこそこ長い付き合いだが、この人に面と向かってお礼を言われたことはあまりない。やはり、親父だって不安なのだろう。いくら自然に囲まれていて、空気が澄んでいるとはいえ、いままでとは違う環境だから少しばかり感傷的になっているのかもしれない。


「・・・らしくない事言ってないで、さっさとソイツ運んでくれ。後がつっかえてんぞ。」


そんな親父の心情を汲んで、この話題を終わらせるべく荷物を運ぶように催促する。・・・別に、親父から感謝されて照れているってわけじゃない。


(大丈夫、大丈夫さ。きっとどうにかなる。)


落ち込みかけた気分を少しでも向上させるために、できるだけ前向きな思考を持つことにした。そう、病は気からという言葉がある。なら、逆に気を強く保てばより良い結果を手繰り寄せることができるということになるはずだ!・・・多分。


汗を拭き、頬を軽く叩いてから引っ越し作業を再開するべく荷物が積んである車に足を進めた。

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夏詩 @itiya

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