夏詩

@itiya

プロローグ ー淡い期待ー

照りつける日差しで、焼いた肌が少し傷んだ。

吹き抜ける風は私の末路をあざ笑うかのように、滲んだ汗を取り去っていく。

認めたくないと握りしめた手のひらをゆっくりと開き、約束の詩を口遊む。


繋ごうとして散り散りになった。

憧れを追いかけて躓いてしまった。

強がりはより強い孤独を生んでしまった。

終わりに意味なんて物は無い。・・・けれど、敢えて誰かに意味を押し付けるなら


―――あの日、アナタと出会ったあの時からきっと、私達の夏はもう終わっていた。


◇ ◇ ◇


シートベルトの締まる感覚とホコリの陰鬱な匂いで、俺は目を覚ました。

ゆっくりともたれかかったドアから体を起こす。どうやら、長い間眠っていたらしい。軽く背伸びをしてみると身体の節々が痛んだ。


快眠とは程遠い起き方をしたせいで、少々機嫌が悪くなったので発散させるために運転席に聞こえるように嫌味を垂れる。


「・・・はぁ、くっせぇ。掃除されてんのかこの車。」


自分で言うのもなんだが、よくもまぁこんな陰険な声を出せるものだと思った。

ガタン、と車体が揺れると同時に運転席から俺とは真逆な大きな声で嫌味が返ってくる。


「掃除してるに決まってるだろう!ホコリ臭い原因はお前の荷物なんじゃないか?」


「はぁ!?そんなわけ・・・」


その返事にムキになって言い返そうと少し身を乗り出し上半身を傾けると、俺の足元にあるガラクタが詰まった大きめのリュックが目に入り言われたことが正しいということに気が付いた。


「あったわ、すまん。」


「ほれ見た事か、バ~カ。」


俺から一本取った気でいるのか、上機嫌になりやがった。もうすぐ50歳だっていうのに、まるで子供だ。謝ったことに後悔をしつつ、モヤモヤを誤魔化すために話題を切り替える。


「換気するから窓開けるぜ、親父。」


「あいよ、クーラー切るからそのまま開けてていいぞ。」


カチッとクーラーを切る軽い音がしたのを合図に俺は窓を開ける。


「おお・・・。」


思わず感嘆を漏らしてしまう。それほどまでに、窓から見えた外は絶景だった。何処を見渡しても俺の住んでいるところとは比較にならないほど緑に囲まれていた。心なしか空気も新鮮に感じ、日々の疲れを取り去っていくようだ。


「・・・中々いいじゃないか。」


深呼吸を終えると、自然とそんな言葉が零れた。コンクリートに慣れ親しんだ俺は感動にも似た何かを感じているのだろう。身体が少々落ち着かない、まるで早く外へ飛び出て走り回りたいと訴えているようだ・・・運動苦手だけど。

「だろ?今日からここが俺たちの住む場所だ、気に入ってくれたんならよかった。」


安心したよ、と最後に付け加えると親父はケラケラ笑いながら運転に戻っていった。

・・・聞かれてたのかよ、なんだか癪だな。


親父も子供だというのなら、俺はもっと子供なのだろう。先ほどの感嘆を拭うべく、少し先に見える町のようなものに目を向けながらため息をついた。


「でも、ゲーセンはなさそうだな。・・・つまんね。」


小さく漏れ出た抗議の声は、優しく撫でつけるように吹く風に溶けて消えていく。


それは、暑くも涼しい初夏を感じる6月の事だった。

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