4話・生存者の拠点1

「暑い!!」


 アブラゼミの大合唱を遮るように、小雪が大声を上げて眠りから覚める。

 小雪が大声を上げて驚いたのか、すぐそばの川で釣りをしていた大和の体は一瞬跳ね上がった。


「おはよう」

「うん! おはよう」


 起きたときにする当たり前の挨拶。

 そんな当たり前のことなのに、小雪は満面の笑みで返事をする。


「大和兄ちゃん。お腹すいた」

「ん? それじゃ、飯にするか?」

「ご飯あるの?」


 大和はすぐ隣に置いてあったバケツの中を指す。

 小雪は目を擦りながら、ふらふらしながら大和の座る所まで移動し、バケツの中を覗き込むと、半分しか開いてなかった目を大きく開き、きらきらと目を輝かせ始めた。


「お魚さんだ!」

「噛まれるかもしれないから、勝手に触る――」

「うわ~。ぬるぬるしてる! 逃げるの速い! えへへ、可愛い!」

「…………」


 無邪気に魚と遊ぶ小雪を見ながら、大和は静かにため息を吐いたが、その顔はわずかに微笑んでいた。


「ねぇ。そのまま焼いちゃいけないの?」

「内臓を取らないと……上手くいかないな」


 大和は長刀を使って魚を捌こうとしているが、その長さ故に上手く切ることができず、それに加えて、魚を捌く知識がないのか、魚は徐々に原形がなくなっていき、最終的には寿司屋で出てくる、まかないのような形となってしまった。


「もう食べていいの?」

「小雪が食べたいなら、食べてもいいぞ」

「やった! いただきます!」


 小雪は細切れになった魚を食べる。

 口に入れた瞬間に顔が歪み、口を動かすたびに首を右に傾ける。


「嫌なら他の食料を探すから、食べなくてもいいぞ?」

「おいしいよ? おいしいけど……なんか臭いかも」


 臭いと言いながらも、小雪は魚の切り身を口へと運んでいく。

 それを見ながら、大和も一切れ口の中に放り込むと、顔を歪ませて、口を動かすたびに、首を左へと傾ける。


「これは……血抜きが出来てないのか」

「血抜きってなに?」

「魚の臭さを消すことだ」


 2人は食べている最中に、ずっと顔を歪ませていたが、魚を完食し終えると、大和が『行きたい場所がある』と言った場所に向けて出発する。


 § § §


「や、大和兄ちゃん逃げて!」


 2人は目的の場所に向かう道中に、化物に襲われていた。

 その数は、小雪と出会ったときよりも多く、四車線ある道路を埋め尽くす数。

 しかし、大和は臆するどころか、小雪を化物が届かない高さに避難させた後に、長刀を握り、切っ先を空に向けて構え、何かを計るように、化物を見据えながら微動だにしない。


「大和兄ちゃん!」

「小雪は目を瞑ってろ」


 小雪は大和のことが心配なのか、目を瞑ろうとはせず、二階に設置された室外機の上から、あたふたしながら見続ける。


「……小雪」

「逃げる!?」

「トラウマになっても知らんぞ」


 化物の1人が大和の左肩に噛み付こうとした刹那――化物の体だけが大和の体に触れ、頭は宙を舞い、大和の後方へと落ちる。


「え、え、え!?」


 小雪は転がる死体よりも、大胆かつ鮮麗された大和の動きを見続けていた。

 ある距離まで近づいた化物は全て斬り伏せられ、その間に車や電柱のような障害物があったとしても、それごと豆腐のように斬り捨てる。


「す、すごい」


 無双と呼ぶに相応しい大和の剣術。

 しかし、その人並み外れた強さは、剣術だけでなく、跳躍力と腕力にも言える。一度で3メートル以上の距離を跳躍するだけでなく、小型の車を石ころを投げるように化物の大群に投げ、刀を振るわずとも化物を殲滅していく。


「……疲れた」

「がんばって、大和兄ちゃん!」


 化物が殺し始めてから――1分。

 大和の後方には化物の死体が並び、地面は死体から流れ出た赤い液体で染まっているが、前方の地面は赤くなっておらず、大和が倒した数よりも多い化物が雄叫びを上げている。


「あいつ等を楽にしてやるために、お前達の力を貸してくれ」


 大和は迫って来る化物を尻目に、化物の死体から流れ溜まった赤い液体に刀身を沈める。


「あ、危ない!」


 小雪が危機を伝えるために声を上げる。

 その声は一瞬で静寂と化した街道に響き、遠方のビルの崩壊音が響いて、小雪の木魂した声を掻き消した。


「あ、あれ?」


 数秒前まで迫って来ていた化物は全員死に、ビルまで崩壊した状況に理解できていないのか、小雪は首を傾げる。


「安らかに眠ってくれ」


 大和は長刀を地面に差すと、化物の死体を前に、目を閉じて手を合わせる。小雪も大和の真似をして、静かに手を合わせる。

 その後、2人は目的地を目指して、再び手を繋いで歩き始めた。


 § § §


 太陽が沈む時間。

 この日は目的の場所に着かず、またしても野宿することとなり、廃屋で拝借してきた缶詰を食べる2人の姿があった。


「大和兄ちゃんは、怪物を倒した後は手を合わせるの?」

「ああ、化物でも権力者共の欲に巻き込まれた被害者だからな。なるべく殺したくはないが、殺すのが救いになるなら、鬼になって刀を振るうさ」

「よく分からないけど、怪物を助けているの?」

「助けるか……分からないな」


 向き合う2人の間に置かれた、トマトとシーチキンの缶詰。

 それを交互に食べる大和に対して、小雪はトマト缶が見えていないのか、シーチキンばかりを食べていく。


「小雪……野菜も食べなさい」

「うぅ。わかったよぉ。うぇ! ぺ、ぺ、ぺ! まずい!」

「下品だぞ」


 食事を終えると、大和は昨晩徹夜した疲れと、午前中に化物と闘った疲労が重なってか、この日は横になって小雪よりも先に眠ってしまい、小雪は大和の大きな手に握りながら眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る