3話・闇からの来訪者

 足音の主は闇の中から姿を現す。

 焚火の灯りで、はっきりとは見えないが、その姿は――異形。


「おもしろい体だな」

「ぱるる! 気持ち悪いではなく、おもしろいか。俺達を見て『おもしろい』と言ったお主の感性もおもしろいな――ぱるる!」


 綺麗に6つに割れた腹に手を当てながら、笑う男。

 その笑いかたも奇妙だが、それ以上に奇妙なのは、その肉体である。


「我は風汰。こいつは風香だ。憶えてもらえると嬉しいのぉ」

「悪いが、俺は弱い奴の名前は憶えない」

「ぱるる! そう哀しいことを言わんでくれ」


 黒いマントで小雪を背中に結んでいる大和。

 風汰と名乗る男性も風香という名前の女性を背負っているが、小雪をマントで結んでいる大和とは違い、風汰と風香の体は背中で一体化している。


「背中で一体化してるのか。後ろの女は寝てるのか?」

「昼は風香担当じゃからの。疲れてるだけじゃろ」

「二心同体か。歩きにくくないか?」

「風香が最近太ったみたいでのぉ。歩きにくくはないが、重いのぉ」


 前傾姿勢の風汰に比べ、背中の風香は腕と足を大の字にして眠っている。風汰が歩くたびに、風香の手足は操りに人形のようにプラプラと揺れる。


「それで……何の用だ?」

「そうじゃった! お主に話があるのじゃ!」


 肩を叩きながら返答する風汰に同情したのか、大和は風汰に座るよう促す。

 大和は一足先に焚火の前に座り、背中で静かに眠る小雪の頭を撫でる。その姿を見て思うことがあるのか、風汰は微笑みながら焚火の近くまで移動しようとしているが、背負っている風香が重いのか、その足取りは牛歩である。


「ふぃぃ。風香にはダイエットを勧めるかのぉ」

「そんなに太ってない。人に誇れる綺麗な体型だ」

「ぱるる! それを風香に言えば泣いて喜ぶだろうのぉ」

「お前……何歳だ?」

「18か19歳じゃが、それがどうかしたのか?」


 笑い方だけでなく、若者とは思えない口調から、大和が風汰の年齢を気にするのは無理もないだろう。


 腰を下ろした風汰は一息つくと、静かに大和に会いに来た目的を話し始める。

 その会話は近場にいるであろう、クチキとスズムシの鳴き声に邪魔され、はっきりと聞きとることが出来ないが、怒の感情が混じった大和の目と、不気味に微笑む風汰の表情から、普通の雑談ではないだろう。


「理解できんな。自分の受けた苦痛を、なぜ他者に与える?」

「お主が背負ってる娘子を我が殺したら、お主は我を殺すじゃろう? それと同じことじゃよ」


 2人の間に冷たい突風が吹き抜ける。

 その影響か、今まで鳴いていた虫は鳴くことを止めた。


「じょ、冗談じゃよ。そんな怖い顔をせんでくれ」

「お前等が敵であるのは冗談ではないだろう?」

「たしかにそうじゃが……今回は穏便に済まさんか?」


 両手を前に出して苦笑いする風汰。

 その顔を見つめる大和の顔は――無表情。


「話も終わったから、我は帰らせてもらうぞ」


 立ちあがり、その場から急ぎ足で立ち去ろうとする風汰。

 大和は刀を握り締めてはいるが、その後を追いかけようとはせず、離れていく風香の寝顔を見続け、姿が見えなくなった後も、視線を逸らさなかった。


 § § §


 明け方――。

 大和から逃げるように走り続け、風汰は山の先にある町まで来ていた。

 その顔は青ざめ、激しく息を切らし、滝のような汗を流している。


「あら? もう朝なの?」

「はぁ、はぁ、はぁ」

「どうして汗だくなの?」

「リーダーが仰っていた男に会ってきたのじゃ」

「そうなの? それで、その男はどこよ? 力づくでも連れて来いって言わたでしょ?」


 風香の質問に風汰は顔面蒼白になり、体を震わせながら、その場に蹲る。


「リ、リーダーに報告じゃ! あ、あの男は――」

「ちょっと、何を慌てているの!? 風汰は寝てても――」

「ダメじゃ、ダメじゃ! あの男のヤバさを……早くリーダーに報告せねば」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る