2話・その涙は、絶望か、希望か…。
大和の背中で涎を垂らしながら眠る銀髪の少女。
濡れた肩を見て、大和は顔を歪めるが、少女を起こそうとはせず、黙々と歩き続ける。
大和が足を運んだ商店街。
ショーウィンドウの窓は全て割れ、地面だけでなく壁や扉のいたる所に血痕が付着している。店内は荒れているが、商品が残っていることから、その犯人が泥棒ではないことは一目瞭然だった。
大和は小さな店で缶詰を手にし、肩に顔を乗せて気持ち良さそうに眠る少女の顔を交互に見ながら、4つの缶詰をポーチの中にしまう。
店内には、様々な缶詰がまだまだ転がっているが、大和が拾ったのは4つのみ。先の生活を考えていないのか、もっと食料が手に入る場所に行くまでの繋ぎなのかは定かではないが、大和は顔を歪めながら店から出て、次の店へと移動した。
「う……ん?」
「疲れてるだろ。まだ寝てればいい」
「置いて……いかないでね」
「俺が守ってやる」
大和の背中で寝ている少女の名前は、小雪。
その名前に相応しい鮮やかな白髪が特徴的な女の子。
大和は母親が病死してから、父親も家から出て行ってしまった。
ALSが発症する前から剣術を学んでいた大和は、父のように剣術で世界に名を馳せれば再会できると信じて、ALSが発症しても木刀を振り続けた。
その当時は完全な治療法はなく、人工呼吸器を使えば延命もできるが、大和は『体が動かしづらいのは、自分の練習が足りないから』『延命なんかしても、お父さんと会えない』と口癖のように言って、明日くるかも分からない死と闘い続けていた。
ある日――大和は父の死体と再会した。
父親の研究仲間であった男性に父親のことを聞かされ、自分は棄てられてわけではなく、自分のために出て行ったことを知る。
母親は命が尽きる瞬間まで大和を気にかけ、父親も命を狙われていると知りながら治療薬の開発することを止めなかった。
一緒に居る時間は短かったが、大和は両親から愛されていた。
小雪も大和と同じで両親が再婚して育った少女。
しかし、父親は自分の子ではないからと、小雪の口を布で塞ぎ、激しい暴力を振るい、嘔吐しても、血を吐いても殴り蹴り続けた。
母親は父親に棄てられるのを恐れ、始めは見て見ぬふりをしているだけだったが、いつしか母親も小雪に暴力を振るうようになった。
日々の暴力か、小雪の精神異常かは定かではないが、ある日を境に小雪の足は機能しなくなったが、病院には連れて行ってもらえず、両足が動かなくなったことで起こる問題から、両親の暴力は酷くなった。
ある日――ウイルスが蔓延し、化物が人間を襲うニュースが流れた。
両親は荷物を纏めて、小雪を置いて家から出て行き、残された小雪は自分の足が動かせるようになったことに気付き、自分の両手を縛っていた縄を、歯茎から血が出ても噛み続け、自力で脱出。
家の中に両親が居ないことを確認し、外は危険だと知りながら、まるで何かから逃げるようにして、自分の家を跳び出した。
一緒に居る時間は短かったが、親から愛情をもらっていた大和。
一緒に居る時間は長かったが、親から愛情をもらえなかった小雪。
この話を聞かされ、大和が何を思ったか…。
小雪は何を思い大和と一緒にいるのかは分からないが、2人の行動と言動から、互いに必要としていることだけは明確だろう。
§ § §
太陽が沈む時間――。
大和は山の麓に流れる川へと来ていた。
「小雪。起きろ」
「う~ん。あれ? ここは……どこ?」
「ここで体を洗え」
大和の背中から降りた小雪は、大和の顔を見ながら、体をもじもじさせる。
それを見る大和は首を傾げながら、小雪の顔を見つめ続ける。
「あの……お洋服脱ぎたいの」
「脱がせてほしいのか?」
「そうじゃなくて……あっちのほう向いてて」
「あ、そういうことか」
大和は小雪に背を向け、河原の石に腰を下ろすと、自分の前に持っていた刀を置く。小雪は服を脱ぐと、ゆっくりと川へと足を進め、しゃがんで肩まで浸かると両手を動かし始める。
しかし――ここで1つの問題が起きる。
「溺れてないか?」
「うん。ちょっと背中が洗えないだけ」
小雪は体の後ろに手を伸ばすが、届くのは腰の位置まで。
そこから肩甲骨がある上部へと手を伸ばそうとしているが、体が硬いのか手が届かずにいた。
「あ、まだ見ないで!」
「小雪。背中を向けろ」
小雪は大和に背中を向けて立ちあがると、大和は小雪の背中を撫でながら、汚れを洗い流していく。
「……っ!」
「これは……痣か」
それまで大人しかった小雪の体が突如震えだす。
「汚い体で……ごめんね」
大和は手を止め、自分の上着を脱ぐと、小雪の両肩を掴んで振り向かせると、小雪は目を大きく開き、大和の体を見ながら口をパクパクとさせ続けた。
「……大和兄ちゃんも?」
「汚い体で、すまんな」
大和の体にある傷跡。
その数は小雪の2倍以上はあり、傷跡の中には縫合跡まである。
その傷跡を見て何を思ったのか、小雪は大和の傷跡を手で撫でながら、両目から小さな雫をポロポロと流し始めた。
「安心しろ。俺が傍に居るかぎり、小雪には辛い思いをさせない」
「おねしょしても……殴らない?」
「拭けばいいだけだ」
「泣いても……蹴らない?」
「笑いたいときに笑う。泣きたいときに泣く。感情を持つ者の特権だ」
「…………信じてもいいの?」
大和は口を閉ざし、そっと小雪の小さな体を抱き寄せる。
小雪の背中に回された大和の腕。そして――大和の首の後ろに回された小雪の腕。
ひぐらしの大合唱。
気分を落ち着かせる川のせせらぎ。
そして――その2つを遮るように響く声。
目を閉じながら微笑む大和と、涙を流し続ける小雪。
2人の耳には、どの音が木魂しているのか――聞くまでもないだろう。
§ § §
その日の深夜――。
大和が『拝借しただけ』と言いはる、商店街から持ってきた白いワンピースに着替えた小雪はハンモックで寝ていた。
大和は小雪が残したコーン缶を食べながら、新聞を読んでいた。読み終えたであろう新聞紙を焚火の中に放り込み、新聞を全て焚火の中に放りこむと、小雪を持ち上げて、ハンモックを取ると、小雪が落ちないように自分の背中に結ぶ。
軽くジャンプして、小雪が落ちないことを確認すると、大和は刀を抜き、刀身を河原に沈めた刹那――河原の周囲に生えていた木が一斉に倒れる。
「隠れてないで出てこい」
人の声は聞こえない。
しかし、切り倒された木々を踏みしめる音は、大和達へと近づいていた。
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