No,28 Ploy of childhood friend Butler.Ⅲ

「グスッ」

 ロドルがうすら目を開ける。アルバートはポンとロドルの頭に手を置いた。

「起きたか」

「……どこにも行かないで。僕のそばからいなくなっちゃいや……誰もどこにも行かないで……僕が悪いの知ってるから……僕を置いて行かないで」

 何の夢を見ていたのか。

「……あるばーと……」

 ロドルはろれつが回らない口調ながらこう言った。涙で腫れたせいだろうか。潤んだ目がぼんやりと開く。

「――君だけはどこにも行かないで」

 一瞬だけ、彼の左眼が赤かった。

「おまっ」

 アルバートはすぐに声をかけたが、彼はもうすでに夢の中。

「どういう意味です?」

 オーナーが聞く。アルバートは頭をかいて答えた。

「昔の話だよ」



 君が彼女の所へ行って

 僕のことを彼に話したと言った

 君が遠くに行ったのは

 彼女に会うためだったろう


 僕を置いて行かないで――、そう泣き叫び、あの時自分を頼ったコイツは、その舌の根も乾かぬうちに自分の元から去って行った。コイツはそれを悔いていた。

 俺は「いいよ」と言ったのに。

 お前の夢が叶うんなら俺は喜んで送ったさ。


 そのために君は僕といた

 彼は僕がまだ去っていないと告げた

 彼女がこの件を追求したら

 君は一体どうなるんだ?


 彼女がもし、お前の過去を聞いたなら――。お前は答えなかっただろう。俺だって答えなかった。

 お前が消したい過去を、俺が言えるわけがない。

 だから、俺も言わないよ。この件に関しては、俺は揶揄おうなど思っていないから。決して言わないから。


 僕は彼女に一つやり、みんなは彼に二つやり、

 君は僕に三つ以上くれた

 そんな彼から君に戻った

 かつてはみんな僕のものだったのに


 かつてはみんな自分の物だったのだ。


 もし、僕が君と彼女のまたさか

 事件に巻き込まれるとしたら

 彼は君に彼女を開放してくれという

 ちょうど昔の僕らみたいに


 お前はまた事件に巻き込まれた。原因はお前自身が一番知っている。俺は昔みたいにお前を助けられそうにない。

 お前が撒いた種だから。


 僕の考えでは君こそが

 彼女が君に出会う前までは

 彼とわれわれとその間に

 割って入った障害だったのだ


 俺はアイツを絶対に許さない。お前が許したとしても、俺は絶対に許しはしない。必ず復讐は遂げてやる。


 君が彼女を一番気に入っていたと彼に悟られるな

 というのもこれは永遠の秘密

 他の誰も知らない

 君と僕だけの秘密だから


 お前を殺したアイツだけは――、俺は絶対に許さない。



 こいつのトラウマとやらは、予想以上に根深く、無意識に癒着して剥がせない。それは本能といってもいい。

『絶対に俺はお前の騎士でいるから』

 あの日、誓ったことは今も自分の中にあり、こいつはいつも酒を飲んだ時だけ俺に縋ってくる。そのトラウマと共にあるもう一つの本能は、絶対に俺だけにしか見せない。いつもは主人を馬鹿にして、つれない態度のこいつがただ唯一甘えてくる。だから、俺はそれがトリガーだと知ってこいつに甘えられる機会をあげる為に酒場に誘う。

 酒が最大の弱点であるコイツに――。

「オーナー……」

「なんです?」

「俺はさ、結局のところこいつに依存しているのかな。それともこいつが俺に縋るから俺がこいつに縋っているのかな。こいつはさ、一人じゃ生きていけなくなっちまったんだと思うんだ。強がるくせに孤独が嫌いで、いつも誰かに縋ってる。無意識に『絶対に自分の元から離れない人』を探して縋って必要とする人からは離れられなくて、だから利用されて捨てられる。俺はそれが心配で、でもこいつをあの日守れなかったのは俺の責任だから、ああ、何が言いたいのか分からなくなってきた」

 多分、俺らは共依存している。

「でもさ、それが悪いことは思わないんだよ。俺はこいつの休める止まり木になりたい」

 多分、だからこそここに居るのだ。

「こいつと俺はあの酷い貧民街で一緒に生きてきたんだ。こいつは俺が怪我をしてくれた時介抱してくれたし、俺もこいつが危なかった時は――助けた。あいつがあの『ドアを漆喰で埋めた部屋』を自分の部屋にする理由も知ってる。あいつが人型であの部屋の外で寝ない理由も知ってるんだ」

 アルバートはオーナーの顔を見た。

「俺はさ、結局のところあいつが好きなんだよ。ああ、恋愛感情じゃなくて友人としてね。からかいがいがあるし、惹かれてる。じゃなきゃ千年以上も友達やってない。

 だから、こいつを害する者がいたら取り払いたいし、守ってやりたいの。こいつはね、俺のお姫様だから」

 姫と騎士、俺が昔ふざけてつけたお遊びの名前。それが町中で歩く者の財布を抜き取るスリだとしても――。

 俺たちの遊びはそれだった。

「オーナー、ワインちょうだい。いいやつね」

「かしこまりました」

「俺のお姫様は寝ちゃったしぃ」

 アルバートはぐっすり寝ているロドルの頬っぺたを突いて遊んでいた。全く起きる気がない。

「本当に仲がいいですね」

「だろー?」

 この後アルバートは更にロドルをいじくりまくり、目を覚まさないのを良いことに顔に落書きしたりしていた。

「いひゃい……」

「お、目ェ覚ました……か……――え」

 そして、目を覚ましたロドルに半殺しにされた。

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