No,25 Director of name called mastermind.
「……ス、ァ……ス」
誰かが呼んでいる。なんて言っているの?
はっきり聞こえない。私はなんて名前だっけ。誰かの声は私を呼んでいるようだ。
「……ンス」
アリス、でも私の名前は――。
「デファンス!」
「ひやぁっ!」
「やっと起きましたか、デファンス様。僕ずいぶん前から起こしていたんですよ」
デファンスは布団を上げて、自分の顔を覗き込む男を見た。彼は真っ黒な燕尾服に身を包んだ若い少年のような幼顔の男。紛れもなく自分の執事。
「ロドル、左眼が黒いわね」
「僕の左眼はいつも黒いでしょう」
ロドルは呆れたような顔をする。ロドルはテキパキとデファンスの身の回りのものを片付けていた。
「デファンス様、いつの間に寝てしまわれたのですか? おやつの時間は過ぎてしまいました。僕、何度も呼んだのですよ?」
ロドルは胸元から懐中時計を取り出す。確かに時間は過ぎていた。
「……不思議な夢を見たわ」
「へぇ。どんな夢です?」
ロドルは手を止めてデファンスの話を黙って聞いていた。
「貴方が白いうさぎで、私は不思議の国で冒険した。チャシャ猫はニヤニヤ笑うネーロで、帽子屋は教会のクローチェと三月うさぎはクレール、眠りネズミはエルンスト。公爵夫人はパッセルで、赤の女王はお母様。寝てばかりいる赤の王はお父様。使用人のジャックは裁判中も寝てばかり。その中で私はアリスとして色んな所に行った――」
デファンスは途切れ途切れしか覚えていなかった。最後に何があったか――、何故か覚えていないのである。
ロドルはクスリと笑う。
「なかなか楽しそうな夢です」
その時だった。
「デファンス様ッ! ……ここにいたんですね、デファンス様。ゼーレ様がお呼びです。お急ぎください!」
入ってきたのは一人の使用人の男だった。彼は真っ白い手袋をしていて、デファンスを優しく立たせ急かした。デファンスもあわあわしながらそれに従う。デファンスはロドルを見たが、ロドルはデファンスについていく様子はない。こんな時、執事は主人について案内するのが決まりだが、元々主人に謀反的な彼のことだ。ついていくかは彼の気分次第。
「いつもの部屋でございます。では、俺はちょっとコイツに用があるので失礼します! では!」
使用人の男はグイッとロドルの腕を掴んで溢れんばかりの笑顔を向けて見送った。ロドルは少しため息混じり。
「え!? あっ、ちょっ」
「こっちでございます、デファンス様」
代わりのものがデファンスの案内をする。使用人の男とまだ腕を掴まれたままのロドルはその場に残される。
「で」
ロドルは持ち上げられたままの腕を振り払いながら言った。不機嫌そうな顔でぶっきらぼうに。
「少し強引な方法で僕とデファンスを引き離した……その理由はなんだ。――アルバート」
「いやぁ。お前の演技もなかなかだったけど、俺の演技もなかなかだろ?」
「……まぁいいよ」
ロドルはため息をつく。演技なら、自分のことをコイツと呼ばないで欲しい。自分のことをこの城の中で敬語も使わずそんな呼び方をするのは、コイツぐらいだ。
まぁ、そんな事はいい。
「人払いの陣はもうすぐ効力を無くす。警備兵はもうすぐ平常に機能し始める」
城の中に傭兵が誰もいなかった訳。
「あらかじめゼーレ様にデファンス様の用事を取り付けさせた俺の功績を称えろ」
デファンスが部屋から急かされた訳。
「デファンスが目を離した隙に、お前からもらった薬を紅茶に入れた僕のテクニックを褒めて欲しい」
例のチラシを使って執事は主人に薬を盛る。チラシに注目している間にすかさず。
トランプゲームのイカサマよりも簡単だ。
「お前の衣装、全て俺持ちで買ってきて裁縫したのは俺なんだからな。採寸とかぴったりだっただろ」
なぜ自分の採寸を正確に知っているのか、というのは置いておく。答える気はないだろうし聞きたくもない。
それこそおぞましい。
「ありがとう」
「どうも」
アルバートはロドルの真顔に慣れた様子で頷く。全ては台本の上の戯曲。全てが手筈通り。演じられた紙の上。
「お前、服は?」
「さっき着替えてデファンスのベッドの下だ。それにしてもアルバート」
なんだよ、とアルバートが聞く。ロドルはクラッと目眩がするのを堪える。
「……この罰ゲームキッツイ……」
「そうかぁ! そうだったかぁ!」
ロドルは地面に屈するように跪く。アルバートは満足とばかりにロドルの頭をベシベシ叩いた。
「もう嫌」
主役は白うさぎ、ヒロインはアリス。
演出者は紙の外。演者はたったの二人だけ。白うさぎは演じ切る。どんな理不尽である台詞だろうと、この世界において台本は絶対なのだから。
遊び半分の
嵌められた、イカサマゲームの為に。
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