No,23 Alice of evidence and the mastermind.Ⅰ

「あひゃっ!」

 アリスはびっくりして立ち上がった。その勢いでアリスの近くに座っていた小動物たちをなぎ倒してしまう。

「あっ、ごめんなさい!」

「なにするんだ!」

「ごめん! わざとじゃないの!」

 金魚鉢をひっくり返したみたいだとアリスは思っていた。

「陪審員がしかるべき場に戻らない限り裁判を再開することはできない。――全員だぞ」

 落ちてしまった動物たちを椅子の上に戻してスカートを払う。トカゲが一匹逆さまでカップに突っ込まれていた。

「早く証言したまえ」

「貴方に言われなくともするわよ」

 白うさぎは不機嫌そうにモノクルを指で押し上げた。今度は落とさなかったよう。

「さて、君はどこまで話を知ってる?」

「いえ何も知らないわ」

 知るはずがないじゃない、とアリスは考える。

「なにも?」赤の王が念を押す。

「ええなにも」

「本当に?」白うさぎが聞く。

「本当になにも知らないわ!」

 白うさぎは何故かため息を吐いた。

「……役立たず」

 一瞬白うさぎの赤かった左眼が黒く染まった。

 ――ような気がした。

「どうします、陛下」

「どうもこうもお前がどうにかしろ」

「……分かりましたよ」

 白うさぎはそう言いながらも顔に「嫌だ」と書いてあった。分かりやすすぎるだろう。少しくらい隠せばいいのに。

「陛下、僕の元に証拠がございます」

「ほう?」

「小さな紙切れです。囚人が書いたものだと思われますが、いかがなさいますか」

「なにが書いてある?」

「まだ開けていませんので。ですが、どうやら手紙のようです。おそらく囚人が誰かに宛てて」

 白うさぎと赤の王が会話する。

「宛名はあるのか? 無ければ誰に宛てたものでもないかもしれない。珍しいことではないな」

「ええ。宛名が全くないのです。外側にはなんにもないのですよ」

 そう言いながら白うさぎはそれを開いてこう答えた。

「あー、やっぱり手紙ではありませんでした。詩です」

「囚人の筆跡?」

「それが違うみたいなんですよ。それが一番の謎ですね」

 アリスももちろんだが、陪審員全員が不審そうな顔をしていた。囚人の筆跡ではない手紙など、そんなものは証拠ではない。そもそもそれは証拠ではないのである。

 アリスは「それは証拠ではないのではなくて?」と聞きたかったが、どうやらそう言える雰囲気ではない。

「誰かが囚人の筆跡を真似たのだ。そうに違いない」

 赤の王が眠そうな目で告げると、陪審員の顔が明るくなった。納得のいく話だと分かり、白うさぎの話に耳を傾ける。

「お願いです、陛下。私は書いておりませんし、なにより自分が書いたと証明出来ないではないですか。最後に署名もありません」

 ジャックは繋がれた鎖でガチャリと音を立てる。白うさぎは小さな声で制する。人差し指を口の前に「シー」と呟く。

「署名しなかったのなら尚悪いではないか。お前は何か企んでいた。お前がもし正直者なら署名があったはずだ」

 赤の王の声に拍手が上がる。白うさぎはヴァイオリンを一節弾いた。その調べは確かに上手だったが、アリスは白うさぎの「どうだ」という顔が鼻につく。

「これで有罪確定じゃない!?」

 赤の女王が嬉々とした声を上げる。

「そんなの全然証拠にならないじゃない! 中身もまだ見ていないのに!」

 アリスが叫ぶ。

「読み上げろ」

 赤の王が告げると白うさぎはモノクルの曇りを服で拭ってかけ直した。

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