No,22 White Rabbit can not blow the trumpet.Ⅱ

「……帽子屋、入れ」

 周りの家来に押され入ってきたのは帽子屋だった。帽子屋が被る帽子には値札が付いている。

「帽子を取ったらどうかい、帽子屋」

 白うさぎは帽子屋を見て一言。帽子屋は紅茶のカップを持って慌てた様子。ガタガタと振るわせて紅茶が零れてしまうのを厭わずに。白うさぎはそれを一瞥する。

「カップを下ろしたらどうか。今までお茶会をしていたわけじゃあるまいし、身なりを整えろ」

 白うさぎは少しイライラした口調だ。

「……すみません。お茶を飲んでいたから、そのまま来てしまった。この帽子は外せない。これは俺のものではない」

「そうか。君のものではないんなら、誰の帽子だ?」

「これは商品です。私は帽子屋です。帽子屋とは帽子を売るものだ。だからこれは俺のものではない」

 アリスは思っていた。

 白うさぎの性格がさっきと変わっている。さっきはナンパな優男。今はイライラした沸点の低い男。裁判官には向かない、そんな性格になっている。

「まぁいい。お前の証言を聞きたい」

 ――どちらか問えば、どうやらロドル自身の性格だ。

「証言と言っても何もない。俺はこいつらとお茶会をしていたんだ。だから何も知らない」

 こいつら、帽子屋が指差す先には三月ウサギと眠りネズミがいた。二人は帽子屋の言葉に同意する。

「いつから始めたんだ?」

「お茶会は終わっていたはずだが」

 前の台詞を白うさぎ、後の台詞は赤の王が続ける。帽子屋がそわそわ落ち着かないのをアリスは見ていた。

「答えろ。答えなければこの場で処刑する」

 白うさぎが冷酷に告げる。帽子屋は三月ウサギの方を見た。三月ウサギは腕を組みながら後から付いてくる。

「確か、三月の十四日」と帽子屋。

「俺は十五だと思う」と三月ウサギ。

「十六です」と眠りネズミ。

 三人とも証言がバラバラだ。これじゃ裁判には使えない。

「まあいい」

 白うさぎは赤の王に視線を合わせる。赤の王は陪審員の方へこう命令する。白うさぎはチラリとアリスを見た気がした。

「書き留めておけ」

 アリスが陪審員の方を見ると、陪審員が十二人いた。陪審員はしきりに石板になにかを書きつけているが、石筆を使っていた。その石板と石筆がキイキイ軋ってうるさい。

「うるさい! あー、もうあの音どうにかならないの」

「静粛に」

 アリスがそう嘆くと白うさぎの声が飛んできた。

「帽子屋、早く証言してくれたまえ。でなければ、ここの場で処刑させる」

 赤の王は眠そうに欠伸をしながら告げる。赤の王は帽子屋のその後の言葉を急かす。帽子屋も赤の王にそんなにけだるそうに裁判されてはたまらない。案の定縮み上がっている帽子屋を白うさぎはちらりと見てため息をつく。

「もういい、下がれ」

 白うさぎがそう命令する。アリスは赤の女王が白うさぎにこう耳打ちするのを聞いた。微かな声だったが、その瞬間妙に法廷が静かだったのでアリスの耳にも聞こえたのである。

「さっきの帽子屋、後で追いかけて打ち首させよ」

「ええ。でもいいんです?」

「構わないわよ」

 白うさぎは赤の女王の命令を受けて素早く帽子屋の後を追いかけたが、あれではもう追いつけないだろう。白うさぎは出て行ったあとすぐ帰ってきて裁判を再開した。

「続きを」

 白うさぎは巻物を広げて読み上げる。アリスはその時、次に来るのは何かと待ちわびていた。まだ一人目。しかも証拠が何一つ出ていない。

 証拠を誰が出すのか、これからが見ものだ。

「次の証人を」

 だが、アリスのそんな期待は白うさぎの一声によって打ち砕かれる。彼はこう言った。一人証人を抜かして……いや、この物語ではその抜かされた証人が大した役ではなかったからだろう。その辺りは大人の事情で割愛する。

 白うさぎが次に呼んだ誰かの名前。それを聞いたアリスの素っ頓狂な声が法廷に響く。見えた白うさぎの顔はニヤリと笑っていた。その反応を知っていたかのように。

「アリス!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る