No,21 White Rabbit can not blow the trumpet.Ⅰ
「これより、罪人ハートのジャックを裁き罰する処分をわたくし白うさぎが執り行います」
息を整えながらアリスは椅子に座っていた。ジャックが中央で鎖に繋がれ兵隊が二人、傍に控えている。その彼の前に赤の女王と、隣に見たことがない男。彼は机に伏せて眠り込んでいる。アレが白うさぎがしきりに言っていた「赤の王」だと分かったのは、女王と同じ赤い服を着ていたからである。
アリスは裁判所に迷わずついた。
広い城内迷うのは当たり前だと思っていたのだが、何故迷わなかったかというと各所に案内の看板があったからである。アリスは怪しみながらそれに従った。
すると着いたのである。
決して法廷の真ん中にあるテーブルに乗ったタルトの匂いに釣られたわけでは無い。
「誘導された……そう思うのは変じゃないわね。私は誘導されたんだわ」
おそらく黒幕はアリスを裁判所に誘導した。アリスが白うさぎ書きかけた文を読んでここに来るのは想定済み、いや誘導ということだ。これも黒幕の作った台本だということ。
「陛下! 起きて下さい! 後で何時間でも寝ればいいですよ、ですから今は起きてください!」
「お前……裁判の時はやたらと元気だな……いつもはヘコヘコしているくせに」
「僕のことはいいでしょう!? もう、あぁいいです! 本当は嫌ですが、僕の血でもなんでも終わった後に飲めばいいじゃないですか!」
「お前の血はまずそうだ」
「ええ! そうでしょうとも!」
白うさぎは顔を真っ赤にして陛下を起こそうとしている。赤の王か顔を上げた時、アリスは驚いて思わず「あ!」と声を上げてしまった。
「俺は眠い。裁判だ、お前がやればいいじゃないか」
赤の王――、それはリアヴァレトの魔王であるゼーレだった。赤の王は眠そうにあくびをする。
「陛下の言葉がなきゃ裁判を終えられないんですよ!」
白うさぎは敬語を保っているが怒鳴っている。赤の王はやれやれと呆れ顔だ。白うさぎの心労、お察しする。
「……えっーと、白うさぎさん。そろそろ裁判を……」
白うさぎはお付きの男にそう言われやっと書類を読み始める。そして懐から金に光るトランペットを取り出した。
その瞬間だった。
「来るぞ、来るぞ」
「下手っぴ」
「いつも音が飛んでるんだ」
「おい、聞こえたらお前も打ち首」
「女王よりも怖い怖い」
「でも下手っぴ」
アリスが座る椅子の下の方から聞こえた。甲高く小さな声だ。アリスが下を覗くと小さなネズミやヘビやトカゲやら他にもいろんな動物が耳を押さえて囁いていた。
「……君たちは何?」
「お嬢さんも耳を押さえた方がいい。うるさい音か、音が出ないかどっちかなんだから」
「え?」
「早く」
白うさぎの方をちらりと見ると白うさぎが長い巻物を戻して読み上げている。トランペットは彼の左手に添えられている。気がつくと周りのみんなが耳を塞いでいる。
「よって、罪人ハートのジャックを裁判にかける」
そして白うさぎはトランペットに口をつけた。アリスは皆の言う通り耳を塞ぐ。
「……プヘッ」
聞こえてきたのは間の抜けた音だった。
「今日は音が出ない」
「いつも下手っぴ」
「馬鹿、聞こえたら打ち首」
白うさぎは何もなかったかのようにトランペットを懐に戻した。裁判所は沈黙している。白うさぎはため息。
「……だから、言っているんだ」
白うさぎはギロリとお付きの男を睨んだ。
「……僕はトランペットが吹けない。だから毎回言っている。代わりにヴァイオリンを貸してくれと。あぁ、モダン・ヴァイオリンではなく『バロック・ヴァイオリン』で」
その細いこだわりはなんだ。貴族様か。
「お前はタルトを盗んだか」
「……」
「そうなのか?」
「……」
「答えたらどうなんだ」
白うさぎは尋問する。だが、ジャックは何も答えない。女王の前で自身への命令である「喋るな」を突き通すつもりのジャックは、白うさぎの言葉に耳を貸さない。
「ではこうしよう」
白うさぎはパチンと指を鳴らした。
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