No,20 Alice goes to the court of justice.

 僕から離れたらトランプにされる、白うさぎのセリフはあながち冗談ではなかったらしい。

「白うさぎさん。今日は何時からアレで何時からソレで……」

「ん? あぁ、僕ちょっと忙しいから後にしてくれるかな。ほら、この子、僕の部屋に連れて行かなくちゃならない……からさぁ」

 ニコッと笑って白うさぎは通り過ぎたが、確実に『からさぁ』の声のトーンが低かった。要するに『邪魔するんじゃない』という言葉を含んで威圧しながら進んでいるのである。

 周りの顔が若干青ざめているのが時々見えた。

「あの! 白うさぎ……あの人たちは何を思って私を何だと思ったのかしら」

「さぁね。僕のとでも思ったんじゃないのかな。詳しく聞いてその辺をハッキリさせてみようか?」

「……いいです」

 そう? と白うさぎは首を傾げた。

「公爵夫人は随分前の階段登って行ってしまったから、僕とだいぶ歩いているけど僕の部屋はちょっと先なんだ。それまで手でも繋いでおこうか」

 白うさぎはアリスの手を強引に引っ張る。

「へぇっ! あっ!」

「うん。これなら次なんか来ても僕の側から離れないし、君がトランプになる事もなくなるよ」

 アリスは右手を握られ、白うさぎはしばらく立ち止まっていた。

「あ。……お姫様抱っこで僕が運んだ方がアリスは歩く必要ないし、絶対離れないけど……アリスはそっちの方がいい?」

「……っ! いいですっ! 手でいいから!」

「そう? じゃあ行こうか」

 白うさぎの紅い左眼がキラッと光る。

 なんだ、これ。なんで私だけが緊張しているんだ。この白うさぎは素でやってのけているのに、なんで私だけがドキドキしなくちゃならないんだ!

「大丈夫? 頬っぺた、リンゴみたいに真っ赤で可愛いよ」

「……っ! 黙ってて!」

 白うさぎは一瞬びっくりした顔をしたが、すぐにいつものフワッとした笑顔に戻った。

「アリス、ここが僕の部屋だよ。僕が裁判している間だけここを使ってくれていい。すぐに裁判は終わるはずさ。あの気まぐれ女王はいつも証人の言葉なんか聞かず、打ち首の判決を下すんだから今日も打ち首さ」

 最後にブラックなことをさらりと告げてから、白うさぎはアリスの前から足早に立ち去った。パタパタと走る音がする。懐中時計のカチカチと耳障りな音も段々遠のいてやがて消えた。

「……やっと行った」

 なんなんだ、あの白うさぎ。

「……心臓にわっるい」

 まだドキドキしている。アリスは深呼吸して気を落ち着けようとする。すー、はー、すー、はー。

 白うさぎが裁判している間、彼はこちらに来ないはず。それまでここで休んでいよう。ここは城の中の白うさぎの小部屋。城に入ってだいぶ歩いたし、人は入ってこないだろう。

 それにしても――。

「あいつ『可愛い』って何回言うのよ……」

 ロドルなら絶対言わない。主人を見下して馬鹿にするようなことを平気で言うようなやつだ。絶対可愛いなんて言わない。白うさぎがロドルと全く違う他人か、彼が成りすまし他人を演じていない限り。――そんなこと彼は言わない。

「……ふぅ。暇ね」

 アリスはぐるりと部屋を見渡した。白うさぎの部屋はさほど広いわけではなかった。屋根裏部屋というような、どちらかというと粗末な部屋である。

 本棚には本がギッチリ、机の上には薬品が沢山。万年筆が置いてあり、羽ペンも近くに置いてある。インク瓶は綺麗に並び、近くに小さな染みがある。書きかけの書類には今日裁判される者の名前と罪状が書いてあった。


『ハートのジャック、タルトを盗んだ疑い。今日午後三時から午後五時まで』


 アリスは机に置いてある白うさぎの時計をちらりと見た。今の時間は午後二時五十分。あと十分ぐらいで裁判が始まる。おそらく、白うさぎはこれに出る。そこにはあの使用人のジャックがいる。あの時白うさぎと女王の口論に巻き込まれていた私を助けてくれたあのジャックの裁判――。

「急がなくちゃ」

 アリスは白うさぎの言いつけを無視して走り出す。

「早く急がなくちゃ」

 助けてくれたお礼をしなくちゃ。その前に彼が処刑されたらたまらない。どうにかして助けなくちゃ。

 ――あの、白うさぎの魔の手から彼を救わなければ!

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