No,13 Grin even cats without leaving disappear.

「白うさぎ、公爵夫人の裁判はいつ?」

「今日の午後でございます。女王陛下」

 あと、先ほどの会話から分かったことがあるのだが、まぁ溜め込むのも良くないし言っておこう。

「先ほど僕がやつの牢に行った時はとても元気そうにしていたので、残飯投げつけて『牢から出たいなら僕の靴を舐めたらどうかい』と罵ってみたんですが、その時の彼女の顔がとてもとても面白くってですね。僕、なんかゾクゾクしちゃいました」

 白うさぎがサディストでしかないし、ゲスいし、クズ野郎だということだ。なんか歯止めというかブレーキが全くかかっていない。まさに自制というのがない。元々公爵夫人に対して扱いは酷かったと思うのだが、更に酷くなっている。

「いやぁ、あの。――堪らない」

 これ以上は白うさぎの顔が見られない。

 なにか、なにか、危ない扉を開けそうな気がする。アリスは白うさぎから半歩離れた。

 そういえば初めから白うさぎは性格がコロコロ変わっていた。それが今の性格の一つなのだろうか。

 それであってほしい。

「あ、お嬢さん、公爵夫人を殺すのに少し手続きがあるんだよ。証人を探さなければ。僕はすぐにでも殺りたいんだが、そうもいかないんだよ。色々と難しい事情があってね。だから――」

 白うさぎはアリスの前に音も無く立ち、こう言った。ユラッと彼の髪が揺れて影が彼の顔を半分ほど隠す。あの台詞の後だ。

 かなり怖い。

「お嬢さん、僕の言う通りの台詞を吐く都合のいい証人をやってくれないか? お願いだよ」

 ニコッと笑う彼の顔はかなり怖い。

 白うさぎではなく赤うさぎに改名した方がいい! 必ず!

「白うさぎ。それより、チャシャ猫をここに呼んだ方がいいわよー。それの方が手っ取り早くない?」

「そうですか?」

「そうよ。公爵夫人の猫を連れてきた方が話も早く進むでしょう。ほら、さっさと連れて来て」

「……女王が言うなら連れて来ますよ」

 そういう彼の顔は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。かなり嫌なんだろう。その後女王に聞こえないように小さく舌打ちをした。そんなに嫌か。

「女王陛下ぁーっ! すぐ連れてくるので、そこで大人しくしていてください」

 白うさぎは丘をぴょこぴょこと駆けて行った。段々とその姿は小さくなり、そして見えなくなる。

 残されたのは赤の女王と、アリスと、使用人のジャックだ。赤の女王はトランプ兵と話し始めた。アリスはジャックをちらっと見たが、彼は寝ている。少し暇になってしまった。そう思った時だった。

「……アリス」

 声がした。キョロキョロして見渡すと声の主はまた声をかけた。

「……ここだよ、でも聞こえないふりをしな。俺が女王に怒られるから」

 声の主は隣にいた。

「ジャック、貴方喋れるの?」

 思わずそう聞いてしまったが、よくよく考えれば女王に喋るなと言われたということは、以前は話せていたということだ。彼の声は案外低くとても小さい。それは女王に聞かれると怒られるから小さいのかは分からなかったが、なんだか落ち着く優しい声だった。

「白うさぎはすぐ帰ってくるよ。チャシャ猫は彼がもう捕らえて近くに縛ってあったはずだ。だからすぐ来る」

「……どうしてそんなこと知っているの?」

 彼の予想は的中していた。

「女王陛下! 連れてきましたとも!」

「遅いいぃ……誰かこいつの首を刎ねよ!」

「女王、僕は最短で連れてきたはずなのですが」

 白うさぎはいつの間にか私達の目の前にいた。いつ走ってきたのか、全く分からなかった。

 チャシャ猫は首に枷をつけられており、手もしっかり拘束されていた。それをジャラジャラと重そうな鎖と共に引き摺っている。

「ハハッ、さっさと歩けよ」

 白うさぎは乾いた笑い方をする。お前は魔王か。

「女王陛下ぁ、僕が今ここで殺っても文句は無いですよね」

「白うさぎぃー、さすがにアウト〜。城に戻ってからね」

 城に戻ったら命は無いのかよ。

 アリスはあわあわと彼らの話を聞いていた。逃げたい。今すぐに逃げたい。だけど、ここで逃げたら打ち首なのだろうか。それだけは嫌だ。

「お嬢ちゃん、ここから逃げたい? 俺を助けてくれりゃ、お嬢ちゃんも助けてやろう」

 白うさぎや赤の女王から半歩離れたそんな時だった。私は何かに躓き、尻餅をつく。ふわふわと柔らかいものに触ってそれがクッションとなって怪我はしなかったのだが。

 それはチャシャ猫だった。

「……どうやって?」

「俺が姿を消せばいいのさ。お嬢ちゃんも見ただろう? 助けてくれれば、お嬢ちゃんも助けてやるよ」

 アリスは首を傾げた。確かにチャシャ猫は姿を消せるけど、なら何故白うさぎに捕らえられている時に逃げなかったのだ。

「なんで、白うさぎに捕らえられている時に逃げなかったの? それならこうならなかったでしょう」

「お嬢ちゃん。頭は良いけど、頭が硬いね。理論じゃ腹は膨れないよぉ〜。俺はお嬢ちゃんをこの場から逃がしてあげようと思ってあいつに一芝居打ったのさ。わざと弱々しく従っているふりをしてね。あいつは自分より下のものを見下すのが好きなのさ。性格悪いだろう? ほら、あいつが赤の女王と口喧嘩をしているうちに早く俺に掴まって」

 アリスは言うとおりにした。チャシャ猫のそのふわふわとした柔毛の腕を掴み、自分のエプロンスカートを押さえる。

「それに、お嬢ちゃんを俺が助けたいのはちょっと忠告をしたいからなんだよ」

「忠告?」

 チャシャ猫はニヤリと笑い、徐々に徐々にミルクが紅茶に解けるように段々と消えて行く。

 空気に混ざるようだ、とアリスは思った。

「なんてこった! チャシャ猫が消えて行く!」

 白うさぎがそう叫んだ時にはもう彼らの姿はない。

 赤の女王は白うさぎに向かって「こいつが悪いのだから白うさぎを捕らえろ」と命令を下した。

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