No,10 Depending on feeling of the Queen of red.Ⅰ

 頭がズキっとする。気づくと仰向けになって倒れていた。白うさぎの家など見えない。そして家の中でもなかった。

 そこはバラ園だった。レンガの石畳は規則正しく並び、そこをバラ園が取り囲んでいる。石畳の先に見えるのは真っ白なお城。屋根は赤いレンガで、それが真っ白な壁によく映えている。

「綺麗な城……」

 私が住むレウクロクタ城は全壁高い塀に囲まれた、いわば要塞っぽい造りになっている。魔王であるゼーレの神経質なほどに守りに固い造りは、外から城を眺めることを許さない。

 だから、こう――開けたところにある城は絶景だ。

「うーん、空気も美味しい」

 メルヘンというか、ロマンチックな城だった。バラ園の向こうに純白の城。何故、白うさぎの家から別の場所にあるのか気には止めたが、不思議と疑問はなかった。もう慣れてしまったと言ったほうがいいかもしれない。それに私は何をしていたんだっけ?

 とりあえず、どこかには行かなくちゃ。

「きっとこんな城に住んでいる人ですもの、素敵な人に違いない」

 弾むスキップは軽やかに。

 デファンスは景色を楽しみながら、城へと進んでいった。

 しばらく歩くと、バラ園の一角に人だかりができていた。集まっているのは人ではない。トランプのカードを貼り付けたような体をした、トランプ兵だった。

「おい! 五のやつ、俺をペンキだらけにしよって……ただじゃおかないぞ」

「俺のせいじゃないよ、七が肘で押したんだ。それにお前だってさっきから人のせいにしてばかりじゃないか」

「二人ともその調子でお互いのせいにしてくれ。俺には関係ないね」

 三人(?)はそんな責任を押し付ける言い合いをしている。

 よく近くに寄って見てみると、三人はおかしなことをしている。白いバラに色を塗って、赤いバラに見せかけようとしているのだ。地面にはペンキが溢れた跡があり、塗ったのは一目瞭然。

「女王が来たらどうするんだ。お前が打ち首になるんだっけ?」

「バカ言え、あの女王の気まぐれにはついていけない。この前は流れて結果的には打ち首にならなかったんだ」

「へぇ、そうなのかい?」

 女王か。どんな人なのだろう。

 そう思った時だった。

「トランプ兵さん達ぃー、ちょっと何してるのー?」

 声をかけてきたのは女の人だった。

 私はその名前を言いかけたが、多分この今までの流れから考えると私が思い描く人とは別人。今回もそうなのだろう。

 トランプ兵達はビシッと敬礼して、こう言った。

「はい! 女王陛下! 私らは何にもしておりません!」

「嘘だぁー、白いバラに色塗っていたでしょ? 赤いバラ植えるように言ったのに」

 トランプ兵達は顔を青ざめさせ、女王の顔から目を背けた。

 ――聡明な読者様達はこの女王が赤いものが大好きな『赤の女王』だということを知っているでしょう。打ち首が大好きですぐに喚き散らす、あの不思議の国のアリスのお話でも印象的なあの女王様です。ですが、この人がもし気まぐれで少女のように好奇心旺盛な性格であったらどうでしょうか。このお話は『今宵の空へ鐘はなく』のパロディーですので、メインキャストは皆役が割り振り与えられています。もし、もしですよ。この人が赤の女王なら。私は思うのです、こんなことを言うのではないかと。お話の合間にこんなことを差し入れてしまい、申し訳ありません。これもアリスを読んでいると出てくる特徴的な技法ですから。

「白いバラを間違えて植えてしまいまして……」五が言った。

「へぇ」と女王。

「いえ! あの……女王様に隠そうなどは思っていなかったのです」七の台詞。

「ほぉ」と女王。

「地面がペンキだらけなのは、前に来た別のトランプ兵が零したものでして」さっきから他人行儀なトランプ兵の声。

「はぁ」と女王。

 無理矢理にも程がある。さっさと諦めてしまえばいいのに。

 女王の顔色を伺うと、彼女の顔はよく見えなかった。どんな顔をしているのだろう。彼女はゆっくりと口を開けた。

「赤いバラと間違えて白いバラを植えちゃったー? いいよー、いいよー、気にしないで! ちょっとしたアクセントになっていいじゃない!」

 声の正体は、デファンスの母であり魔王ゼーレの妃である――メーアだった。赤いドレスに身を包んだ赤の女王メーアは、ケラケラと笑いながらそう告げた。

「あ、でもー、そこのさっきから人のせいにばかりしてる他人行儀なトランプ兵は打ち首ね! なんとなくむかつくから!」

 気まぐれにも程があるだろ。

 確かにメーアの性格は気分屋で、大抵は笑って見逃すといった感じだ。この世界ではそれが権力ある分タチが悪い。

 すると、メーアは私にやっと気がついた。デファンスの元にずんずん歩いてくる。目の前に止まった時、向こうの茂みからぴょこぴょこ走ってくる影が見えた。

「女王陛下ぁー、僕ずいぶん探しましたよ! 気まぐれに外に出ないでください! 探すの、誰だと思っているのですか」

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