No,5 Duchess is not only murderous white rabbit.
ロドルが走って行った先、確かに一軒の家があった。そこは小さな家で、普通の一軒家だった。公爵夫人、と言う割には家はそんなに立派ではない。
三回ノックをすると中から声がした。「ごめんください」と言うと「はーい」と返事があった。ドアノブを回しドアを開けると包丁が頰にかするか、かすらないかの距離を飛んで行った。
「ヒィッ!」
「あらぁ〜、ごめんなさい〜。あのクソウサギかと思ったものでぇ〜」
やけにそこを強調していたのでここでもかっこをつけておく。
聞き覚えのある声だなと思うとやっぱり声の主はパッセルだった。いつものほほんとした口調が特徴の穏やかなシスターだが、セレネ(私の親友で雪女)によるとパッセルはロドルとはなんだか犬猿の仲のようで、ロドルがパッセルを毛嫌いしているというよりもパッセルから毛嫌いしているそうだ。目を合わすどころか口に『ロドル』と出すだけで嫌な顔をする……側から聞けばどうでもいい他愛のないことで喧嘩しているらしい。つまり夫婦喧嘩は犬も食わない間柄。ネーロの説明はこういうことだったのか。
だかしかし、
「パッセル?」
「ん? 誰のこと?」
やっぱり別人なのか。
なんだか、夢の中に出てくる人物が自分の知っている相手なのに全く別の人生を歩んで全く別の性格をしている、そんな感覚だ。こういうのをなんていうんだっけ、カルチャーショック? パラグラフ? パラドックスだ。
「あのクソウサギはどこに行ったのかしらぁ〜、今日こそウサギ汁にしようと思ったのに」
煮られるロドルを想像すると少しおかしい。別人でも、ロドルに対する憎悪は同じらしい。
「白うさぎはどちらに?」
「クソウサギなら、帰ってくるはずだけどぉ〜、帰ってこないわねぇ〜」
のほほんとした口調は変わらないが、その中には確実にロドルに対する悪意が詰まっている。
私はここにいて良かったのかしら、そう考え始めた。
家の中を見渡すと召使いが料理の支度をしている。しきりに振り替えているのはコショウのようで、既にスープはコショウで黒い。確実に舌やられる。その召使いの下にはネーロがいた。あのニヤニヤとした顔は未だ健在のよう。
「その薄汚い猫はチャシャ猫と言うの」
パッセルがそう言った。
猫か、なんだか猫には見えないけど。
そう思いながらチャシャ猫と言われるネーロに顔を向けると、話しかけてきた。どうやらさっきの話の続きのようだ。
「シシシッ、お嬢ちゃん。着いたみたいだね?」
「ええ、でも白うさぎはここにはいないみたいよ」
「あぁ、そうとも。あいつはさっき夫人がいない間に戻ってきてさっさと出て行ったさ。あいつ、夫人が嫌いみたいだからね」
「夫人も白うさぎが嫌いみたいね」
「だから言ったろう? 犬猿の仲で夫婦喧嘩は犬も食わないと」
「よく分かったわ。貴方、ただ単にことわざを知らないわけではなかったのね」
こそこそ話していたから、少しパッセルにじとりと見られてしまった。慌てて背筋を伸ばす。
「それにしてもご婦人、この辺りを私は知らないから教えてくださらない?」
ただ単に迷いたくなかったのだ。早く白うさぎロドルに会ってこの世界から出なくてはならない。
パッセル夫人は頬杖をついた。
「向こうに城があるわよ〜。あー、でもその途中に帽子屋様の家があるからまたいつものようにお茶会でもしているんじゃないかしらぁ〜」
様付けなのが妙に気になったがそこは置いておく。帽子屋か。どんな人だろう。
「帽子屋さんって?」
「よくぞ聞いてくれました!」
歯切れの良い返し。
「ええっと」
おもわず戸惑ってしまう。
「いつも帽子被っていて、前髪長くて目が見えない。目が見えたとしても目つき悪くて悪人ヅラした人なの〜」
その説明で当てはまる人がいたような、居なかったような。
「はぁ」
「でねでね〜」
長くなりそうだ。ここは早々に引き上げる他ない。
「あの、帽子屋さんのところに白うさぎはいますか?」
切り替える目的でそう聞いた。だが、それはパッセルにとって地雷だったようで、私はその地雷を思いっきり踏み抜いたらしい。
ピキッと確かに聞こえた。
穏やかそうな笑顔がみるみるうちに……変わったのならよかったのだ。それならだいぶ分かりやすかった。しかし、そうでもなかった。口調は変わらず穏やかだった。妙に皮肉が入ったような、穏やかな、けれどもどこか殺気に溢れた、そんな口調と笑顔に変わっていくといった様な。
分かりやすく言えば――怖い。
「あのクソウサギのことなんか知りませんよ〜。私、あの方はどこかで焼かれて死ねば良いと思っているんです〜。ですから居なくなったとなれば、まぁ少し残念ではありますわ。私自ら地獄に送ってやりたかったので」
顔が真顔になったのを見て、一瞬悲鳴を上げてしまった。ロドルはこの人に何をしたのだろう。ほんわかしている人なのだが、ロドルに対してだけ殺意しか感じられない。
「あぁ、ソウデスカ……」
それしか言えなかった。
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