No,4 Grinning laugh cat.

 デファンスはとりあえずトコトコ歩いてみることにした。真っ暗な洞窟のような暗がりはしっとりジメッとしている。

 少し寂しくなってくる。

「なんでこんなところ歩いているのかしら。ロドルも置いて行っちゃうし、歩いても、歩いてもつかないし、どこに行っているのかも分からないし、もううんざり。ロドルは変だったわね。コロコロコロコロ性格が変わっていて、まるで別人みたい!」

 果たしてそれがロドルだったのかは、定かでは無いし考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだ。

「もううんざり!」

 叫んでも反響して声は跳ね返ってくるばかり、なんの音もしない。段々と心細くなってきた。

「シシシッ。お嬢ちゃん、こんなところでなにしてるんだ?」

 ふと見上げるとそんな声がした。

 なんだか胡散臭そうなニヤニヤした顔でずっと、こっちを見てくる――それはネーロだった。ネーロは小ぶりの烏で、よくクローチェの肩に乗っている。何故こんなところに!

「ネーロ!? アレ!? でも今、喋っ――」

「俺はそんな名前じゃないけどな。人違いだろ?」

「いや! えっと……え!?」

 驚いて目を見張ると、ネーロはちょこちょこと歩いてから塀を飛び降りた。

「え!?」

「どうした?」

 塀を飛び降りる間にネーロの姿はみるみる大きくなって、青年の姿になった。背はロドルよりも高い。

「人型っ!?」

「これが俺の本当の姿だけど? どう? ビックリした?」

 ビックリするもなにも、ただの烏が人型になるなんてどういうことなのだ。

「夢じゃない」

 頬をつねると痛かった。

「それよりお嬢ちゃん、あいつに置いてかれたのかい? あの白うさぎ(・・・・)いつも急いでいてさぁ、左眼が紅い……」

 白うさぎ、デファンスはその言葉を一噛み二噛みしてから考えた。白うさぎとはロドルのことだろう。左眼は確かにいつもの傷もあったけど紅かったし。

「うん、多分」

 白うさぎがロドルなら置いてかれたことになるだろう。

「俺あいつ嫌いなんだよなぁ、かといって大っ嫌いではないけど」

「? ……それって同じことでは? 好きではないということよね?」

「いや。好きではないと嫌いは同じことだから全く別のものだ」

 なんだか少し食い違っている気がする。噛み合っているようで噛み合ってない。

「貴方は誰?」

「あれ? 俺知らない?」

 質問しているのはこっちなのに、なぜ聞かれなきゃならないのか。不満そうな顔が露骨に出ていたのか、ネーロは慌てて言い出した。

「俺は公爵夫人に言われてあいつが本当に来るのか見に来ただけなんだけど。あいつ、いつも急いでるからなぁ、見失っちまった」

 ネーロは頭を掻いている。

「俺が怒られるなぁ」

 そろそろ話に出てくるが気になってきたところだ。ロドルの話にも出てきたし、どんな人なのか。

「公爵夫人ってどんな人なの?」

「あー、まぁ見りゃ分かる」

 濁された気がする。

「ロドっ……白うさぎと公爵夫人は仲がいいの?」

 濁されたことにムッとしつつも聞いた。

「いや、ありゃ犬猿の仲だろ。毎日喧嘩して夫婦喧嘩は犬も食わないってか」

 それって全く逆の意味では。

 仲がいいのか悪いのか全く答えになってない。

「貴方はどこに連れて行ってくれるの」

「俺はなぁ、あの白うさぎの監視はするけど案内はしないの」

「監視?」

「俺は俺のためにあいつを監視する。お前もあいつの懐中時計の針になりたいのか?」

 ネーロはそんなことをいう。

「じゃあ、どっちに行けばいいのか教えてちょうだい」

「そんなの自分で決めりゃいいじゃないか。俺の知ったこっちゃないね」

 ムッとしたのは二回目。ネーロはシシシッと笑い続けている。

「確かにそうね。あなたの言うことにも一理ある。でも、私はここに来てまだ数分しか経ってないのだし、地形全く分からない。ここが城の中ならまだ分かるのでしょうけど、ここじゃ北か南かも分からないわ」

 ネーロはニヤニヤ笑いながら、「それもそうか」と頷いた。

「あっち。白うさぎが走って行った方向に向かって進めばいい」

「向こうはなんなの?」

「あっちは城」

 ネーロは私が指した方の逆を指した。

「そうじゃなくて、ロドっ……白うさぎが向かった方です」

「こっちは原っぱ」

「公爵夫人の家ではないの?」

 てっきりそうだと思っていた。

「あぁ、公爵夫人の家もそっちにある」

 なるほど。デファンスはネーロに向かい合った。

「貴方も公爵夫人の家に行くの?」

「そうだ」

「では一緒に行く?」

 デファンスの言葉にネーロはニヤリと笑った。少しその笑顔が不気味だったので、デファンスは顔を引きつらせたのは言うまでもない。

「俺はバカウサギをとっとと縛らなきゃならんのでね。早く行かなきゃならない。ウサギがあの懐中時計を落としたりしたら、今にでもとんでもないことが起きるから」

 そう言うとネーロの姿はどんどん薄くなり煙のように消えてしまった。残るのはあのニヤニヤした表情のみ。またもや暗がりに置いてかれてしまったが、今度は行く道が分かっている。

 真っ直ぐ真っ直ぐウサギよりも早く、ずんずんずんずん歩いていった。


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