No,3 Red left eye of the white rabbit.Ⅱ

「着きました」

 ロドルはそう言うと立ち止まった。見ると中庭にある木の下に大きな穴が空いているのが見えた。穴の奥は真っ暗でなにも見えない。

「どこに向かってるの?」

 ロドルはその質問には答えなかった。その代わり懐中時計を見てボソリと呟く。意味不明な単語を並べつつ。

「公爵夫人を待たせてはなりません。さぁ、行きましょう。――

 ロドルの左眼が一瞬だけキラリと紅く光っていたような気がした。ロドルは私を抱き抱えたまま、穴に向かって飛び降りる。

「え」

 悲鳴は遅れる。

「きゃあぁぁぁぁぁあっ!」

 ロドルの顔はこの事態に余裕そうで、一切体勢を崩すことはしなかった。またチラリと懐中時計を見る。

「ねぇ! ロドル! ちょっと深すぎるわよ! あとさっきの台詞はなんなのよ!」

「アリス、ちょっとは黙ったらどうなんだい。僕はあんまりそういうぺちゃくちゃとうるさいのは嫌いなんだ」

 ロドルはさっきの態度とは打って変わって今度は私に対して無礼な態度。

「あと僕、ロドルとかそういう名前じゃないんだけどなぁ」

 さっきまでロドルと呼んで答えていたのにその言葉はどういうことなのだろう。

「それにしても君さぁ、僕の首にずっと手をかけてるじゃないか。外してくれる? 僕は誰かに触れられるのが嫌いなんだ」

「ロドル……なに言ってるの? さっき私に首に手を回りてくれと頼んだのは貴方じゃないの?」

「そんなこと頼んだ覚えはないし、君に会った覚えもないよ?」

 どういうことなんだろう。

 やっぱりロドルのようでロドルではないということだろうか。

 デファンスはロドルの首にかけていた片手をそっと外し、彼もデファンスから手を離した。

 ロドルはまた懐から懐中時計を取り出す。

「怒られるなぁ、君のせいで遅れたら承知しないんだからね」

「失礼な!」

 そう言っている間に地面に着いたようだ。ドシン、と音がして地面のふかふかとした落ち葉に触った。

「アリス、大丈夫かい?」

「大丈夫だけどアリスじゃないって……」

 手を取ってくれたのはロドルだった。しかし、彼の服と彼が身につけている装飾品が穴に落ちる前と後では変わっている。

 着替える機会なんてあっただろうか。

「左眼が紅いわよ?」

「? ……いつも紅いけど?」

 ロドルが着ていたのは燕尾服だったのだが、今では高そうな上等なものに変わっている。白いズボンに白いワイシャツ、真っ黒なベスト、襟にそって金の刺繍が施されている。手には白手袋をはめている。(いや、それはいつもと変わらないか)モノクルで飾られた左眼はいつも通り傷もあるにはあったがウサギのように紅い。

「それよりアリス、僕は君に謝らなくちゃならない」

 ロドルが何度も何度もアリスと呼ぶからもう訂正するのを諦めていた。

「なに?」

「僕はちょっと時間が無い。だから、僕は君を置いて行くけどいいかい?」

「ダメだって言ったらどうするの」

 デファンスはそう聞いた。ロドルは少し納得したような顔をして、にっこりと笑った。

「それなら置いて行くまでさ」

「あっ……ちょっ」

 彼の走りは速かった。あっという間に向こうに駆け出していた。廊下を走っている時も追いつけなかった。なら、今更追いかけても追いつけないだろう。

「なんなのよ、もう!」

 叫んでも解決しない。

 ロドルが持っていた懐中時計のカチカチとした耳障りな音が、まだ聞こえ続けているような気がした。

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