4-3. 同期済記憶情報/哀シキ子守唄





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呪術式ゴーレム:ストン

起動二三八八日目

狭間ノ世界ニテ、新タナ記憶情報ヲ同期。

情報量過多ノタメ、仮想記憶領域ヲ解放シ、

ココニ一時保存スル。

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 わたしは不思議な夢を見ていた。


 見たこともない幻想的な風景の中で、どこか見覚えのある二人が出てくる夢だ。


 一人は人間の若い女性。彼女はとある田舎の小さな村で暮らす、薬師の娘。


 ある日、村人のひとりが負った大怪我を治療するため、薬草を求めて独り鬱蒼とした森の中に入っていく。


 その森は村人たちの中では禁足地とされている場所だった。人が迷い込んだら二度とは生きて帰れないという言い伝えがあるのだ。それでも彼女は苦しんでいる怪我人のため、そこにしか生えていないという薬草を探し歩く。


 そして彼女は森の中でもう一人の登場人物に出会った。


 端正な顔立ちに色白な肌をした、小綺麗な鎧を身につけている男だ。耳の先は尖っており、どこか漂う神聖な雰囲気は普通の人間とは明らかに違う。


 だが、彼女は畏れることなく彼の元に駆け寄った。彼は足を怪我してその場にうずくまっていたのだ。


 人間のほどこしを受けるつもりはない、男はそう言ったが彼女は構わず持っていた薬で彼の怪我を治してやった。


 苦しんでいる方を救うのは薬師の義務です、それがたとえエルフの方であっても——彼女がそう言うと、エルフの騎士は困ったような表情を浮かべながら、かたじけない、と小さく呟いた。


 出会いは偶然だったのか、それとも運命だったのか。


 その日から二人は恋に落ちる。


 だが、彼らの世界では人とエルフの恋は禁忌とされていた。かつてエルフに焦がれ、相手と同じ時間を生きようと不老不死の魔術に手を染め、魔術の生贄として多くの人々の命を奪った魔女が存在したのだ。


 二人は互いが恋仲であることを誰にも打ち明けられないまま、こっそりと森の中で逢瀬を重ねる日々が続いた。


 やがて、薬師の娘はエルフの騎士の子どもを身ごもった。


 彼女は葛藤する。子どものことは愛おしい。だが産んだら一体どうなるだろうか。エルフと恋をしていたことが知られ、自分も相手も今の居場所からは追放されるであろう。それだけではない、生まれたばかりの子どもは取り上げられ、呪われた子として殺されてしまうかもしれない。


 娘は自分が身ごもったことを相手に伝えられないまま、独りでずっと悩み続けていた。


 そんな彼女に優しく声をかけたのは、村を訪れていた一人の老婆だ。


 占い師をしているという老婆は彼女の悩みを見抜いて助言する。


 その子は世界に災いをもたらす星のもとに生まれるであろう、この世に産声をあげる前に別の世界へと転生させたほうがいいい——と。


 独りで悩む時間が長すぎたせいで、薬師の娘はもはや冷静な判断ができる状態ではなかった。


 占い師に促されるまま、膨らんだ腹を彼女に見せる。


 占い師は腹に魔法陣を描くと、しわくちゃな手をそこに当てて何やらぶつぶつと呟いた。すると魔法陣が怪しげな光をたたえ、徐々に娘の腹がしぼんでいく。


 だが、変化はそれだけではなかった。


 しわくちゃだった占い師の手が、みるみるうちに張りを取り戻し、艶やかになっていく。


 一方娘の腹にはしわが寄り、肌色はくすんで、元の腹の状態を通りこして病的に窪んでいく。


 どういうことですか——娘は占い師に尋ねようと顔を上げて言葉を失った。


 目の前に自分と同じ顔の若い娘がいる。


 一方で、鏡に映る自分の顔は占い師とそっくりの老婆の顔になっていたのだ。


 代償はいただいた、そなたはもう用済みじゃ——自分と同じ顔となった占い師がにやりと笑みを浮かべ、枯れ枝のような身体となった娘の肩をトンと押す。


 すると娘はその場から跡形もなく消えてしまった。


 後には若い娘となった老婆の、狂ったような笑い声が響いて残る。


 これでついに積年の夢を果たせる、と——。


 彼女の笑い声と被さるようにどこからか産声が響きだした。


 赤ん坊の姿はどこにも見えない。それでも命を訴えるかのように、いなくなってしまった母親を求めるかのように、どこか悲しげに泣き喚く声が響く……。






 夢から目が覚めた時、わたしの瞳は濡れていた。


 どうしてあんなに悲しい夢を見たのだろう。確か笛吹きに笛の音を聞かされて、それがどこか悲壮感のあるメロディーで、だんだんと眠くなってきて……。


 そこまで考えて、わたしはハッと今の自分の境遇を思い出した。


 そうだ、寝ている場合じゃない。


 物語を読み続けて、世界の崩壊を止めさせないと。


 だけど周囲には誰もいなかった。バクーと呼ばれる笛吹きの主人も、そして笛吹きも、周囲にはいない。


 誰もいないと、この空間はやけに静かで暗くて……寂しい。


 同情するつもりなんかなかったのに、たった二人でこの場に暮らしているバクーや笛吹きのことが少しだけ可哀想に思えた。


 とにかくあの人たちを探さなきゃ。


 バクーが近くにいないことには、わたしがここに来た目的を果たせない。


「どこ……どこなの……?」


 それからどれくらい歩いたのだろう。


 短いといえば短いかもしれないし、長いといえば長いかもしれない。奥行きのないこの世界では、距離感というものはまるで分からない。


 遠くにバクーの巨体が見え始めて、わたしはそこに向かって駆け出した。


 近づいてみると、バクーと笛吹き、そしてもう二つ見慣れた人影があった。


 幻覚を見ているの……?


 だけど、何度目をこすっても、確かにそこに存在する。


 見間違いじゃ、ない。


「イサム!? バルカ!? どうしてここに……!?」


 だけど二人の様子がおかしい。


 うーうーと唸りながら、虚ろな表情でぼーっとバクーの方を見つめている。


 バクーが彼らの言葉を喰べているのだ。


「お願い、やめて……! やめてぇぇぇぇぇっ!」


 わたしはバクーの長くて太いごわごわした体毛を引っ張る。だけどそれくらいはなんともないのだろう、バクーは微動だにせず二人の言葉を喰べ続ける。


 笛吹きがわたしに気づいて、バクーから無理やり引き剥がした。


「まったく……大人しく寝ていれば彼らのこんな惨めな姿を見なくて済んだのに」


「早くやめさせて! 二人は関係ないはずでしょ!」


「いいや、関係あるよ。君が上手く後始末できていれば二人はここまで追ってくることはなかった。君の甘さが招いたことなんだ」


 そう言って、笛吹きは笛を吹いて風穴を一つ開けた。


「何をする気……!?」


「猛獣たちが跋扈ばっこする『ワイルド・ワールド』に追放する。言葉を失った彼らにとっては案外居心地がいいかもしれ——」


 わたしは思わず彼の頬を叩いていた。


 笛吹きは赤らんだ頬をさすりながら怪訝な表情を浮かべる。


「……心外だな。狭間の世界で生き延びると決めたのは君自身だろう? そのために俗世を捨てるという条件はすでに呑んでいたはずだ。僕は君の決意の妨げになる彼らを排除しようとしているだけ。それとも気が変わって、今すぐ死ぬ気になったのかい?」


 笛吹きは恐ろしく冷たい声でそう言ったかと思うと、わたしの首を掴んできた。


「あるいは、僕が勝手に彼らに手を下したことに怒っているのかい? それなら素直に謝るよ。君の口から彼らを拒絶して追い返した方が効果はあっただろうからね」


「そんなの……できるはず、ないでしょ……」


 わたしがイサムとバルカに伝えたいのは、そんな言葉じゃない。


 こんなわたしをここまで追ってきてくれた二人に、真っ先に伝えたい言葉は……!


 笛吹きが首を締める力を強める。


「はっきりしてくれないかな。僕には分からないんだよ。君の行動が支離滅裂すぎて、何がしたいのか理解ができない。早くしないと、このまま死んじゃうよ?」


 ああそうか。この人は笛の力でわたしたちが考えていることを読み取ることはできるけど、わたしたちがどうしてそう思うかについては共感することができないんだ。


 ずっと、一人で過ごしてきたから……。


 ねえグリムさん。八十一番目の笛吹きさん。


 わたし、今なら分かるよ。


 どうしてあなたがわたしに「空とぶじゅもん」を教えてくれたのか。


 もしかして全部見越していたの?


 わたしが異世界に行って、そして世界を崩壊させてしまうことを……。


 だったら、わたしが本当にやるべきことは——




「わた……は、……なたと……じ……」




 喉が圧迫されて、言葉が上手く声にならない。


 悔しくて、涙が出てくる。


 伝えたい。伝えたい。伝えたい……!


 まだ伝えたいことがたくさんあるの。


 語りたい言葉がたくさんあるの。


 死ぬのは、嫌だよ……。




 その時、笛吹きの視線がふと足元に向けられた。


 イサムの手が、彼の足首を掴んでいた。




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同期完了。

仮想記憶領域ヲ削除シマス。

現在ノ記憶情報ノ同期ヲ再開、、、

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 あの■が泣■■る。


 俺■目■■で■いて■る。


 そ■を見■■る■、■が刺■■る■■に痛■なっ■。


 ど■■てそ■思■■かよく■■らな■■■けど、どう■らあ■子を泣■■るの■俺■敵らし■と■■怒■がは■■りと■いて■た。


 衝■の■ま、俺■笛■■の足■を掴■だ。


 そ■て思い■り■を込■■引っ■り、彼■そ■場に倒■■と、■乗りに■■て抑■込■■。


「オオエアウーオ! アアイオエンウウイエウ! アンアイアアアアアイアオウエオア……! オンオウイ! アイイアオオアオイアイオイイア! 『オオア』オイアイイ! 『エ』アエウナオ!」


 俺■■叫びに、笛■■は■■とん■し■顔■浮■■る■け。


 く■、足■■い。


 何が■■ない?


 ああそう■、■■だ。


 ■■が足りない。


 ■■子を安■さ■■た■に、■吹き■怒■■ぶつ■る■めに、俺■は■■が必■だ。


 ……待■よ。


 ■■を■り■す方■を、俺■知■■いた■ずだ。


 思■出せ。


 思い■せ。


 ■い出■。


 あ■子の■色の瞳■、俺■■とを■■と見■いる。


 ……そ■■ね。


 ■会した時■今■立■が逆■■■よな。


 そ■■に前■■とじゃ■いは■■のに……なんか懐■し■や。


 あ■時の■文、■い出し■よ。




「……〈レドモ・バトコ〉!」




 呪文を唱えた瞬間、俺の思考は霧が晴れたみたいに明快になった。


「そんな……馬鹿な……!」


 下敷きになっている笛吹きは唖然とした表情を浮かべている。


「さっき言いたかったこと、言い直しさせてもらうぞ」


「は……?」


 右腕を振り上げ、笛吹きの顔のすぐ側に拳を突き落とした。


「ここでバクーと高みの見物してるあんたには分からないだろうけどな……! 本当に大事なもの守りたい時には、『言葉』より先に『手』が出るんだよ!」


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