2-6. 同期済記憶情報/語リ部ノ性





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呪術式ゴーレム:ストン

起動二三八四日目

隣国ベースキャンプニテ、新タナ記憶情報ヲ同期。

情報量過多ノタメ、仮想記憶領域ヲ解放シ、

ココニ一時保存スル。

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 姫さま専属の運び屋というのは決して楽な仕事じゃなかった。


 朝、日が昇るより前に手紙の集荷箱から姫さま宛てのものを選り分ける。皆が起き出す時間になったら、依頼のあった人たちを訪ね、手紙の代筆を行う。そしてお昼時には姫さまに手紙を届け、彼女に読み聞かせをする。姫さまとのお茶会が終わった後、城を出てまだ手紙を出したことのない人を訪ね、話を聞いて次の日のお茶会の話のネタにする。そして夜、日が暮れた頃にもう一度家々をまわり、仕事を終えた人たちの手紙の集荷や代筆をする。


 一日中あちこちを歩き回り、家に帰る頃には足が棒のようになる日々が続いた。


 だけど、大変なのはそれだけじゃなかった。


 姫さまの専属の運び屋を始めて一年くらい経った頃、わたしは薄々気づき始めていたことを姫さまに指摘されてしまった。


「ねえヴィオラ。その手紙を読むのは二回目じゃないかしら」


「いいえ姫さま、この方は初めてお手紙を出される方です。ただ、以前お手紙を出された隣村の農家の息子と境遇はほとんど同じのようで……」


 平和な世の中だからこそ、手紙の内容も変わり映えせず、だんだん目新しさがなくなってきてしまったのだ。


 姫さまは口には出さなかったけど、顔には退屈の表情が浮かんでいた。


 どうしよう。わたしはこれでクビになってしまうのかな。姫さまとのこの時間は、いつまでも続くわけじゃなかったんだ。


 姫さまは鋭いお方。そんなわたしの気持ちなんてお見通しだったのかもしれない。


「そうだわ、『永樹ながいつきの図書館』にはまだ読んだことのない本がたくさんあるの。ヴィオラ、これからは手紙だけじゃなくて本も読み聞かせてくれないかしら」


 それからわたしは王城に隣接する図書館への出入りを許されて、姫さまに満足してもらえるような手紙が足りない時は代わりに本を読み聞かせすることになった。


 だけどそれも長くはもたなかった。姫さまは読んだことのない本がたくさんあると言ったけれど、そもそも図書館には姫さまが求める空想小説がほとんどなかった。司書さんに聞いてみたところ、王家の教育にふさわしい本しか置いていないらしく、蔵書のほとんどは歴史、地理、生物学などの学術書や呪術事典、星占いに関するものばかりだというのだ。


「『さみしがりやの巨大怪獣』は姫さまご自身でも何度も読まれているそうだし、農村を舞台にした優しい恋物語『タップルジャムより愛してる』はこの間読んで、『ガラクタパーティ・ゴーストハウス』みたいな怖いお話はあまりお好きじゃないんだっけ……」


 姫さまは『さみしがりやの巨大怪獣』のような、本当にこの世界にあるかもしれないと思える不思議をテーマにした物語が大好きだった。だけど図書館にあるそういう本はすでに読み終えたものばかりだ。


 困ったなぁ……。


 村の人たちが持っている本を借りてみようか。


 そういえば、誰かの手紙で本の感想を書いているものがあったような気がする。誰だったっけ? その手紙を探そうとバッグの中を漁る。


 ふと、手紙ではなくわたしが自分で書いたメモ書きの束が目に入った。


 運び屋の仕事でいろんな人と関わったり、いろんな場所に行くたびにわたしの中には「いいな」がたくさん生まれてくる。それは羨ましさだったり、あるいはもっとこうだったらいいのにという願望だったり。その度に思ったことをメモをして溜め込んでいるのだ。書き残したところで何になるというわけでもないのに、取り憑かれたように書くことが止まらない。




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とある町では、雨のことを「ウンディーネのお節介」と呼ぶことがあるそうだ。


どうしてそう呼ばれるのだろう?


わたしはこう思う。


きっとその町の水の妖精は人間のことが大好きで、町の人たちが必要としているときに雨を降らせているんだ。


時には辛いことがあって泣いている人の涙をごまかしてあげるために。


時には今一歩近づけていない両思いの二人のために。


だから、地面に雨がともったその時に、みんな少しだけ笑って言うのだろう。「ああまたウンディーネがお節介をしたんだね」って。


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 体裁の整った文章ではないけれど、思いついたままに書き綴ったメモがたくさんある。


 こういう話、姫さまはお好きそうだけどな……でもこんなつたない文章をお見せするのもな……わたしがそんなことを考えていた、ちょうどその時だった。


「あらヴィオラ。そんなところで立ち尽くして、一体どうしたの? 戻りが遅いと思って見にきてみたら」


 姫さまの声がして、わたしは慌ててメモ書きをバッグの中に戻そうとした。だけど、手元が滑ってメモ書きはバラバラに散ってしまった。


 一枚は姫さまの足元に。


「あっ……」


 姫さまはそれを拾い上げ、わたしが書いた走り書きの文章を読み上げる。


「『先日不漁だったのは、沖で大しけが起きたから。誰も気づいていないけど、それは海竜のしわざ。海竜は恋人の人魚と別れた悲しみで暴れている』……これは、何?」


 恥ずかしくて顔から火が吹き出そうだった。自分の妄想を書き散らした文章をそのまま姫さまに読まれるなんて。しかも運び屋の仕事の最中にこんなものを書いていたなんて知れたら、お叱りを受けるに違いない。


 ああ、これはいよいよクビだ。


 そう考えると目の前が真っ白になり、今すぐ灰となって消えてしまいたくなった。


 だけど……姫さまは俯くわたしの肩にそっと手を添えて言った。


「顔を上げて、ヴィオラ。これ……面白いわ!」


「え……?」


 わたしが唖然としている間に、姫さまはひょいひょいと散らばったメモ書きを集め、「これも、これも、これも!」と声をあげる。


「どれも面白いわ。いつの間にこんなことを考えていたの?」


「えっと、それは……」


 言いづらくて押し黙る。だけど姫さまはそんなわたしの様子を全く気にしていないようだった。


「そういえば、これまでいろんな人の手紙を読み上げてもらったけど、あなた自身の話をゆっくり聞く時間はちゃんと取れていなかったわね」


「め、滅相もないことです……! わたしなどの話をしても、姫さまには何のためにも——」


「ねぇ、ヴィオラ」


 否定しようとするわたしの言葉を遮るように、姫さまは諭すような口調で言った。


「あなた、物語を書いてみない? あなたが見たこと、感じたことをありのままに書いた物語でいいの」


「わたしが、ですか」


「ええ、あなたが。そして私が一番最初の読者になるの。面白そうだと思わない?」


 恐れ多くて「はい」とは言えなかった。もし姫さまを満足させられるようなお話を書けなかったら……その時の惨めさを想像すると、胸が破裂しそうだ。


 だけど、「いいえ」とも否定できなかった。姫さまのまっすぐな眼差しと、わたしの中でふつふつと湧き上がってくる「書きたい」という気持ちがそうさせてくれなかった。


「あの……。姫さまは、どうしてそこまでわたしに優してくださるのですか?」


 返事の代わりに必死で絞り出した言葉に、姫さまは笑顔ですぐに答えてくださった。


「そんなの単純。あなたの語る言葉をもっと聞いていたいからに決まっているじゃない」






 それからわたしは姫さまに自分の作った物語を披露するようになった。


「『……むかしむかし、あるところに一人の狩人かりうどがおりました』」


 姫さまはどんな物語も面白いと褒めてくださって、わたしは少しずつ語り部としての自信を持てるようになっていった。


 だけど、同時に周囲では奇妙なことが起こり始めていたんだ。


「そういえばね、このあいだ近衛このえ隊長から話を聞いたのだけど、東の交易都市で珍しく事件があったそうなのよ」


 わたしが語り終えた後、姫さまはその話を詳しく聞かせてくれた。


 東の交易都市というのは隣国との国境くにざかいにあり、年中各地から集められた交易品の取引で賑わう街のことだ。国境ということもあって争いごとが起こらないよう警備の目が厳しい地域だが、そこに突然盗賊団が現れ、多くの商品をかっさらって逃げてしまった。


 盗賊団が何者か分からず、商人たちは誰かの手先なのではないかと互いに疑心暗鬼になったが、一人の勇敢な商人が立ち上がり、自警団を結成して盗賊団のアジトを突き止めた。商品を取り返し、盗賊たちを問い詰めると、彼らは交易都市の競争に敗れて職を失った商人の子どもたちであることが分かった。


 勇敢な商人は彼らの身の上話を聞いて同情し、自分の商会に雇い入れることにした。盗賊のリーダーをしていた子どもは反発して「いずれあんたの商会を乗っ取って復讐してやる」と言ったが、商人はそれを聞いて大いに笑った。「それならうちの跡継ぎ問題に頭を悩ませる必要はないな」と。リーダーはそれでも反抗的な態度をとり続けていたが、やがて商売の大変さを身に染みて実感し、自分たちの行いを反省するとともに今はまじめに働いているのだそうだ。


「待ってください、それって……!」


「ええ、なの。あなたが語った物語が、現実でも起きているのよ」


 先日は『海竜と人魚姫』の話をした直後に漁師たちが海上で海竜を見たという知らせがあったし、数日前には『暴れ豆のパレード』という話をした後に隣国で豆の木が大量に生えたという噂を聞いた。


「た、たまたまですよ、きっと……」


 そう言いつつも、わたしの中には少しだけ心当たりがあった。


 『ナ・レート』だ。


 森のおばあちゃんに叱られる以前、こんな風に自分が思い描いた動物や植物が突然森の中に現れることがあった。最近はほとんど力を使わなくなっていたけど、姫さまに物語を語るようになってから復活したのかもしれない。以前より髪の色が紫に近づいている気がするのもそのせいだ。


「たまたまにしてもすごいわよ。最近は近衛隊長からの報告が楽しみで仕方ないわ。あなたが語ると何かが起こる、そう思うとわくわくして夜も眠れないの」


 姫さまはまるで幼い少女のように目を輝かせて言った。いつもにこにことしているけれど、こんなに楽しそうな姫さまを見るのは初めてだった。姫さまの新しい表情を見られたことを嬉しく思う反面、『ナ・レート』の力について秘密にしていることへの罪悪感か、わたしの胸はずきりと痛む。


「今度は『さみしがりやの透明怪獣』のようなお話を作ってくれない? 私、子どもの頃からあの怪獣に憧れていたの。もしも本当に会えるなら、友だちになりたいわ」


「透明怪獣……分かりました。考えてみます」


「嬉しい! あなたならそう言ってくれると思っていたの。楽しみにしているわね」


 ふと、以前森のおばあちゃんに叱られたことが頭をよぎる。


 ——むやみやたらに『ナ・レート』を使うんじゃない!


(でも……せっかくこの力を役立てられそうな時が来たんだよ。姫さまも期待してくださっている……)


 わたしは言い訳をするようにして、頭の中の忠告をかき消した。


 お城を出て、家に帰って、自分の部屋に入るなりすぐに羊皮紙とペンを取り出す。


 透明怪獣みたいな物語、か。


 そうだね……書き出しはこう。




『想像してみてごらん。天変地異に疫病、あるいは魔王の襲来、怪物の誕生、そして陰鬱な群集心理。それら〈崩壊をもたらすもの〉は一体なぜやってくるのか、と……』




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同期完了。

仮想記憶領域ヲ削除シマス。

現在ノ記憶情報ノ同期ヲ再開、、、

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