2-2. 異世界人同士の駆け引き




「お、俺じゃない……!」


 そう言いつつも喉がつっかえる。当然、この世界を滅ぼした覚えなんてない。だがこうして襟元を掴まれた状態で問われると、果たして自分の認識が本当に正しいのか少し自信がなくなってくる。


 冷静にならなければ。


 そもそも、バルカがこの質問を俺に投げかけたってことは、彼女もということだ。


 じゃあ、一体誰なんだ?


 ふと、金色の紙飛行機の形で届いた手紙の内容が頭に浮かぶ。


「……『わたしは触れてはいけないものに触れてしまった。この手紙が届いた異世界のあなたに助けを求めたい』」


 バルカがぴくりと眉を吊り上げる。


「それが、何だ?」


「俺の所に届いた手紙に書いてあった言葉だ。信じてもらえないかもしれないけど、俺が手紙を受け取ってこの世界に来た時にはすでに何もかも崩壊していたんだ。俺には誰がこの世界を滅ぼしたかなんて分からない……けど、この『触れてはいけないもの』ってのがヒントなんじゃないか……?」


 そう言いながら、ちらりとヴィオラの方を見てみた。彼女はなぜ俺に視線を向けられたのか要領をえない様子で、心配そうな表情を浮かべるだけだった。……まだダメか。本人は記憶を取り戻していないが、筆跡や紙飛行機という手紙の出し方からして差出人は彼女で間違いないだろう。つまり、彼女の記憶さえ戻れば世界を崩壊させたものの正体が分かるはずなのだ。


 バルカが襟元を掴む力が緩み、地に足がつく。


「その手紙とやらを見せろ。貴様の発言だけでは信用できん」


 そうは言いつつも、バルカの口調からは先ほどのような刺々しさが薄れている。ある程度信頼してくれたということなのだろうか。


 ズボンのポケットの中に折りたたんでいた手紙を差し出す。バルカはじっとそれを見ていたかと思うと、ごそごそと自分のジャケットの内ポケットを探り何かを取り出した。


「それは……!?」


 彼女が取り出したものを見て、俺は思わず目を疑う。俺が持っていたのとまるで同じ、金色の折り紙でできた紙飛行機だったのだ。内側を開けば、読めない文字で何かが書かれている。


「これは私の国の文字だ。内容は貴様が先ほど言ったのと変わらん。まさか、私以外にも同じ手紙を受け取っていた人間がいたとは……」


「それじゃ、あんたもこの手紙を受け取ってこの世界に……?」


 バルカは頷く。


 つまり彼女も俺と同じく、手紙にいざなわれた異世界人ということで間違いないのだろう。


 だが、ほぼ全身サイボーグなところであったり、見慣れない言語を扱ったりという点からして、俺が元いた世界の住人とは思えない。俺が元いた世界とも、今いる世界とも、さらに別の世界があるということか?


 ……ああ、なんだか訳が分からなくなってきた。


「とりあえず、俺が世界を滅ぼしたわけじゃないってことは」


「一旦信じよう。そうでなければ私自身を疑うことにもなるからな」


 視界の端で、ヴィオラを守るように抱き締めていた姫が腕を緩めるのが見えた。どこか申し訳なさそうに俺から視線をそらす。あの疑うような態度は、もしかしたらバルカからこの世界を滅ぼしたのは俺だと吹き込まれていたからなのかもしれない。


「だったら俺たちがあんたに拘束される理由はない。早く解放してくれないか? そろそろ手がしびれてきて……」


「いいや、それとこれとは話が別だ」


 俺のわずかな希望を断ち切るように、バルカははっきりとした口調で言い放った。彼女はつかつかと玉座の方へと歩いていくと、柔らかいクッションへどさっとその身を落とす。ついさっき姫に主導権を譲らせたばかりとはいえ、しくもその風格は様になっている。


「そろそろ貴様の問いに答えてやろう。私は何者か、なぜこの国を支配するのか、だったか? 私はバルカ・サンドリア。故国を守る軍将校だ。この国を支配する理由は、簡単に言えば故郷の平和のためだな」


「あんたの故郷……ここではない別の世界ってことか?」


「そうだ。私が元いた世界は各国で限られた資源や食糧の争奪が何十年も続いていてな、この世界とは別の意味で崩壊の危機にあるのだ。どの国も発達した技術を戦場に持ち込み、兵士は負傷してもこの通り機械化手術によって滅多に死なせてもらえない地獄……そんな日々の中、この手紙が届いたことは我々にとっては大いなる希望だった。もしも自分たちが暮らす世界とは別の世界があるのなら、そこから枯渇した資源や食糧を補うことができるかもしれないだろう? それが叶えば我々は戦う必要がなくなる。そうして私は大元帥である父から大命を授かったのだ。『異世界を植民地とし、故国への資源供給ルートを開拓せよ』とな。……ところが、だ」


 ガン!


 バルカが鞘に入ったサーベルを思い切り床に突く。空間に響いた音は彼女の苛立ちをありのまま表し、その場にいる全員を萎縮させる。


「故国を出た私を待っていたのはこの崩壊しきった世界だった。おまけに誰がこれをやったのかもはっきりしない。こんな状況で故国への資源供給などできると思うか? ……だが、私には何も持たずに帰るという選択肢は残されていないのだ。どんな手を使ってでもこの世界から希望を持ち帰らねばならない。そのためには、貴様のような素性の知れない者を野放しにして勝手な行動を許すわけにはいかないのだよ」


 そう言って彼女はパチンと指を鳴らした。すると俺の両脇にいたモンスターたちが俺の身体を掴み、ずるずると玉座の間から引っ張り出そうとする。


「離せ! どこに連れて行く気だ!」


 バルカは玉座に腰掛けたまま、不敵に笑った。


「悪いが貴様にはしばらくの間地下牢で過ごしてもらうぞ。なに、心配はするな。食事と水は与えてやる。暇なら本も差し入れてやろう。大人しく過ごしてさえいれば命は奪わない。そしてこの世界が植民地として機能できるレベルに復興し、崩壊の脅威を摘み取り終えた頃に、再び陽の光を浴びさせてやる」


「そん、な……!」


「悪くない話だろう? 何もせずただ待っているだけでいいのだ。働かずとも飯が食える。安全も保証されている。一体何に不満がある?」


 確かにバルカの言うことは間違っちゃいない。


 植民地という響きは嫌な感じがするが、彼女なら本当にこの崩壊世界を復興させてしまうだろう。いつの間にか城の修復が進んでいたことや、路頭に迷っていた人々やモンスターたちに仕事を与えていたことが何よりの証拠だ。


 そんな中で俺みたいな不穏分子が邪魔なのもよく分かる。殺さず生かしてもらえるだけマシだと考えるべきなのかもしれない。


 だが……俺自身はそれでいいのか?


 この世界がバルカの手で復興していくのを牢の中でじっと待っているだけで……本当にいいのか?


 違う。いいはずがない。


 俺がそもそもあの金色の飛行機に突き動かされたのは、ただ待っているだけが嫌になったからだ。


 何もせずにスミレちゃんが戻ってくるのを待っている自分に嫌気が差したから、あの傘を持ってこの世界にやってきた。


 牢に繋がれてじっとしているんだったら、この世界に来た意味がない。




「俺はあんたに協力する!」




 自分の声がまるで音を破るようにその場に響く。


 口に出してみて、不思議と自信が湧いてくる。


 物語は語られなければ誰にも届かない妄想で終わってしまうように、自分の意思もまた行動に移さなければ後悔となって消えるだけだ。


 異世界に来てまでそんな後悔を積み上げるくらいなら……下手なプライドとか、意地とか全部捨ててやる。


「俺には『ナ・レート』の力がある。時々上手くいかないこともあるけど、基本的には言葉に出した通りのものが出てくる万能な力だ。これを全部あんたのやりたいことのために使う。好きなだけ命令してくれ」


「イサム……!」


 背後から不安げなヴィオラの声が聞こえた。


 それは俺の身に対する心配なのか、それとも『ナ・レート』が好き勝手に使われることへの心配なのかは分からない。


 いずれにしても、俺の中で罪悪感が湧いた。


 今から俺が言うことが、彼女にとって吉と出るか凶と出るか……正直分からないから。


「その代わり、一つ条件がある。あんた、この世界の言語を翻訳できるようにしたって言ってたよな。だったら彼女——ヴィオラの記憶が戻るよう協力してほしい。彼女が持っているバッグの中のメモ書きとあわせて、姫さまが保管していた物語を全部翻訳するんだ。そこにきっと彼女の記憶のヒントがある。そしてヴィオラの記憶が戻れば、この世界を崩壊させたものの正体も分かるはずだ」


 ヴィオラの杖に蓄積された『ナ・レート』の力を使うことでも翻訳は可能だが、森のおばあちゃんの書き置きからして蓄積された力は有限だ。この先何が起きるかわからない状況下で、できることなら温存しておきたい。思い通りにならないことがある俺の『ナ・レート』に比べ、ヴィオラの場合は思い浮かべたことが実現する力だ。いざという時のためにとっておいたほうがいいだろう。


 俺を牢に連れ出そうとしていたモンスターたちの動きが止まり、バルカの高笑いが響き渡る。




「ははははは……! 異世界人の少年がこの私に交渉を持ちかけるとはな。……無謀なことだが気に入った! いいだろう、貴様の提案に乗ってやる」



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