第2章 言葉が通じる人≠話が通じる人
2-1. 理不尽な侵略者
「う……うーん……」
なんだか息苦しくて身体中がバキバキに痛い。
ハッとして飛び起きて、自分が今置かれている状況を把握した。目の前に年季の入った
ええと……どうしてこうなったんだっけ。
ああそうだ、あの時、金髪の女——バルカ・サンドリアと名乗っていた——が俺たちを捕虜にするとかなんとか言っていて、俺は逃げるために『ナ・レート』を使おうとしたんだ。だけど呪文を唱える途中、姫を撃ったあの銃で俺も撃たれた。そこで意識が遠のいて……今に至る。
だが、何かおかしい。撃たれたはずの左脇腹がちっとも痛まない。撃たれた瞬間は確かに痛みもあったし、血も出ていたと思うが、今は何も感じなかった。とはいえ、冷たい地下牢に横たわっていたせいで身体中が痛むので、痛覚が麻痺しているというわけではないようだ。
ヴィオラとストンはどこにいるのだろうか。同じ牢の中には他に誰もいない。無事でいてくれるといいが……。
とりあえず、声を出せない状態なのはまずい。二人が近くにいるかどうか確認できないし、いざという時に『ナ・レート』が使えない。ヴィオラの場合は杖が力の発動のトリガーになっているようだが、俺の場合はどうも呪文を口に出すことがトリガーになっているようだ。現に今、頭の中で呪文を浮かべてみても何も起きやしない。
そんなことを考えていると、誰かが歩く音が聞こえた。足音はこちらに向かってくる。
「もげもが……!?」
口が塞がれているのを忘れて思わず声が出る。
格子の向こう側に姿を現したのは、撃たれたはずの姫だったからだ。
彼女が生きていたことは良かったが……それにしても様子が変わりすぎている。
玉座の間で獣のように暴れていた時とは違い、今の彼女は人間らしい立ち姿だ。ボロボロのドレスは着替えたのか、今は金髪の女と同じようなデザインの軍服を着ている。彼女はじっと黙ったまま、格子の隙間から俺の方を見つめた。なんだか嫌な感じの視線だ。……疑われている、そんな目だった。服装といい、俺が気を失っている間に何かあったのだろうか。
ガシャン。
牢の錠前が外れる音が響く。
「もがもげもげもご?」
逃してくれるのか——そう聞きたかったけれど、姫は俺の言葉を無視して、扉を開けたまますたすたと戻っていく。牢から出してくれるならついでに手の拘束と口枷もなんとかしてもらいたいところだが、気づいてくれる気配はない。
仕方なく、何も言わない彼女の後を追った。
しばらくすると、だんだん見覚えのある光景になってきた。どうやらここは俺たちがさっきまでいた王城の中らしい。気を失っている間に別の場所に運ばれたわけではなかったようだ。
よくよく見てみると、来た時よりもがれきはかなり片付けられていて、一階のエントランスから最上階の玉座の間にまっすぐ繋がる中央階段も修復されている。
いつの間に?
様子が変わっていたのはそれだけじゃなかった。姫以外にも人やモンスターが城の中の各所にいて、それぞれが城の修復作業か別の仕事をしている。城はまだ嵐が来た後のように崩壊したままではあるが、賑やかさで言えば元の姿を取り戻しつつあると言ってもいいのかもしれない。
ただ、なぜか彼らは全員バルカと同じ服を着て、姫と同じように疑いの眼差しを俺に向けてくる。一体何をしたというのだろう。どうにも居心地が悪くて、俺はなるべく彼らと目を合わせないように歩くことにした。
姫が案内したのは玉座の間だった。
もともとは姫を探すためにこの部屋にやってきたのに、今度はその姫に案内されて入るなんて、変な感じだ。
彼女が扉を開くと、部屋の中で俺と同じように両手を拘束された状態で赤い絨毯の上に座らされているヴィオラとストンの姿が目に入った。杖は手元に無いようだが、ひとまず無事なようだ。
ようやく、姫が俺の口枷を解く。
「ヴィオ——」
「姫さま!?」
……あー、うん。
そうなりますよね。やっぱり。
ヴィオラが最初に気づいたのは俺ではなく姫の方だった。彼女は両手を使えない状態のままなんとか立ち上がり、部屋に入ってきたばかりの姫の元に駆けつける。
「ご無事だったのですか!? どこかお怪我は? 何か乱暴をされたりは——」
ヴィオラの言葉の途中で、姫はぎゅっと彼女を抱き寄せた。そして子どもをあやすように、ヴィオラの紫の髪を優しく撫でる。
「ひ、姫さま? どうされたのです……?」
困惑するヴィオラを、姫はひたすら優しく包み込む。
……なんだ、冷たいように感じたのは気のせいだったか。
ほっと胸を撫で下ろそうとした時、姫は顔を上げて俺のことをキッと睨んだ。そして一層強くヴィオラを抱き締める。
あれ……もしかして、俺だけハブられてるってこと?
「イサム・サンモ、ゴ無事デシタカ」
哀れな俺に声をかけてくれたのは不格好なゴーレムだけだった。
「なぁ、ストン。これは一体何なんだ? 俺はてっきりあの時撃たれたのかと思って」
「ハイ、ストンモ見テイマシタ。イサム・サンハ、確カニ銃デ撃タレテマス。姫サマガ撃タレタノト、同ジ銃デ」
「だよなぁ。それなのに、どうして——」
「だから『
カツンカツンと革靴で歩く音ともに、背後から声がした。振り返ると、すぐ後ろにあの金髪の女——バルカ・サンドリアが立っていた。遠くで見ていた時は気づかなかったが、身長は俺よりも高く、こうしてすぐ近くにいるとやけに威圧感がある。
「麻痺銃だって……?」
「ああそうだ。私は先住民を尊重する。この国を我が支配下に置くには、先住民の首長の同意を得るのが最も手っ取り早いしな」
「支配下……同意……?」
「ああ、先ほど彼女から私にこの国の主導権を正式に委譲された。今やこの国の王は私だ」
そう言って、バルカは
「あんたが王だって……?」
言葉を失っている状態の彼女に、冷静な政治的判断なんてできるはずがない。つい先ほどまで城に仕える人のことでさえ見境なく攻撃していたのだ。彼女の頭の中にあったのは、彼女にとって大切なもの——ヴィオラの書いた物語を守ることだけだったはず。
「でたらめ言うなよ! 何が同意だ……! あんたがやってるのは、一方的な侵略行為だろ!」
この女が何者なのかはよく知らない。
だが、どう考えても今の俺たちや姫にとって味方になってくれそうな人物ではないことは確かだった。
早く皆を連れ出してここから逃げなければ。
幸い、口枷はこの部屋に入った時に姫が外してくれている。今なら『ナ・レート』を使って——
「おっと、変な気を起こすなよ」
バルカがパチンと指を鳴らすと、部屋の中にぞろぞろと軍服を着たモンスターたちが入ってきて、あっという間に俺たちを取り囲んだ。……まただ。銃で撃たれる前と同じ。一糸乱れることない動きで、あっという間に逃げ道を塞がれてしまった。
「少しでも『ナ・レート』とやらを使うそぶりを見せたら、彼らの刃が貴様を貫く。まずは立場をわきまえろ、少年。貴様は今、このバルカ・サンドリアの捕虜なのだ。私がわざわざ貴様を生かしておいた理由が分かるか? この世界の住人ではない貴様を」
「!? どうしてそれを……!」
するとバルカはフンと鼻で笑う。
「第一に服装。貴様が着ている服の生地は合成繊維だろう。だが、この世界の住人たちが着ているのは天然繊維ばかり。技術発展レベルからして、この世界では合成繊維を精製することは不可能なはず。故にその服はどこか別の場所から持ち込まれたものと仮定した。そして第二に言語。私は落ちていた本や遺構を元にこの国に本来あったはずの言語の復元をし、電子脳のチャンネルに加えていたはずだが、貴様の話す言葉はそれとは違った。言語構造を解析した結果、本来のこの国の言語とは全く異なるものらしいな。貴様の連れの少女、ヴィオラといったか? まぁ、彼女がなぜ貴様と同じ言語を話しているのかは解析が進んでいないがな」
的確に言い当てられたこともそうだが、話をしている間にバルカの前髪の下に隠れた機械の顔と、むき出しになった黄金の宝玉が目玉の代わりにぎょろぎょろと動くのが気味が悪かった。さっき電子脳とかチャンネルとかわけのわからないことを言っていたっけ。俺の服装や言語を指摘する彼女こそ、この世界の人間とは思えない。
「あんた……一体何者なんだ? 何でこの国を支配しようとする?」
バルカはやれやれと肩をすくめた。
「まだ自分の立場が理解できていないのか? 頭の回らない奴め。今は貴様が発言していい時間ではない。まずは私の問いに答えるのが先だ」
バルカが手を伸ばし、俺の襟元を掴んだ。そしてそのまま、片手で軽々と俺の身体を持ち上げてしまった。こんなのどう考えても生身の人間の力じゃない。彼女の革のグローブの下から覗く、機械仕掛けの腕の力だ。
「ぐっ……」
バルカの金の瞳が、じっと俺を睨みつける。
「答えろ。世界を滅ぼしたのは誰だ? 貴様じゃないのか、異世界人よ」
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