1-6. 行き着く先は魔女の小屋?



 ヴィオラが『硝子水がらすみずの池』の先に伸びる一本道を歩き出す。俺はその後についていく。


 記憶喪失といっても、彼女に馴染みのある何かが起こるたびに少しずつ記憶を取り戻しているようだ。「森のおばあちゃん」の家を目指す足取りに迷いはない。


「あの村のことも何か思い出せた?」


 ヴィオラの背中に向かって問いかけると、彼女は振り返らないまま頷いた。


「うん……ぼんやりとだけど」


 それは落ち込んでいるような声音で、俺は興味本位で聞いてしまったことを後悔した。


 思い出したということは、あの村が元はどういう状態だったかを知っているということだ。もしかしたら仲の良い人も住んでいたのかもしれない。だが、俺たちが目の当たりにしたのは、人の気配が微塵も感じられないモンスターたちの巣窟だった。つまり元々住んでいた人は、もう……。


 俺は励ますつもりでヴィオラの肩を叩いた。


「さっきは逃げるしかなかったけどさ、『ナ・レート』がどんな力なのか分かったらあいつらを追い出すための作戦を立てよう。そうしたらまた人が住めるようになるはずだ。ったく、腹立つよな。あいつらどっから来たのか知らないけど、我が物顔で村を占拠しやがって」


 ヴィオラが急に振り返り、俺はどきりとした。紫の瞳は、俺をたしなめるように見つめている。


「……君の目には、彼らがそんなに悪い人たちに見えたの?」


「え」


 だってあいつら、俺たちにいきなり襲いかかってきたんだぞ。俺たちが何かしたわけでもないのに。


 俺が何か言うより先に、ヴィオラは小さく息を吐いて、再び前を向いた。


「……ごめん。イサムは励ましてくれたんだよね。わたし、まだ記憶があいまいなのにムキになっちゃって……」


 なんだよ、そんな言い方をされると余計にもやもやするんだが。


 俺の気などお構いなしに、ヴィオラはすたすたと歩き出した。


 その小さな背中を見ていてふと、嫌な考えが頭をよぎる。


 彼女は少しずつ記憶を取り戻している。だが、その記憶が彼女にとって思い出さない方がいいものだったとしたら? 俺はヴィオラに余計な傷を与えようとしているだけなんじゃないか。


 ……いや、今深く考えるのはよそう。


 どっちにしたって世界が崩壊しているという事実は変わらない。俺たち二人がこんな世界で何をすべきか、見出すには彼女の記憶が大事な手がかりなのだ。


 それに、俺個人の勝手な思いではあるが、彼女には自分が紙飛行機の差出人なのかどうか思い出してもらわなきゃ困る。じゃないと俺がわざわざここに来た意味がない。


 悩むのは、もう少し色々とわかってきた後でいいだろう。


 そう結論づけて、俺は彼女の後を追った。






 「森のおばあちゃん」の住まいは森奥にひっそりとたたずむ小屋で、細い川を吊り橋で渡った先にあった。


 木造の小屋の周囲には呪術で使う道具なのか知らないが、怪しい草花が咲き、軒下にはネズミのような小動物が干され、ところどころに何の生き物のものか分からない骨が転がっている。


 気味が悪い。ファンタジー小説の魔女の家のイメージそのものだ。


 だが、どうも人の気配がしない。家の中には明かりがなく、しんとしている。


「留守なのかな……」


 ヴィオラはそう呟いて、小屋の扉を開けた。鍵はかかっておらず、ぎしぎしと耳障りな音を立てながら俺たちを迎え入れる。


 小屋の中には甘ったるい匂いが立ち込めていた。ヴィオラ曰く、薬草を煮詰めた匂いなのだという。やはり明かりは灯っていなかったので、俺は洞窟の時のように火を起こして、薄暗い家の中を慎重に探る。


 俺たちが歩く音以外に物音はしない。誰もいないようだ。


 小屋の中は案外広く、一階の一番広い部屋が吹き抜け構造の二階建てだ。一番広い部屋には人がそのまま入りそうなくらい大きな壺があって、甘い匂いはそこから立ち込めている。傍らには木机があり、その上には書き置きが一枚。


「これは……?」


 読んでみようとしたが、やはりこの世界の文字で書かれているので解読はできない。ヴィオラもまだこの世界の言葉に関する記憶は戻っていないらしい。


「おばあちゃん、どこに行っちゃったんだろう」


 もう少し小屋の中を探ってみようと話していたその時だった。


 背後に急に何かの気配を感じて、俺は反射的に身構える。


「なんだ!?」


 気配がした方に火の光を向けてみる。俺もヴィオラも息を飲んだ。先ほどまでは何もなかったはずの場所に、俺たちの膝くらいの背丈の泥人形ゴーレムたたずんでいたのだ。不恰好な輪郭とは不釣り合いに、学園モノの制服のような小綺麗な服を着ている。ゴーレムの目が、ヴィオラの目と同じ色に光る。


「オカエリナサイ、ヴィオラ・サン」


 ゴーレムは片言でそう言った。


 敵意は全く感じられない。


「あなたは……ストン?」


 ヴィオラが尋ねると、ストンと呼ばれたゴーレムは上半身を折り曲げる。頷くという動作をしたかったのだろうが、不恰好なせいで首がなく全身を使うしかないらしい。


「こいつのこと、知ってるのか」


「うん。と言っても、今やっと思い出したんだけどね」


 そう言ってヴィオラはゴーレムを拾い上げ、その腕に抱えた。


「この子はストン。わたしが修行をしていた時につくった、呪術式ゴーレムだよ」


「ヨロシクオネガイシマス、イサム・サン」


「!? なんで俺の名前を……!」


「ゴ主人サマノ記憶情報ヲ同期シタカラデス」


 そう言ってゴーレムはヴィオラの方を見上げる。


「記憶情報を同期なんて、そんな高度なことができるのか……!」


「ハイ。呪術式ゴーレムハ、ゴ主人サマガ、オ側ニイラッシャル時ニ、エネルギー源ヲ分ケ与エラレ、起動術式ガ発動シ、同時ニ記憶情報ヲ同期シマス」


「エネルギー源を分け与える?」


 俺はヴィオラの方を見た。いつの間にそんなことをしていたんだろうか。


 すると、ヴィオラは少し頬を赤らめて俯いた。


「え、えっと、それはなんていうか……」


「匂イデス」


 しどろもどろになる主人の代わりに、空気を読めないゴーレムは説明する。彼——なのか彼女なのかは分からないが——のエネルギー源はヴィオラの身体の匂いなのだと。


「……キモいゴーレムだな」


 呆れる俺に、ゴーレムはうやうやしく上半身を折り曲げて、「恐縮デス」と呟いた。


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