第〇話
そして現実での出来事
なんでそんなに熱を込めて喋っているのかわからなかったが、圧がすごかったので渡すことにした、とペンネーム夕凪隼人さんはフリュレさんに語ったらしい。
私は小説を書いていた。「おとぎの国の混沌」という他人が書いた小説を、自分なりに書き換えて、途中で終わっているので最後まで書き終えるという作業をしていた。執筆と呼ぶには、ちょっと違うような気がする。そこまで格好つけたくてやっているわけではない。私は私のやりたいように、なって欲しい状況になるようにするためにこうしているのだ。
本文がコピーされたSDカードを貰えた。それを私の部屋のノートPCで開いて、いくつかのテキストエディタを試し、使い方を覚えるのが面倒だったので結局メモ帳を使って書き換え作業を行っていた。ペンネーム夕凪隼人の眠くなる本文を読みながら、私は自分が書きたいように、自分が眠くならないように本文を書き換えた。フリュレさんやスタニスさん以外にも膨大な数(八人くらい)存在していたヒロインたちのことはカットして、フリュレさんとスタニスさんの二人に仲間を絞り、冒険の末に魔王を打ち倒すというありがちだがそれ故に書きやすいように話を削って削って削りまくった。私のいに沿わない、なんでこんな事を考えているのかわからない心理描写は私の頭の中の言葉に書き換えた。
夏休みになっていた。フリュレさんは書きはじめの頃こそ話しかけてきたりとちょっかいをかけてきたが、途中から一切話し合っけてこなくなった。途中まで書いたところで、妹の存在も妹の部屋も消滅していた。私は一日の大半を小説の書き換えに費やすようになっていた。ご飯を食べ忘れることも度々あった。
そして、魔王は打倒された。ドラマチックな倒され方ではなかったが、とにかく終わればいい、の精神で書き続けたので、クオリティについては放っておくことにした。魔王を倒し、半壊した魔王城に陽の光が差し込んだところで、私はこの話を完結させることにした。一応文末に「了」と書き加えておいた。
さて、状況は変わっただろうか。書いている間、私は自分が書いているもの以外のことをほとんど考えなかった。だから、書いている最中のことで書けることは少ない。というか思い出せることは少ない。メモ帳に書き溜めた完結した「おとぎの国の混沌」をコピーしてWordに貼り付け、文字数をカウントしてみると八万文字くらいだった。これは小説として、多いのか少ないのか。小説の文字数なんて数えたことがないのでわからないが、文字数が万単位だなんて、そりゃあ時を忘れでもしなけりゃ書けないよなあ、と思った。
家にはプリンターがあった。せっかくWordにコピーしたのだから、と、私は書き換えた「おとぎの国の混沌」を印刷してみた。どこかの新人賞に応募するわけでもないが、やってみたい気分になったのだ。ひょっとして、私は意識を書きものに集中させているうちに作家気取りを意識するようになってしまったのかもしれない。だとしたらこれはちょっとした笑い草だ。夕凪隼人の物語に影響を受けて小説を書いた、みたいじゃないか。
既刊七巻を本一冊以下の分量にまとめた「おとぎの国の混沌」を、可夏子さんに渡してみた。もちろんデータで。アドレスを知っている他人が他にいなかったので、送る相手は可夏子さんしかいなかった。いきなり数万文字もの架空の話を送られても迷惑だろうし、面倒なら読まなくていい、との一文を加えてから、私は可夏子さんに私が完結まで書いた「おとぎの国の混沌」を送った。
書いているうちに夏休みはすでに終盤に突入していて、可夏子さんからの返信が送られてこないまま夏休み終盤も過ぎ去り、新学期になった。
始業式の日、私は周囲の人達が行け行けと急かすので仕方なく学校へ向かった。始業式をサボってしまえば本格的に不登校がスタートするのではないか、という期待も会ったのだが、それ以上に不登校を始めた際の親からのプレッシャーを考慮した結果、私は始業式に出ることにした。まあ、本当に面倒なら行かないなり帰るなりすればいい。
席につくと、夏休み前のように可夏子さんが話しかけてくれた。
「読んだよ」
「ああ、あの長いの」
タイトルを口にするのは恥ずかしかったので、私は濁して答えた。
「まあまあ面白かったんだけどさ、モノローグ長いよね」
私はムダに長いモノローグを削って、それからキャラも削って書いたつもりだったんだが。
「そんなつもりはなかったんだけど」
「この作品みたいに」
この物語くらい、モノローグが長くなってしまったらしい。
「次からは気をつけることにする」
そして私は、口が滑った。
「うん。期待してる」
困った。今度は完全オリジナルで、小説を書かなければならなくなってしまった。夕凪隼人さんに教えでも乞いてみようか?
完結されずに途中で投げ出された異世界ものの結末を拾った人の話 天城春香 @harukaamagi
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