第44話かもしれないし、最終話かもしれない

 可夏子さんが登場する物語とは、どんな話だったのだろうか。フリュレさんたちと違って学校生活には馴染んでいたようだから、やっぱり学園ものなんだろうか。いやでも魔王みたいな例もあるから、そうとも限らないか。やはりここでも、作者が持っている知識によって、現実世界に出現した際に世の中のことをどれだけ知っているのかが変わってくる。例えば作者が最近の若者の事情なんて知りもしないし調べもせずに書かれた社会は推理サスペンスとかだったりしたら、そこから登場した学生のキャラクターはきっと現実の学生とは感覚の剥離が起こるのではないか。

 そういうことがあるとしたら、ひょっとしたら私も登場人物なのかもしれない。学校に少しも馴染めていないから。他の生徒達が当たり前のように受けている体育を、嫌だからという理由でサボったりするから。しかしそう考えだしたら世の中のことが何も信じられなくなりそうだ。メタ小説の中じゃあるまいし、そういう可能性は考えないでおこう。

 逆に、可夏子さんに教えられたことが全て嘘である可能性がある。可夏子さんが嘘をついていたり、可夏子さんに情報を教えた誰かが嘘を着いていて、たまたま可夏子さんがそれを信じただけだったり。世の中から嘘を排除したら何が残るのだろう。そうなると、小説というものも、それ以外の物語も、哲学も社会学も統計学も経済学も、人も国も世界も社会も、全てが消え去ってしまうような気がする。真実はいつも一つ、とか言っている人がいるが、嘘をすべて省いたらたった一つの真実しか残らないのかもしれない。寂寞としたなにもない空間に、たった一つ浮かぶ真実。それを言い当てた人物も、そこには存在しない。麻酔銃を毎週使う小学生の名探偵だって実際に存在しているわけじゃないんだし。


 私は真実を確かめに、ついでに私の周囲の人物を助けるために、学校が終わってからこうして朝霧先生の家にやってきた。放課後が訪れるまで学校にとどまっているなんて、私はなんて勤勉な生徒なのだろう。生徒会長に推薦されるかもしれない。もし生徒会長になったら、学校から体育をなくそう。グラウンドに柔らかい土を敷き詰めてジャガイモでも育てたほうがずっと世のため人のため私のためになる。生徒会にそんな権限が存在するのはフィクションの中くらいだろうけど。

 チャイムを押す。中から女性が出てきた。以前子の家を訪れた際にも顔を合わせた女性だ。

「あら、また来たの」

 この家のどのポジションに居るのかもまだ分かっていない女性は、歓迎しているのかしていないのかわからない表情で私を出迎えた。

「ええ。私は朝霧先生の生徒でして、ちょっと先生とその息子さんに用事がありまして」

「お父さん、学生に慕われるような人じゃないと思うんだけどねえ」

 この人は朝霧先生の娘であるらしい。

「尊敬なんかしていません。私は用事があって来たんです」

「変なことしないでよ?」

「誰が誰にですか」

「悪い女子高生がやりそうなこと」

 つまりエロいことか。私はそういう欲求はあまりないので、心配ないと思う。

「心配なんですか」

「いや、そんな風に見えないから、余計怪しいんじゃないかって思って」

 犯罪者は犯罪者らしくない格好をするものだ、みたいな考えを持っているのかもしれない。

「心配ありません。私は先生の芸術作品とか、その周辺に用事があるんです」

「芸術ねえ。私にはわかんないけど、……うん、まあ、上がっていいよ」

 信用されたわけではないようだが、私は朝霧家に入ることができた。

「ところで、さっき『息子さん』って言ったけど、ハヤテの名前知らないの?」

「ペンネームなら知ってたんですが」

 朝霧ハヤテというのが、ペンネーム夕凪隼人さんの本名らしい。本名のほうがペンネームっぽいじゃないか。

「……ん? どうやって知ったの? 私知らないんだけど」

「自費出版された本が、そういう本を集めている私立図書館に置かれていました」

「自費出版? ……あー、そういえば。お父さんハヤテのやることには甘いからなあ」

 私は朝霧先生の息子さん、ペンネーム夕凪隼人さんの部屋がある二階に上がろうとした。

「まあ、いいんだけどさ。私は嫌いだよ、芸術とか。この家の家計、誰が担ってるかわかる?」

「お姉さんとか、朝霧先生の奥さんとかですか」

「離婚したから私一人。もう本当に仕事きつい。芸術家嫌い。お父さん私より稼ぐのやめろ」

「私に言われましても」

「じゃあお父さんに伝言して」

「わかりました」

 伝言しないことにした。このくらいのこと、家族ならきっと察しているだろうから。

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